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ミステリの祭典

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犬神博士

作家 夢野久作
出版日1969年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2022/04/12 22:19登録)
夢野久作というと「ドグラ・マグラ」が代名詞すぎて、他の作品が埋もれる傾向はあるんだけども、本作は数少ない長編の一つで、しかも面白い。未完なのが惜しまれるけども、これはこれで据わりが悪いわけでもない。
大道芸人夫婦に連れられたおカッパ頭の少女...と思いきや、実はトンデモない異能の悪ガキの主人公(7歳)。少女のフリをして親の三味線・鼓に合わせてエロ踊りをすればおヒネリも雨霰と飛び、ついには風俗紊乱で警察に捕まる、けども癇癪屋の知事の前でも大胆不敵な、その胆力を逆に知事に見込まれる。イカサマ賭博にハマった親の窮地をそれを上回るイカサマの才で救うが、火事を起こして遁走...さらには因縁の知事と玄洋社の炭鉱を巡る抗争に割って入る大活躍。息をもつかせぬ異能の活躍ぶりを、夢Q一流の饒舌体で綴る。
時代背景は日清戦争前夜の筑豊。時代もそうだし、土地柄も荒っぽい。でもこの「荒さ」が日本人だって野性を備えていたんだよね、と思わせるようなある懐かしさを備えている。角川文庫の解説だと「女装の少年神」なんて民俗学的な話にもっていきたがってるけども、ずっと猥雑でカオスな、沸騰するようなエネルギーの時代を、飄々と駆け抜ける無軌道っぷりに魅かれる。しいて似た作品を探すと、コクトーの「山師トマ」が近いかな。

夢野の父の杉山茂丸が玄洋社の中心人物の一人だったわけだから、当然夢野自身も内情に詳しいわけだ。玄洋社がもともと自由民権運動にルーツがあり、さらに西郷隆盛贔屓な九州の土地柄もあって、反権力・反体制的なカラーも強いのが作中にも反映している。作中での日清戦争をめぐる知事との談判でも、国策と庶民の利害、それに権威と反抗の一筋縄ではいかない関係をうかがわせる。一口に「大アジア主義」と言っても、さまざまな位相があって単なるイデオロギーで片付かない、縺れ合った内実があるのだ。在野で孫文や金玉均を支援をするロマンティシズムと、日本軍の謀略の手先を務めるマキャベリズムの両面が玄洋社の「大アジア主義」にはある。そういうややこしさをややこしいままに、「無垢な少年」が悪戯半分に局面を切り裂いて見せた、そんな断面が興味深い。

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