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ミステリの祭典

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追込
競馬シリーズ

作家 ディック・フランシス
出版日1977年12月
平均点5.00点
書評数2人

No.2 5点
(2020/10/01 17:05登録)
 シュロップシャで週末を過ごすため従兄の家を訪ねた職業画家、チャールズ・トッドは愕然とした。家の外には警察の車が三台、青い回転燈が不気味にまわっている救急車が一台、停まっていて、眩しいばかりのフラッシュが断続的に窓から漏れている。ワインの輸出入業を営むドナルド・ステュアートは土気色の顔をして、茫然と廊下に立ちつくしていた。家の中を飾っていた美術品がごっそり盗まれ、ガランとした床の上では、彼の妻リジャイナが血だらけになって横たわっていたのだ。不意に帰ってきた彼女は運悪く泥棒に出くわし、口封じに殺害されたものと思われた。
 放心状態のドナルドを支えるトッドだったが、いつまでもここにいる訳にはいかない。彼は従兄の身を危惧しつつ画業に戻ることにするが、ワージングで仕事を引き受けた富裕な老未亡人、メイジイ・マシューズの話に驚愕する。放火に遭い思い出の家を焼かれた彼女もまた従兄たちと同じく、旅行先のオーストラリアで十九世紀の有名な競馬画家、アルフレッド・マニングズ卿の絵を購入していたのだ! トッドはどん底状態のドナルドを救うべく、事件の謎を追いはるばるシドニイへと飛ぶが・・・
 『重賞』に続く競馬シリーズ第15弾。1976年発表。冒頭100P余りは発端のイギリス編。それからシドニイ在住の美術学校時代の旧友ジック・キャサヴェッツとコンビを組み、結婚してわずか三週間にしかならない彼の妻セアラのキツい対応に晒されながら、シドニイ→メルボルン→アリス・スプリングス→また引き返してメルボルン。それからニュージーランドに飛んでオークランドからウェリントン、最後に三度目のメルボルン行きで決着と、オセアニア道中記みたいな所もあってなかなか楽しいです。
 相手は大掛かりな国際窃盗団で人数も十人以上。ピンチに次ぐピンチの割に敵方の攻勢はやや甘く、ラストも含めてちょっとどうかなという感じです。一貫して冷酷かつ凶暴なプロ集団という設定なので、"粗い"とされるのはたぶんここでしょう。内藤陳さんの『読まずに死ねるか!』にも、〈コレと『障害』はオススメできない〉とあった気がします。後者については異論もありますが。全体としてはショッキングな掴みに比べ、本編であるオーストラリア編の展開が若干緩いですね。
 でも読み所が無い訳ではない。主人公トッドの負傷直後の扮装や、ヒルトン・ホテルでのコメディ紛いの脱出劇など笑いもあり、とっちらかっているのは同じとはいえ12作目の『暴走』よりは読めました。以前読んだリーダーズ・ダイジェスト版の『馬の絵にご用心!』がスカスカで全然つまらなかったので、持ち直した分多少贔屓目入ってるかもしれません。
 総評すると下位ではあるけどそこそこ楽しめる作品。間違っても上位には来ませんが、競馬シリーズの一冊として見ればまあ及第点かな。採点は『暴走』よりちょっと上の5.5点。

No.1 5点 tider-tiger
(2019/03/14 22:56登録)
~二十代の画家チャールズ・トッドは従兄ドナルドの元を訪ねた。パトカーに非常線に野次馬と従兄宅はなにやら物々しい雰囲気である。従兄の留守中に強盗が押し入り、従兄の妻が殺害されたのだ。この日から従兄は悲しみのあまり日に日に衰弱していった。さらに警察からは疑いの目で見られていた。
そんな悲しみのさなかトッドはとある未亡人と競馬場で知り合う。彼女は放火で家を失ったのだという。強殺と放火、無関係のように思える二つの災厄であったが、トッドは従兄の事件とこの放火事件に奇妙な結びつきがあることに気づく。謎を解く鍵はオーストラリアだ。トッドは現地に住む親友を頼りに渡豪する。~

1976年イギリス。主人公の画家は馬の絵を描くのが得意であり、謎の中心に馬の絡んだ小道具が登場するものの競馬色は薄い作品です。
今回の犯罪はけっこう奇抜なんですが、こんな面倒臭いことをするかいなという意味でリアリティはあまりなく、この企みにトッドが気付いたのはお年玉年賀はがき二等当選レベルの幸運でしょう。
黒幕隠蔽のため読者の着目点をずらす手口は悪くないと思いましたが、黒幕の正体はフランシス「あるある」でした。
序盤に登場した家を焼かれたおばちゃんはなかなか魅力的で、オーストラリアにいるトッドの親友の妻が必ずしも協力的ではないところなんかは工夫されています。
締め切りに追われて慌てて書いたのかなあなんてことまで思わせる作品で、けっこう雑な部分があります。退屈はしないけど、どうにも落ち着きがありません。じっくり読ませるシーンが少ないのです。フランシスは動と静どちらも楽しみたい作家です。
作品の全体的な狙いとしては前作『重賞』に通ずるものを感じます。ただし『重賞』ほどにエンタメとして徹底していません。『重賞』に見られる良い意味での軽さや楽しさに欠け、落ち着きのない展開ばかりが目立っています。
『重賞』の良さに本来の自分の持ち味を加味しようとして中途半端なものが出来上がってしまったような印象です。
作家としての基本能力が高いのでどの作品もそこそこ面白く読ませてしまうのですが、やや座りが悪く、迷走という言葉を使うとすれば、自分はこの作品かなと。

空さんがフランシス作品の邦題についていくつかの書評で言及されていらっしゃいますが、この作品の邦題『追込』もなんか変です。トッドが悪人を追い込んでいる風ではなく、むしろ逃げ回っておびき出すといった感じです。原題は『In the Frame』です。こちらは理解できます。自分が日本語タイトルを付けるとしたら『構図』でしょうか。

フランシスは『利腕』までの10年ほどは迷走していたという説がまことしやかに流布しておりますが、この説には懐疑的です。
フランシスはシリーズ内で同一人物を主人公とせず、職業を変えて基本人格のみを継承していくという手法を取っております。新作を書くたびに試行錯誤を繰り返すことを最初から自らに課しているように思えるのです。常に試行錯誤するのがこの人の平常運転なのではないかなと思うのです。俗にいう迷走していた時期に異色作にして数々の美点と大きな瑕疵を併せ持つ『骨折』(個人的にはベスト5入り作品)や、とても楽しい『重賞』(個人的には違和感もある作品ですが)などが生まれています。

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