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ミステリの祭典

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殺されたのは誰だ
マクドナルド警部

作家 E・C・R・ロラック
出版日2019年04月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 5点 弾十六
(2025/04/14 04:31登録)
1945年出版。マクドナルド警部第26作。Kindle版で読みました。翻訳は、前回ボワーズ『謎解きのスケッチ』でがっかりした方。その後の翻訳のようで、気になる変な日本語表現はほとんどなくて、ちょっと安心してたら、なんだかモヤモヤが香る文章。確かめてみたら最初からやらかしていました… (詳しくは後述)
私が参照した原文Dover2015(Collins1945の再発と書いてあった)と翻訳の底本は違うらしく、翻訳版の方では結構削除ありです。削除は固有名詞がらみが多いので米版かも。(これも後述)
発端はすごく良くて、興味深い感じで登場人物が犯罪に巻き込まれます。不可能味もあり。地道なマクドナルド警部なので愚直に捜査が始まって、ああなってこうなって、結構な大きなヤマ場もあって、解決になだれ込みます。
ミステリとしては、わりと面白いのですが、糸の絡ませ方が気に入らない筋でした。重ならせすぎじゃないかなあ。一往復で良いのに三往復くらい編み込みすぎな印象。
でも戦時中のロンドンの日常生活が切り取られてて、結構満足しましたよ。
ただし翻訳がちょっと困りものです。一見ちゃんとしてるけど、ところどころでやらかしてる。それで話もぼんやりしちゃってるのだろうと思いました。こういうことで翻訳書が敬遠されちゃうのは非常に残念です。
以下トリビア。翻訳についてが多いです。
p(1%) とにかく戦争は終わって、あのいまいましい柵はなくなった(WELL, the war’s done one thing at any rate. It’s got rid of those damned awful railings)◆ 冒頭の文からこれです。戦時中であることは中身を読めば明白なのに!疑問に思わないのが不思議です。試訳「戦争で一つ良かったのは、あの忌々しい柵が無くなったことだな」金属供出でしょうかね。
p(1%) マレーグは一杯飲むと、リージェンツ・パークへやって来たのだった。 湖に架かった橋を渡るとき◆ 文章の間にDover2015では“Some bloke wrote a book called ‘Outer Circle’,” he said to himself. “I’ll write one one day and call it ‘Inner Circle.’ Jolly good title.”という文があります。訳し抜け?と思ったら、他にも結構な訳文に無い文章があるので、翻訳の底本が違うんだろうと思います。The Outer Circle (1921) by Thomas Burkeのことでしょうね。
p(2%) 小声で歌を口ずさみ始め(humming a little air to himself)◆ 音楽は不明
p(3%) ブル巡査は緊急事態に適切に対応した(Constable Bull of D. division, proved himself quite equal to an emergency)◆ 「D管区の」が抜けてるが、これも底本違いだろう。
p(4%) マレーグは中断して、先ほど供述した男の顔から耳や鼻といった顔の付属物を取り除いた顔を思い描こうとした。彼の話に懐疑的な聞き手に、より明確に伝えられそうな気がしたからだ(“He broke off, realising that he had already described one face—minus the appendages of a face—and denied hearing the arrival of the feet which presumably belonged to the disembodied face. He began to realise more clearly than ever what his story must sound like to a sceptical hearer)◆底本違い? ここは訳者が繊細な意味を汲み取っていないだけだと思う。翻訳の印象を一言で言うと「雑」。試訳「マレーグは一瞬、話すのをやめた。もうすでに男の顔について供述している… 顔の細々したところを除いてだが… 近づく足音を聞かなかったと言ったので、身体のない顔だけの出現だと相手に思わせてしまうだろう。彼は、疑い深い聞き手が、この話をどう思うのか、はっきりと自覚し始めた」
p(5%) できるだけ協力します(You can find me whenever you want me)◆ 試訳「あなたが希望した時は、いつでも対応しますよ」 逮捕されるような連想が働いて「不吉」と言ってるのかな?
