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ミステリの祭典

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孤独の罠

作家 日影丈吉
出版日1963年01月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 6点
(2020/11/09 15:17登録)
 群馬製紙の東京支社につとめる仰木信夫(しのぶ)は結婚二年目にして妻・典代を産褥熱で失い、今また死病の母の介護の為、典代の里方に預けていた生後半年になる赤子・芳夫の訃報を受けて、赤城山麓の利石郷へ向かうところだった。妻の実家の人々に慎ましくもてなされながら信夫は通夜に臨み、寂しい冬景色の中、野辺送りを行う。ところが遺体が焼き上がったとき、火葬場の係員が思いがけないことを告げる。かまの中に遺骨が二人分あるというのだ。
 しめやかに行われていた息子の葬儀を愚弄するような事件に、仰木は戸惑うばかりであった。その不可解な謎の後しばらくして、土地の有力者である親戚の郵便局長・古間が毒殺される。殺人容疑者に擬せられる妹・叶絵の婚約者、椎戸。寒村を覆う無常な事件の真相は?
 昭和38(1963)年11月講談社刊。著者の第九長編にあたるもので、同年には本書に先行して『移行死体』『現代忍者考』の二長編が、それぞれ早川・東都両書房より刊行されています。
 第六長編『女の家』の流れを汲む文学志向の作品で、降りしきる雪のなか、北関東の農家での通夜の情景描写に始まり、次々と家族に先立たれた主人公が、ただ一人残った実の妹と絆を強めようとするも感情の行き違いを埋めきれなかったり、古間の若妻・朱野への思慕を募らせたりと、ときには姑息な考えや打算が先行する、事なかれ主義の一人の弱い人間の姿を切々と描いています。
 年が入ってくるとこういうのは身につまされる訳で、ミステリ以前に小説としてかなり好み。特に喪家から葬儀所までの過程はリアルそのもので、その場の空気が感じられる程です。この導入部に〈焼場で増えるお骨〉という謎を投入して興味を引きながら、他方〈早逝した幼児〉というシチュエーションを用いて、自然に読者と信夫を同化させているのも巧みなところ。冬・春・夏・秋の四章で構成されていますが、冒頭からシンパシーを抱いた読み手をシッカリ掴んで離さない。
 その後も一貫して煮え切らない心情描写が続くんですが、〈誰にでもある心の動き〉の範疇なので、そこまでイヤらしさは無いですね。ストーリー的には日影長編の中で一番好きかもしれません。
 ただ読み返すと、物語面の充実に比べトリック部分があまりに弱い。遺骨の謎も〈まあそれしか無いわな〉という感じで、毒殺事件に至っては付け足し程度。ウジウジした主人公が図らずも神意を代行するエンディングが上々なだけに、この辺もっと工夫があれば、著者の代表作にも成り得たでしょう。個人的にかなり惜しい部類の作品で、涙を呑んだ採点は6.5点。

No.1 5点 nukkam
(2018/02/08 23:22登録)
(ネタバレなしです) 1963年発表の本書は「女の家」(1963年)と同じく文学志向を強めた作品です。「冬」に始まり「秋」で終わる4章構成をとりますが「冬」の章で妻と生後6ヶ月の子供を相次いで失った主人公の描写は非常に読者の共感を得やすいと思います。2人の死には犯罪性はなく、この章の終盤で子供の火葬の後に遺骨が2人分になっていたという不思議な事件が起きるまでミステリーらしさがありません。「春」の章になっても謎解きは進まず妹の結婚願望に対する主人公の複雑な思いが描かれ、またもミステリーから離脱するような展開となります(この章の終盤で新たな事件が起きますが)。主人公が推理する場面もありますが基本的には探偵役とは言えないでしょう。最後には謎は解かれるのですが、本格派推理小説でありながら謎解きの面白さを極力抑えることを目指したようなプロットは確かに文学風ではありますが読者の好き嫌いが分かれそうです。

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