home

ミステリの祭典

login
悪の五輪

作家 月村了衛
出版日2019年05月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 HORNET
(2020/02/24 17:27登録)
 1963年、初のオリンピック開催を控える控える東京は、国威高揚に沸き立つ一方で社会情勢は混沌としていた。そんな中、映画好きヤクザの人見稀郎は、オリンピックの記録映画の監督に、中堅監督の錦田を後任にねじ込むよう親分に命じられる。政治家、財界関係者、土建業者や右翼、警察までもがオリンピック利権をめぐってうごめく中、人見は金や女、人脈を使った根回しなどに奔走し、巨大利権の獲得に東奔西走する。

 前回の東京オリンピック時代の日本を舞台にした小説はいくつかあるが、戦後昭和の熱気や混沌が感じられて面白い。人見が裏の世界の大物に接触し、気に入られて引き立てられていく展開はちょっと「サラリーマン金太郎」みたいな都合のよさはあるが、特にこの時代に跋扈していたであろう裏社会権力の息遣いがリアルに感じられる。実在のタレント名や大物フィクサーが実名のまま登場しているのも興味深かった。
 結末は現実に即した内容で、どうせフィクションなら・・・とは思ったが、熱い展開に惹きつけられて一気に読めてしまう魅力は感じた。

No.1 7点 小原庄助
(2019/08/05 09:41登録)
東京五輪が来年に迫る中で刊行された本書は、昭和の東京五輪をめぐる暗鬱で痛快な社会派クライムノベルだ。
主人公で映画好きの変人ヤクザ、人見稀郎は思う。「一円でも多く、自分だけが儲けたい。金、権力、名声、色、そしてまた金。オリンピックの五つの輪は、そのまま五つの欲を示している」。そんな諸悪をメディアはスルーし、五輪第一の絶対的な同調圧力が国家と社会の隅々にまで行き渡っている・・・。
五輪の記録映画監督に決まっていた黒澤明が1963年3月に降り、翌年1月に市川崑が選ばれた。物語は二つの事実の間にひろがる昭和の闇を次々に暴いていく。
稀郎が所属する東京の暴力団に、錦田欣明を監督にという話が持ち込まれた。稀郎は気が進まぬまま錦田に会う。人としても監督としても駄目だと思うが、映画作りへの夢と情熱は感じられた。稀郎にとって映画は、戦争で死んだ兄との思い出であり、欺瞞だらけの世の中で唯一信じられる嘘だった。稀郎は新たな映画作りに向かって錦田と走り出す。
オリンピック組織委員会から調べ始めた稀郎に、醜悪な情報が集まってくる。五輪に深く関係する企業の利権に、政治家と官僚の利権が見え隠れし、全国の大小暴力団の利権争いが重なる。映画界に巣くう差別も露呈する。稀郎の行く手を阻む巨大な闇の数々だ。
この虚構の物語には伝説のヤクザ花形敬や、反骨の映画監督若松孝二、映画界の実力者永田雅一や、フィクサー児玉誉士夫ら実在の人物が登場する。山田風太郎の明治伝奇小説は虚実を巧みに織り交ぜたことで知られるが、本作は月村了衛版昭和伝奇小説か。
しかし、山田作品が明治への挽歌であったのに対し、本作はいまだ終わらず次の五輪で反復されるだろう「悪の昭和」への怒りを、読者に強く強く求めている。社会悪ばかりか国家悪にもとどく、近年にない超硬派の冒険小説を、怒りを共有しつつ堪能した。

2レコード表示中です 書評