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ミステリの祭典

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太陽の汗

作家 神林長平
出版日1985年09月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2019/03/17 20:42登録)
 全世界に設置された情報収集機械ウィンカと、あらゆる言語を無条件に意思疎通させる自動翻訳機によって、国家や民族が意味を持たなくなりはじめた近未来。立て続けに五機のウィンカが破壊された事件を追い、世界通信社の社員ソール・グレンと日本人技師JHは南米ペルーに赴くが、捜索過程でペルー正規軍ともゲリラともつかぬ「大佐」と名乗る人物とその一団に拘束される。
 五機目のウィンカは古代インカ帝国最後の根拠地と思われるアトゥン・ビルカバンバに設置されたはずだったが、大佐はここがその場所であることを否定し、二人を逮捕するともしないとも取れるぬらくらした態度に出る。ペルー政府の許可証もなんの意味も持たなかった。
 大佐を疑うグレンはJHと別れ、連絡を取り合いながら独自に調査を進めようとする。体調を崩したJHは幻覚に襲われ、食事を運んできた現地人の少女リャナの幻を見るが、その直後に彼からの通信は途絶えた。
 翌朝意識を取り戻したJHは、グレンの手がかりを見つけたという大佐から、彼の所持していたVCRを手渡される。ビデオカメラの再生モードには、狙撃され額を撃ち抜かれるグレンの最後が映っていた。
 JHはVCRを大佐に手渡し彼を糾弾するが、真っ白で何も映っていないと相手にされない。改めて再生スイッチを入れるが、映像はどこにもなかった。
 崩壊していく現実。なにも信じられなくなったJHは大佐にロバを借り、独自にグレンを捜す決意をする。
 神林長平の初期作品。「戦闘妖精・雪風」に続く第5長編になるのかな。300Pにも満たないSFで発表当時は大して話題にもなりませんでしたが、巧みな描写の光る佳作です。
 JH側と副主人公ソール・グレン側を交互に描写する構成で、前半で殺害されたかに見えるグレンも普通に生存。彼の側からはJHが世界から放逐され行方不明になった格好で、実際その後は正体不明の少女リャナが住まう、古代の街区と高層ビルが混在する真のビルカバンバへと迷い込んでいきます。
 「アンブロークンアロー」で追求された「言葉により人間は世界を認識し形作る」「概念抜きの世界を我々は認識できない」というテーマの先駆系。自動翻訳機を小道具に徐々に乖離していく世界を描きます。まあ初期作ですので、異世界同士でも部分的に認識が繋がってたり、ある程度干渉しあったりするのがミソですかね。
 主人公JHが影の薄い存在で精彩を欠くのが難ですが、VHCカートリッジを交換するといつのまにか覚えのない製造ナンバーのカートリッジが出てくるとことか、再び消失したそれが再生画にだけ映ってるとか、現実感の突き崩し方が色々と上手い。一読する価値はあると思います。

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