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ミステリの祭典

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塙侯爵一家

作家 横溝正史
出版日1978年02月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 5点
(2019/10/25 05:14登録)
 雑誌『新青年』昭和七年七月号から四回連載の表題作、及び女性向け雑誌『新女苑』に昭和十二年七月号から三回連載の「孔雀夫人」の二中篇を収録。両作品とも五・一五、二・二六事件直後の微妙な時期の発表ですが、それらしき要素が含まれるのは表題作のみ。ロンドンの安酒場で酔い潰れた画家崩れの自殺志願者・鷲見信之助がどん底の境遇から拾い上げられるシーンで始まり、盛名高い塙侯爵家の跡取り候補・安道との入れ替わりを強要されると、二三の描写ののち舞台はすぐ日本の神戸に移ります。
 ここからはスケキヨフェイスの犠牲者が出るわ不具者のライバルが登場するわ、あげくに当主の老将軍が八十五回目の誕生日に白昼テントの中で射殺されるわと波乱の連続。「鬼火」「真珠郎」などの発表以前なのでまだ本調子ではありませんが、「本当のものを書きたい」と意気込んだだけあってそれなりに凝っています。真犯人の意外さが取り上げられていますが、むしろ操りテーマの特異性が本作の主題でしょう。この時期の横溝は初の長編「呪いの塔」を発表して本格的な作家稼業に入ったばかりで、まだ特筆すべき作家にはなっていません。当時の『新青年』では谷崎潤一郎「武州公秘話」が連載され、大阪圭吉が「デパートの絞刑吏」で華々しくデビューしています。
 「孔雀夫人」の方は女性誌掲載作らしく初々しい新婚夫婦に仕掛けられた罠を暴くスリラーもの。ストーリーはミエミエですが、ラスト付近の泣き落としと劇的展開で凡作化を免れています。日華事変でそろそろ「新青年」も戦時色が出てきた頃。1937年は海外ミステリだと黄金時代ですが、この頃の日本ではとても意欲的な作品は書けなかったでしょうね。

No.1 7点
(2017/12/17 23:17登録)
読んだ角川文庫版には、戦前の中編が2編収録されています。
1932年7月から雑誌「新青年」に連載された表題作については、作者自身「何か本当のものを書きたい」という意気込みを予告の中で述べているぐらいで、確かにスケールの大きな気合の入った作品になっています。同年5月に犬養首相暗殺事件が起こった時代背景も取り入れられていて、クーデター的なことを企む組織の幹部の一人である畔沢大佐が、主人公を傀儡として使おうしている中、塙(ばん)侯爵殺人事件が起こる話です。とは言え、そこは横正、組織の政治的立場等については一切触れていません。組織の計画のどんでん返しより、殺人事件の犯人の意外性に驚かされます。論理的な穴はいろいろありますが、楽しめました。
女性雑誌に発表された『孔雀夫人』は、真相はわかりやすいですし、ラストはご都合主義ですが、すっきりまとまったサスペンスものになっていました。

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