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ミステリの祭典

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野獣死すべし
伊達邦彦

作家 大藪春彦
出版日1958年01月
平均点8.00点
書評数2人

No.2 8点 zuso
(2022/05/29 22:22登録)
確かに書き出しの文章は読み難い。それが途中から作者が高揚して歯切れのいい行動描写にはいり、スピードが上がっていく。
「熱っぽさ」や、やむにやまれぬ「執念」のようなものが行間から滲み出している。この小説何が面白いのかというと、主人公の伊達邦彦の高揚した闘争的ストイシズムとハイにして非情なアプレゲールが面白いのだ。

No.1 8点 クリスティ再読
(2018/06/24 17:24登録)
あれ、当然本作書評がすでにあると思ってた。ないじゃん。評者だったらニコラス・ブレイクのを書かなくても、こっちを書くよ。
角川の文庫だと、「正編」な「野獣死すべし」は約100ページの中編で、それに約200ページの「復讐編」が付いている。「復讐編」はまあ、ハードアクションのフォーマットを作ったような作品で、大藪がオリジネイターであることは間違いないけど、後続作品なんてわんさとある。その中に埋没しても、評者的にはどうということも、ない。父を騙して会社を奪い、妹を捨てて自殺に追い込んだ京急コンツェルンを潰す復讐を伊達邦彦は誓い、遊覧船上のクリスマス乱交パーティを襲撃するわ、現金輸送車を襲撃するわ、妹を捨てた若社長とその新妻を恐喝して自殺に追い込むわ、果ては銀行本店を襲撃して金庫の有り金をさらうわ...と派手派手な展開とマニアックな銃器知識あたりを楽しむノワール、で何の問題もなし。
しかしね、「正編」は違うんだ。これは小説というよりも、当時無名の青年だった大藪春彦本人の抱えた青春の鬱屈とニヒリズムを渾身の力で叩き込んだアジテーションなのだ。本作を読むというのは、読者が自分自身にこのアジテーションに感応する部分があるかないかを、自らに問いかける行為だ。だから本作が小説として今ひとつちゃんと整ってないこととか、そういうことが気になる読者は、これに感応する部分が薄いんだろうね。まあその方が平和というものではある。逆にいうと、こういう逸脱的な部分というものを、江戸川乱歩もしっかり抱えていて、そこで大藪登場のきっかけをつくったことになる。
もちろん本作にはアメリカのハードボイルドの影響が極めて強く、文章も「正編」は本当に、いい。

黄色っぽい豹の両眼がぐんぐん接近してくると、やがてそれは目も眩むばかりの光で、ぼやけたスクリーンを貫くヘッド・ライトとかわった。

映像を目で見るかのような、極めて「視覚的な」文章だ。この視覚性に支えられて、正編での強烈なテンションを維持し続けている。ハードボイルドでも最上ランクの文章だと思う。
だから逆に、この時期この人にしか書けるわけがない級の作品である「正編」をきっかけに、大藪春彦が流行作家になれたことの方が、評者はどっちか言えば不思議なくらいだ。この正編の毒は強烈である。まあだけど、今読んでみるとやや青臭い部分も多々ある。その青臭い部分も含めて「青春の毒」を試したい読者は...いかがかな?

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