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ミステリの祭典

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高く危険な道

作家 ジョン・クリアリー
出版日1981年03月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 八二一
(2022/03/29 14:37登録)
ヨーロッパ、中東、東南アジアと立ち寄る先々で天災、人災に遭う。実にさまざまな事件が待ち構えているのをオムニバス風に描いて飽きさせない。

No.1 7点
(2019/05/06 09:13登録)
 第一次大戦終了直後の一九二〇年、億万長者の娘イヴ・トウザーはロンドン支店総支配人アーサー・ヘンティに迎えられ、サヴォイ・ホテルで上海からの船旅の疲れを休めていた。そんな彼女のもとに突然、ミスター孫楠〈スンナン〉と名乗る支那人が訪れる。彼の話は驚くべきものだった。父ブラッドリーが彼の主人によって湖南省到着と同時に誘拐され、十八日後には殺される。それまでに彼女が所持している翡翠の彫像のかたわれを主人に届けよというのだ。一対の彫像は元々主人の持ち物で、彼に和平を持ち掛けた督軍(軍政長官)・張卿尭(チャンチンヤオ)に盗み出されたのだという。
 孫楠は証拠として父の書いた手紙と、彼女がクリスマス・プレゼントに送った黄金の懐中時計を持参していた。かれは死に物狂いで支那からイヴを追いかけたが、二日の遅れを取り戻し追いつくには至らなかったのだ。湖南省にあるただひとつの無線電話は張将軍によって支配されており、期日の変更はきかない。期日までに彫像が届かなければ、彼自身も主人に殺されるのだ。もはや一刻の猶予もない。
 イヴ達はただちにクロイドンのワドン飛行場に向かい、元英空軍エースパイロットのウィリアム・ビード・オマリイ、整備士ジョージ・ワイマンと共に三機の複葉戦闘機ブリストル・ファイターに分乗し、八千マイル彼方の支那へと飛び立つ。イヴ自身もパイロットとして機乗する、この無謀な冒険の行方は?
 原題"High Road to China(支那への高い道)"。1977年発表。ロードムービー風の展開で、特に捻りやギミックはありません。ブリストルの航続距離は予備タンクを使っても四百五十マイル程度で、期日的にはほぼギリギリ。給油やアクシデントで何度も足止めを食らいながら、目的地に向けて突き進みます。ルーマニアでニンフォマニアの伯爵夫人に捕まったり、パキスタン北西部でパシュトゥン人の捕虜にされたり、中にはサマランドのラージャ(藩王)の宮殿でローラースケート大会に強制参加させられるという変わったものも。
 しかし、なんといっても最大のアクシデントは戦争。当時の複葉機は最先端の攻撃兵器で、オマリイやドイツでワイマンと交代した元リヒトホーフェン中隊のエースパイロット、コンラート・フォン・ケアン男爵は行く先々で「またか」と言うほど空中戦や地表爆撃に使い倒されます。貴族とはいうもののマルクも紙切れの文無しになり、自殺願望を募らせるケアン。彼を含む登場人物たちの心の変遷も見所のひとつ。毛沢東やトルコ共和国建国の父ムスタファ・ケマルなど有名人も登場しますが、わからず屋なのは彼らも同じ。よくある歴史上の偉人を人格者として描くタイプの小説ではありません。

 西欧世界の人間はすべておなじだった。かれは支那へ帰れるのがうれしかった。そこでは、偏見のすべては名誉に関するものだった。
 「ミスター・トウザー、あなたはわたし同様に都合のいいときだけ約束を守る人間ですよ。それしか生き延びる道はないんです」

 それぞれの民族に、それぞれの正義がある。それを踏まえた上で世界が混沌に満ちていた時代、わずかな繋がりを頼りに心を通わせる、ワイルドかつジェントルな男女の物語。なかなかに格調高い作品です。

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