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ミステリの祭典

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おやじに捧げる葬送曲
億万長者殺人事件

作家 多岐川恭
出版日1984年11月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 虫暮部
(2023/08/17 12:17登録)
 語り口が “距離感を内包した親愛の情” みたいなものを非常に上手く表現していると思う。信頼出来ない語り手のスタンスが、おやじさんとの或る種の信頼関係に依拠している構図。それを成立させる人物造形。ミステリ的要素を人情話でカムフラージュする作者の企みは成功していると言えるだろう。いや、読んだ後にグッと残るものがあるから人情話の方がメインか。

No.1 7点
(2018/11/15 21:57登録)
 4代に渡る由緒正しい泥棒の血筋の「おれ」こと白須健一。ひょんなことで知り合った元刑事の「おやじさん」こと青砥五郎が入院した。おやじさんの病気は重く、身体は徐々に動かなくなり、やがて声も出せなくなっていく。「おれ」は「おやじさん」を毎週見舞う傍ら、退屈しのぎに二人が出会う切っ掛けになった悪徳実業家、赤山正義殺害事件の捜査経過を聞かせるが、病に倒れても「おやじさん」の頭脳は鋭く、徐々に隠されていた事件の秘密を暴いていく・・・。
 昭和59年発表の「乱歩賞作家オール書き下ろし推理祭」という記念企画の一作。どちらかというと後期の作品で、当時時代小説にシフトしていた作者が満を持して発表したものです。全身麻痺の探偵役というジェフリー・ディーヴァーを遙かに先取りする設定ですが、先鋭的すぎたためか当時は話題にもなりませんでした。近年とみにネット評価が上がっている一冊。
 かなり期待して読んだんですが「異郷の帆」を上回るほどではなかったですね。ただしテクニック的には最上クラス。二段組の講談社ノベルスでも200Pに満たない薄さで、それでいてパラグラフが35もあるという構成です。
 「おれ」が短時間の面会の内に「おやじさん」の希望に応じて諸事実や調査結果を語る、という形式のためですが、特筆すべきは実質中編という長さに殺人事件・時価10億円の宝石盗難事件・及び「おれ」の血統のルーツ探し(当初の予定は「俺の血は泥棒の血」というタイトルでした)、という三つの謎解きを盛り込んでいること。さらに物語が全て「おれ」の発言として語られること。
 「おやじさん」は徐々に会話も出来なくなるため「おれ」が視線の動きや掌に書かれたカナ文字などから意図を解釈していくのですが、それに留まらず第三者の発言も「おれ」を通して記述され、地の文など皆無というから徹底しています。そうして事件を語っていきながら同時に手掛かりをも組み込むという職人芸。それでいて人情ドラマとしても捨て難い味わいを持つストーリー。
 ただ多岐川作品の最上のもの(「私の愛した悪党」など)は、あまりに巧すぎてもう一味足らないところがあります。譬えるなら昆布でダシを採ったお吸い物。ミステリ部分があっさりし過ぎというか、極上なのは分かるんだけど、も少し動物蛋白も取りたいなというか。
 本書もその例に漏れません。これが小泉喜美子さんの作品だと同じテクニック系でも洋菓子という感じで満足できるんですが。
 無いものねだりで色々言いましたが、最低でも7点クラスの作品なのは確実。手にする機会があればぜひご一読下さい。

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