p(6%) 「よく知っている」 「電話がつながるまで…」◆ この文の間にDover2015には(“Why did you choose a call-box there, I wonder?” Wright asked himself.)あり。
p(6%) ティムだ――ティモシーだ(Just say it’s Tim—Timothy you know)◆ 原文からは、電話を受けたほうから「誰ですか?」と聞いてる雰囲気。試訳「ただティムと伝えてくれ… ティモシーだよ」
p(6%) そのことは気の毒だったと思う(Never mind about that)◆ 試訳「今それは関係ないよ」
p(8%) それぞれ玄関や台所などを備えて住居が独立している、一人部屋のアパートだ(This house was divided up into six self-contained single-room flatlets)
p(8%) どちらかといえば、人付き合いを避けるほうでした(and’e kep’’isself to’isself)◆ 試訳「一匹狼タイプでした」 人付き合い(たかり)はしてたからなあ…
p(9%) 住人は概ね専門家揃い(The tenants are mostly in the profession—variety folk)◆ 試訳「住人は芸能関係がほとんどです… 寄世に出てるような」
p(11%) 洗濯屋の印が縫いつけられていた(The only markings on it were those stitched in by a laundry)
p(11%) 食料配給手帳(Ration Book)
p(11%) 四シリングと六ペンス、マッチの箱(four sillings and sixpence, a packet of Players, a box of matches)◆ 何故か「プレイヤーズ1箱」が抜けている。固有名詞省きか?
p(11%) 二つの鍵(two latch keys)◆ ラッチキーと訳して欲しいなあ。多分フラットの表玄関と自室の鍵。昔の邸宅を改造してフラットにする時は、外付けのラッチキーが安くて設置しやすいので、フラットの鍵=ラッチキーだという印象がある。
p(12%) 市民防衛隊(Civil Defence)
p(13%) 何者かが頭を強打したのです(Someone got biffed over the head)◆ 試訳「頭を殴られた人がいるのです」
p(13%) ロンドン警視庁犯罪捜査部の警部です(I’m a C.I.D. man)◆ この後数行の脱落あり。底本違いだろう。「ランベスの1941年5月10日の事件を覚えていますよ」と言う台詞あり。シリーズ中に該当事件があるのかも。
p(13%) ボーンシェーカーかと思いました(Real bone shaker)
p(14%) 捜査の基本だが、証拠のない思いつきよりも、思いつきのない証拠のほうが価値がある(Child’s guide to detection—evidence without ideas is more valuable than ideas without evidence)◆ マクドナルド金言集
p(14%) あまり理に勝ちすぎてはいかんよ、巡査(Losh, don’t be too intellectual, Drew)◆ この後数行の脱落あり。底本違いだろう。「この歌なんだっけ‘Can your mother ride a bike . . . in the park after dark . . .’と言う台詞あり。歌は調べつかず。
(以下2025-04-15記載)
p(14%) 住人はほとんどが専門家のようだ(the tenants... were mostly ‘in the profession’—on the stage in other words)◆ 試訳「住人はほとんどが"芸能関係... 言葉を変えればステージ関係"だ」
p(14%) 信号機の明かりが、暗闇を切り裂くように浮かび上がった(a darkness slashed by the incredible brightness of the traffic lights)◆ 灯火管制でも信号機は点いているのか!
p(14%) マクドナルド警部は、顔つきは五十歳に見える(Macdonald was looking fifty in the face)
p(14%) 「懐かしい曲ですね」警部は小声で口笛を吹いた。(“Let the great round world keep turning . . .” Macdonald whistled the tune under his breath)◆ Dover2015では具体的な曲の歌詞の一部が書かれていた。Let the great big world keep turning(1917) by Clifford Grey & Nat D. Ayer。続く文にも省略あり。第一次大戦はたくさんの歌を生んだのに今回の戦争はさっぱり、と嘆いてる。
p(14%) 別の鍵(another latch key)◆ やはりこのフラットはラッチキーだ。
p(15%) 昨日、やっとやれそうな仕事に就くことができた、と言っていたんです。そして、来週、一緒に外で夕食を食べるつもりだったんです(It was only yesterday he said to me ‘Reckon I’m on to a good thing this time, Rosie. You and me, we’ll have supper at Oddy’s next week, you see if we don’t)◆ そいつは仕事をするタマじゃないし、話者も承知している。変だなあ、と思ったよ。試訳「つい昨日、言っていました。「今回は上手くいきそうだよ、ロージー、来週オディの店で夕飯を一緒にできるはずさ」
