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ミステリの祭典

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パスカル夫人の秘密

作家 ウィリアムズ・スティーヴンス・ヘイワード
出版日不明
平均点5.50点
書評数2人

No.2 5点 nukkam
(2020/12/17 22:41登録)
(ネタバレなしです) 女性刑事を主人公にした作品は1864年に初登場したらしいです。アンドリュー・フォレスター・ジュニアによる名無しの女性刑事ものの短編集とパスカル夫人シリーズ短編集の本書がそれです。本書については人並由真さんのご講評で紹介されているように出版時には作者名が伏せられており、ヒラヤマ文庫版の巻末解説では英国の大衆小説家ウィリアム・スティーヴンス・ヘイワード(1835-1870)が著者と「推定される」と記述されてます。本格派推理小説の謎解き要素よりは冒険スリラー小説要素のほうが強く、唯一の殺人事件を扱った「溺死」も前半は本格派風ですが解決はかなりの偶然に助けられてのものです。意外だったのはハッピーエンド狙いのために時にはパスカル夫人が犯人(悪人)と痛み分けの解決にする作品があることです。思った以上にバラエティーに富んでいますが、ページ数の多い作品の方が出来がいいように思います。

No.1 6点 人並由真
(2020/03/04 13:53登録)
(ネタバレなし)
 19世紀半ばの英国。「わたし」こと、突然未亡人になった30歳代末のパスカル夫人は、ロンドン警視庁の刑事課長ワーナー大佐の請願を受けて女性刑事になった。まだ婦人警官が珍しい時代。パスカル夫人はときにメイドなどの下働きを装いながら事件の関係者に接近し、最後には刑事としての権能をふるい、多様な犯罪に挑んでいく。

 1864年(1861年説もあり)の英国作品。海外ミステリ史における重要な短編集を歴史順に解題した研究「(エラリー・)クイーンの定員」。その順列5番目の短編集で、当時の元版は作者未詳で刊行されたらしい。日本国内のweb上のミステリ研究サイトではこの作者の名前を「チャールズ・H・クラーク」と標記し、刊行年を1861年としているものもあるが、本作を2019年に同人叢書「ヒラヤマ探偵文庫」の一冊として翻訳刊行した平山雄一は、最近の文学的研究にもとづき作者名をウィリアム・スティーヴンス・ヘイワードと特定。刊行年も1864年としている。このレビューも、その書誌観にもとづいて執筆する。ちなみに翻訳書の刊行時期は、奥付記載で2019年5月。

 内容は、長め短め全10編の連作短編が収録された一冊で、基本パターンはパスカル夫人がワーナー大佐に呼び出されて捜査の指示を受けるところから始まるが、一部のエピソードは三人称の叙述でパスカル夫人の視野の外から始まるものもあり、作劇の自由度は高い。その分、バラエティ感も豊かな連作が楽しめる。

 1864年といえば『ルルージュ事件』(1866年)の二年前(!)、『緋色の研究』(1887年)のふた昔以上前で、事実上、本書が史上初のプロの女性捜査官のミステリであったらしい。作中でパスカル夫人の詳細な前身は明らかにされず、第一話『謎の伯爵夫人』の序盤で夫を失った40歳近い女性が、ロンドン警視庁の刑事課長から声をかけられて女性刑事になったという簡単な経緯が語られるだけ。たぶん亡き夫が警察関係者か何かだったのだろかと想像できる。
 ミステリ的な内容は浅めで、明らかに意外な犯人の効果を狙いながら伏線や手がかりなどもなくいきなり読者をびっくりさせてよしとするものもあれば、本来は法律で裁くべきであろう悪人と妙な手打ちをして幕を閉じてしまう話もあり、これはこれで刊行当時のミステリの形質を実感する意味で、なかなか新鮮で面白い。150年以上前のクラシックだからこその味わいだ。
 最後の事件『匿名の女』などは、公式の捜査の枠外を外れたパスカル夫人の事件簿だが、敵役? の美女ファニー・ウィリアムズのしたたかなキャラクターと渡り合う図なども含めて、のちのちの東西ミステリ界で事件屋稼業ものの先駆的な趣もある。
 
 もちろん同じクラシックの連作女探偵ものでも、のちのヒュームの『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』(1898年)あたりに比べると、ミステリとしても読みものとしてもまだまだ洗練も研鑽もされていない未成熟な面もあるが、黎明期のミステリ史的な関心もふくめて、これはこれで楽しめた一冊。

 期待された旧作発掘叢書「奇想天外の本棚」(原書房)が事実上の死に態の今、平山氏には今後もこの手のクラシックの発掘をお願いしたい。

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