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ミステリの祭典

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二十世紀鉄仮面
法水麟太郎シリーズ

作家 小栗虫太郎
出版日1969年01月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 8点 クリスティ再読
(2019/08/17 11:42登録)
昔の作家の場合、短編集が何種類も出てて表題作が同じでも収録作はバラバラ、なんてことがよくあるんだけど、評者の感覚だと虫太郎の基準となるのは桃源社の全作品9巻である。桃源社だと「二十世紀鉄仮面」は黒死館と「国なき人々」以外の全法水物を収録した巻として親しまれていたのだが...河出文庫で「法水麟太郎全短篇」でまとまって、これは「国なき人々」も含んでる(鉄仮面はない)。どっちでやるか?とは悩ましいんだけど、評者が読んだのは桃源社の廉価版なので「二十世紀鉄仮面」でさせてもらうことにする。ただし評者は長編「二十世紀鉄仮面」の評は「青い鷺」でやっているので、そちらを参照されたい。全短編個別に書きたいから、最初からそういうつもりだった。お許しください。
「後光殺人事件」は「招かれた精霊の去る日に、新しい精霊が何故去ったか―」と七月十六日朝に、寺院の住職が技芸天女を祀る堂宇で恍惚とした表情を浮かべた他殺体として見つかった...変態心理が中心だけど、それでも一応普通の本格探偵小説風に読める作品。まだ小手調べ、といったところが相応。新暦のお盆の話なので、タイムリー、でしょ。
「聖アレキセイ寺院の惨劇」白系ロシア人亡命者の老人が、ギリシャ正教様式の寺院で殺害されているのが見つかった...虫太郎に限らず戦前の日本のミステリだと機械仕掛けに凝りすぎてリアリティのない作品が結構見受けられるけど、実のところこれは、二十世紀前半らしい「機械を巡るファンタジー」と見たいと思うんだ。本作とか「夢殿」はそういう「殺人機械」の空想(暗黒面のSF)とそれにまとわりつく宗教が頽落した妄念(裏返しの進歩主義か?)の一大絵巻くらいで捉えると、その美質を過たずに捉えられると思う。そういう意味で虫太郎の完成形の一つ。
「夢殿殺人事件」これも「アレキセイ」同様に、豪華絢爛の殺人機械の話だが、密教の儀軌を小道具にして、活人画ならぬ「殺人画」を徹底的に描いて成功している。「吸血菩薩」というイメージを作り上げたことが超絶である。法水短編のベストである。
「失楽園殺人事件」前二作の応用編みたいなものだけど、明らかに「軽く」書いている。ただしグロはそれ以上。黒死館の目途が立って安心したのか、やや手の内を見せているのが興味深い。「以毒制毒の法則が使えるからです。謎を以って謎を制す」とか、「...の命を絶ったものは、実に、この一つの比喩にすぎなかったのですよ」という真相など、作家の舞台裏を窺わせることを言っている。虫太郎の魔力とは「比喩の魔力」だからね。比喩によって、稲妻に撃たれたかのように新しい関連が生まれてくること、たかが比喩に人生が懸ってしまうこと、観念のために生を棒に振って悔いないこと、虫太郎の毒気に当てられるのこういう瞬間だ。
「オフェリア殺し」からは推理機械法水にキャラを盛ってくるようになる。法水がシェイクスピア俳優になって、ハムレットのパロディを演じる。同様に「人魚謎お岩殺し」はグラン・ギニョルの日本版みたいな殺人芝居の一座で起きた四谷怪談ネタの殺人。両作ともモチーフがかなり共通する(舞台上の水路で死体が見つかるとかね)し、たぶん出来が気に入らなかったんじゃないかなあ。
「潜航艇「鷹の城」」は中編規模で、短編では一番長い。長編「二十世紀鉄仮面」のプロトタイプみたいなもの。オーストリア海軍の原始的な潜水艦(なので潜航艇)から消失した艦長の謎から始まり、新たに遊覧船に改装された潜航艇のお披露目の中で、この艦と事件に因縁のある四人の盲人たちの只中で起きた殺人を法水が解決する。本作のモチーフはヴァーグナー(「指輪」と「オランダ人」)とその元ネタのニーベルンゲン譚詩で、ペダントリはそう難しくない...けど本作だと素材がそのまま投げ出された様相で、狙いはわかるけどとっちらかったまま。推測だけど「ゼンタの殺人」にしたかったんでは。

というわけで法水短編は「アレキセイ」「夢殿」が頂点。活人画ならぬ「殺人画」の凄惨美と「殺人機械の夢」、オカルティズムを一つの比喩として運命として捉える自己投企、と虫太郎以外誰も描き得ない極彩色の世界である。評者に言わせれば、笠井潔も京極夏彦も「アレキセイ」「夢殿」の短編にさえ全然及ばない。

No.1 4点 nukkam
(2018/04/15 12:24登録)
(ネタバレなしです) 法水麟太郎シリーズは長編2作と短編数作が書かれましたが、1936年発表の本書がシリーズ長編第2作です。奇書と評価されている「黒死館殺人事件」(1935年)はヴァン・ダインの影響が明らかな本格派推理小説ですが本書は「探偵小説から極力離れようとして」書かれた冒険スリラー系で、作者は「新伝奇小説」と銘打っています(但し推理による謎解きも少しあります)。冒頭で伝染病による死亡事件が発生しますが法水はこれをある人物による人為的な事件であると断じます。その手段についてはほとんど説明されませんが動機のとてつもなさには驚かされ、巨大な悪の存在であることが早い段階で印象づけられます。もっともこの悪の主人公、それなりの数の部下がいますが結構自ら前面に出て法水と直接対決しているし、時に二人が休戦状態になったりと単純な敵対関係でないところがユニークです。また法水が感情的になる描写がかなりあることも「黒死館殺人事件」と大きく異なります。「黒死館殺人事件」に比べれば読みやすい作品ですが、それでも癖のある文章のおかげで物語の変化についていくのは非常に苦労しました。

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