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ミステリの祭典

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懲役人の告発

作家 椎名麟三
出版日1969年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 クリスティ再読
(2021/05/22 19:42登録)
この本が本サイトの書評の対象になるとは思ってませんでした....ちょっと虚を突かれた印象を持ってます。いや手元に本があるし、何かのご縁だと思ってやりましょう。実存文学だけど、うまくミステリにひっかけれるかな?

主人公は酔っ払い運転で少女を轢き殺して懲役になり、出獄して保護観察が終わったばかり。この件をきっかけに「死んだように生き」ている。おじが経営する鉄工場で働いているが、その賃金などは父と継母に「身元引受」を名目に搾取されている...なんていうと、リアルでやるせない底辺生活ということになるんだけども、この作家らしいキャラのヘンさが今読むとポップでさえある。ビンボ生活の描写に独特のユーモア感があるのが持ち味でね。だから、ホントはかなり観念的な「実存小説」なんだけども、底辺の人々の情けなくもいじましい人間関係の只中で描かれる。だからのんびりした播州弁丸出しで

「福子、たしかにお前はこの家では何をしてもええんや。そやけどな、お前に未来があると思うたら、とんでもない大まちがいなんやぞ」だが、福子は平気な声でいった。「未来?..ああ、遠い先のことやね」「遠いも近いも、一切そんなものあらへんのや。高校へも進学させへんし、お嫁はんにもならへんな」

今村昌平の「重喜劇」といった形容がピッタリ。で、このおじの養女の福子に託された、観念としての「未来にも束縛されない究極の自由」に憑かれた主人公の父はトンデモない事件を起こす...というわけで、登場人物に一切インテリがいないのに、泥臭く土着的に宗教的な「実存」がテーマになっているあたりの面白さが手柄。
主人公は刑余者だし、殺人・強姦・自殺など起きるから、ぎりぎりミステリ?主人公が傍観者でデクノボーなのが、この場合はナイス。で、デクノボーなりの結論が

しかしいくら立っても小便は出てこなかった。ただ、そのかわりに、神様、という言葉が出るばかりだ。しかしおれはそれでも出ない小便をしつづけていた。

だから、シムノンが書いている一般小説に、テイストがかなり近いです。やはり刑余者主人公の「片道切符」なんてまさに、そう。殺す・殺される・罰する・罰せられる、という視点で眺めたら、ミステリは世俗的な宗教小説、なんてね(苦笑)。けど、そのうち評者もハードボイルドという視点で井上光晴やってみたいとは思う。Thanks 蟷螂の斧さん。

No.1 7点 蟷螂の斧
(2020/05/13 21:14登録)
(再読)最近、安部公房氏の作品が取り上げられましたので、その関連で・・・。公房氏は「日本で作家と言えるのは椎名だけではないか」と述べています。その椎名麟三を取り上げてみました。純文学ですけれど、題名がミステリーっぽい(笑)。
交通事故で少女を轢き殺し、懲役人となった過去のある青年の物語です。中盤以降に殺人事件が起き、その動機が不明という謎があることはあるのですが、それはミステリー的な謎ではありません。不条理とでもいうのでしょうか。久々の純文学でした。

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