p(15%) 仕事を持つことができないんです。彼は頼りになりませんから(He couldn’t have held a job down for five minutes. The only thing about him you could rely on was that he was unreliable)◆ 試訳「仕事を五分と続けられなかったでしょう。彼について確実に言えることは、彼が全く信用出来ない、ということだけです」
p(15%) 彼はちょこちょこ稼いでいますよ。大金を得たときなんか、あっという間に使ってしまいました(He made a bit here and there, and when he’d got a note in his pocket he blewed it at once)◆ a noteで大金? ここは多分10シリング(5000円)か1ポンド(1万円)という趣旨だろう。
p(15%) 食料配給券や割引券(coupons and ration cards)
p(16%) 寄席に(in vaudeville)
p(17%) コーラスグループ(in the chorus at the Frivolity)◆ 「コーラスガール」のコーラスだろう。Frivolityは劇場名かな?多分架空。
p(17%) XXXの身分証明書は使い古されたものだったが、住所は読みとれた(XXX’S Identity Card—a much worn document—showed two addresses)◆ 今までXXXの身分証明書の住所をあたってたんじゃないの?突然、別の住所が出てきて、読んでる時に混乱したが、Dover2015の原文では、身分証明書には二つの住所が書かれていて、今までは新しい方の住所をあたっていたのだが、今度は古い方の住所の方をあたる、という流れが読み取れる。翻訳では、困ったことに全くそのような説明は無い。底本でもそうなってるかは不明。
p(17%) スリラー小説や中編小説が(a few obscure thrillers and some “Wild West” novelettes)◆ novelettesは「薄い冊子」という趣旨か。
p(18%) 去年の二月(Last Februrary)◆ 多分1942年。すぐ後に「二月十日」と書いてある。
p(18%) この通りが破壊されなかったのは驚きです(Funny thing—that street survived all through the’40-’41 blitz—never touched)◆ 試訳「驚きですが… この通りは40年から41年の爆撃をずっと無傷で過ごしてたんです」 多分底本ではthe’40-’41 blitzが削除されて意味がとりにくかった?
p(19%) かあちゃん(Ma)
p(19%) 今朝の検視結果(morning's inquiry)◆ ここはインクエストではなく「調査活動」の意味。ズレてるなあ。
p(20%) なにかと大げさにしたがる人たちにとって(To theatrical folk)◆ まあずっと「専門家」と翻訳してたので、わからないのも無理は無いが、面白翻訳になっちゃった。試訳「劇場関係者にとって」
p(20%) ぽっちゃりとした有色人種の女性(a plump highly coloured lady)◆ 試訳「ぽっちゃりとした派手な色彩の女性」 カールした髪の毛で誤解?
p(23%) 私はある映画会社の歴史についての考察を請け負っていますので、許可されている範囲でいろいろな情報に接することができるのです(I am employed in an advisory capacity by the Superb Film Company: I vet their historical sets—as far as they’ll allow me—and I’m always ready to pick up information)◆ 試訳「映画会社で歴史セットの時代考証の仕事をしてます。私の意見を聞かない時もありますけどね。だからいつも細かい所に気づくんですよ」
p(24%) 仲間との連絡がいつ途絶えたとしても、不思議ではありません(and I shan’t be at all surprised if his sudden end was connected with his compatriots)◆ 試訳「彼の突然の結末が、彼の仲間との関係に原因があったとしても、私は全く驚きません」
まあ、こんなふうなズレた翻訳がたくさんです。これ以上はネタバレが多くなるのでやめておきましょう。
問題翻訳ってどう対応したら良いのでしょうね…

No.1 6点 nukkam
(2019/05/11 22:32登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のマクドナルド警部シリーズ第26作の本格派推理小説です。風詠社版の日本語タイトルも悪くありませんが英語原題の「Murder by Matchlight」も捨てがたい魅力があります。暗闇で被害者がマッチに火をつけた時にその明りの後ろの暗闇に浮かびあがる顔(犯人?)の描写にはぞくっとしました。被害者の素性がなかなか判明せず、第7章でマクドナルドが「このように混乱された状況下では、身元を偽ることはさほど難しくありません」と述べているように戦時下の雰囲気が漂っており、それは後半になって空襲警報と爆撃の中での捜査場面でピークを迎えます。登場人物の1人がマクドナルドの推理説明を補足して動機を整理してくれたのが個人的にはありがたい読者サービスでした(笑)。

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