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ミステリの祭典

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小説帝銀事件

作家 松本清張
出版日1959年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 6点 斎藤警部
(2025/01/13 12:00登録)
“全国いたるところに、人違いの悲喜劇が繰り返された。”

不謹慎だがクローズアップマジックを思わせるキメの細かい毒殺トリック、水彩画の乾きの機微、写真を撮る/撮られる策略など、表題に違わず推理小説らしい作りの第一部は、確かに小説的面白さと高い可読性で満ちていた。 だが、ノンフィクションドキュメンタリー、というより調査結果を羅列した論文かと見紛う第二部、こいつがなかなかの曲者で、文章に熱量と使命感は感じるのだが如何せん小説興味と読むスピードとが一気に落ちる。 第三部で再び小説感を取り戻し、相当に内側へ抑圧したと思われる◯◯糾弾への炎が噴き上がって実に熱いが、やがて思いがけず呆気ない終結を迎える。 (◯◯◯ー◯ンはどうなったんや・・)

“そして、皮肉なことに、平沢貞道だけが、この「◯◯◯」な条件を持っていないのだ。”

第一部から第三部まで、どれもだいたい同じ長さ。 体感的には圧倒的に第二部が長かった。 その第二部も、読み返してみれば決して事実や想像のつまらない列記だけというのでもないけれど、躍動する第一部が終わって急におとなしい(内容は決しておとなしくない)第二部に突っ込まれると、、 摩擦係数が一桁上がったような感覚に囚われてしまいます。 当時の出版事情や時代の圧力による過度の抑制もあった事でしょう。(それとは別に、清張らしからぬ過度の文言繰り返しも目に付きました) 実際に清張は本作での消化不良に因る不満が起爆剤となり、翌年かの 『日本の黒い霧』 執筆に取り掛かったと言われています。

“この一分間という時間は、犯人にとって、最も重要な、かけがえのない時間であったと思われるのだ。”

当事件に纏わる、今となってはあまり語られない細かな客観的事実群の確認など興味津々な一篇です。 個人的には、意外と自分に縁のある土地がナニだったりする面白さもありました。 やはり、内容は詰まっています。

No.1 8点 蟷螂の斧
(2019/10/05 19:37登録)
(再読)「BOOK」データベースより~『昭和23年1月26日、帝国銀行椎名町支店に東京都の腕章をした男が現れ、占領軍の命令で赤痢の予防薬を飲むよう告げると、行員らに毒物を飲ませ、現金と小切手を奪い逃走する事件が発生した。捜査本部は旧陸軍関係者を疑うが、やがて画家・平沢の名が浮上、自白だけで死刑判決が下る。膨大な資料をもとに、占領期に起こった事件の背後に潜む謀略を考察し、清張史観の出発点となった記念碑的名作。』~
著者は、平沢氏には毒物の知識がなく犯行は不可能と冤罪を主張しています。そして真犯人は旧陸軍関係者である可能性を指摘しています。
読後の感想~平沢氏は実行犯ではないと考えますが、金品処理についての疑いは晴れないというのが正直な気持ちです。それは強奪された小切手の裏書の筆跡が本人とものと鑑定されていることや出所不明の預金があったことなどです。旧刑訴法により、自白と状況証拠のみで死刑確定しており、その後の再審請求はすべて棄却されていることは残念な点です。当時のGHQの圧力は相当なものであったと感じられます。
なお本作品(1959年)後の1985年にGHQの秘密文書が公開されました(読売新聞)。①毒殺犯の手口が軍科学研究所の作成した毒薬に関する指導書に一致。②犯行時に使用した器具が同研究所で使用されたものと一致。③1948年3月、GHQが731部隊の捜査・報道を差し止めた。
以上のこと、および生き残った目撃者の1人が一貫して氏は犯人ではないと証言していることより、実行犯ではないのは確実でしょう。しかし、この2年後の1987年5月、氏は刑務所で天寿を全うしました(享年95歳)。

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