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ミステリの祭典

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非情の裁き

作家 リイ・ブラケット
出版日2003年08月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点
(2023/07/19 23:38登録)
本書の冒頭には、ブラッドベリによる『B&B ブラケットとブラッドベリ 千九四四年』という4ページほどの文章が付いています。書かれた日付は1998年10月16日。彼にとってブラケットは「最大の親友にして教師」だったそうです。もちろん後にはブラッドベリの方がはるかに有名になりますが。
SF短編は既にかなり発表していた彼女の長編デビュー作が、このいかにもハードボイルドなミステリだったというのは、意外な感じがします。ゴーストライターとして書いた作品も入れると、他にミステリ系長編は4冊あるようですが(すべて未訳)、どんな作品なのか気になります。
三人称形式ですが、一人称形式でも全然問題ないような私立探偵小説です。プロットはおもしろいのですが、犯人の人物造形があまり印象に残らず、そのせいか意外性もさほど感じなかったのが少々不満でした。

No.1 7点 人並由真
(2018/11/13 14:03登録)
(ネタバレなし)
 出先のサンフランシスコで難事件を解決した、ロサンジェルスの私立探偵エドモンド(エド/エディー)・クライヴ。LAに戻った彼は、二つのトラブルの相談を受ける。ひとつは恋人のクラブ歌手ローレル・デインからの身辺警護の願いであり、もうひとつは幼なじみのマイケル(ミック)・ハモンドの家に届いた脅迫状、その謎の送り主の調査だった。女性関係に奔放なミックはかつて旧友クライヴにも心の傷を与え、それ以来両者の関係は微妙だった。だがもともと上流階級の令嬢で、今はミックを愛する彼の妻ジェインの懸命な懇願もあって、クライヴは脅迫者を調べる依頼を受けることになる。そしてクライヴの周辺では予期せぬ殺人事件が……。

 1944年のアメリカ作品で、エドモンド・ハミルトン(『キャプテン・フューチャー』ほか)の妻であり、レイ・ブラッドベリの盟友だった女流作家リイ・ブラケットの処女長編。日本では『リアノンの魔剣』などの異世界ファンタジーや『長い明日』などの未来SF、さらには『スターウォーズ・帝国の逆襲』のシナリオ担当などで知られる作者だが、ミステリ分野との縁も深い。本書を含む数冊のミステリの著作があるほか、チャンドラー原作のかの映画『三つ数えろ』や『ロング・グッドバイ』などの脚本も担当している。
 本書の訳者・浅倉久志の解説によると、もともとハワード・ホークスは本作『非情の裁き』を読んで感銘し、企画準備中の『三つ数えろ』に、フォークナーと並ぶ共同脚本家として作者を迎え入れたそうだから、この作品の内容も推して知るべし。プロンジーニなどは、当時のチャンドラーの良い意味での見事な模倣と称賛したそうである(ただし本作『非情の裁き』の叙述は、完全にクライヴを主軸に据えた上での三人称視点)。
 
 メインヒロインの一角であるジェインの実家(オルコット家)は確かに現在も金持ちの上流家庭だが、本来の家族の絆ほか精神的な意味ではいろいろと欠損しており、それを埋めるように中流~下層階級出身の情熱家の夫ミックが迎えられたこと、しかしそのミックにもまた主人公クライヴとの関係性をふくめて種々の問題があり、さらにもうひとりのメインヒロイン、ローレルにも……と組み合わされる人間関係の中からいくつものドラマの綾が見えてくる。
 前半で起きた登場人物の頓死を経て物語は中盤以降、加速度的に動き出し、そんなストーリーの中で、なじみの警察官ゲインズ警部補になれ合うように見せて一転、意外な態度に出る主人公クライヴのやや歪んだ気骨も描かれる。
 うん、これはまぎれもない正統派のハードボイルド私立探偵ミステリ。
 
 ちなみに当方、ハードボイルドは男性作家の領分とか、女性作家には男性主人公のハードボイルド私立探偵小説は書けない、とかのジェンダー的な意識は希薄なつもりである(客観的に見るなら、そういう部分がまったくないとは言えないかもしれないのだが)。
 それでも本書に関しては、スタイリズムや物語要素の取りそろえとして、とてもしっかりした男性主人公の私立探偵ハードボイルドミステリを見事に紡ぎながら、最後まで読んでああ、やっぱり女流作家が外側から「男の世界のハードバイルド」に思いを込めた作品だな、という感慨を抱いた。
 そんなことを言うとすでに、あるいはいずれ本書を読んだ人から「いや(中略)など、とても女流作家らしからぬ作劇でしょ」との声もあがりそうだが、あるものを切り捨てることが逆説的にそれと同等のあるものを限りなく大事にすることと裏表になっている。これって女性の目からの「男のヒーローは女のためにこうあって欲しい」という訴求以外の何物でもないように見えるのだ。そこに評者はこの作品に、ハードボイルドを最後までハードボイルドにしきれない、甘えめいた不純のようなものを感じてしまう。
 ブラケットクラスの書き手(といいつつ他の作品はあまりまだ読んでないが~汗~)を単にジェンダー論の分類で女流作家としてくくるのもあんまりアレなので、この辺はいつかもっと作者の著作を読んでから改めて確認したい部分もあるけれど。
 いずれにしろ、この私立探偵クライヴの活躍編、作者がそれから何冊も本を出し、時にミステリジャンルの作品も書きながら、その続刊はとうとうものにしなかったようで、もしかしたらブラケット自身、この作品でハードボイルド私立探偵小説はもう書き切ったと燃焼したと同時に、このジャンルに向かう自分の限界めいたものも感じちゃったのか。そんな勝手なことを考えたりしてもいる。
 
●余談:浅倉久志は、これが初めてのまともなハードボイルド私立探偵小説の翻訳だそうだが、巻末の解説(あとがき)を読むと、こちらの予想以上にちゃんとこの分野に若い頃から精通していた&大のファンだったようで舌を巻く。(まあ例の「ユーモア・スケッチ」にハードボイルド私立探偵小説のパロディ編をセレクト&翻訳していることで、それなり以上の素養があることは以前から窺いしれていたが。)
 浅倉当人がむかしよく読んでいたというこの分野の作家のなかに、大御所連中とならんでごく自然に、バート・スパイサー(数年前に初めて論創から、レギュラーの私立探偵カーニー・ワイルドものの一作『 ダークライト』の翻訳が出た)の名前があるのに度肝を抜かれた。
 浅倉久志のSF分野、ユーモア小説分野でのお仕事の実績は甚大なものだが、もう少しハードボイルド私立探偵小説のジャンルに軸足をかけてくれていたら、日本の翻訳ミステリ界も、さらにちょっとくらいは変わっていたかもしれん。

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