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ミステリの祭典

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ブラッド・マネー

作家 ダシール・ハメット
出版日1988年03月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2020/09/16 21:22登録)
ハメットの長編は5作ということになっていて、「ブラッド・マネー」は番外みたいな扱いなのだが、これはおそらく、「ハードボイルドの正統」を作り上げた出版社クノップ社の威光みたいなものが関わっていると評者は思っている。「血の収穫」だって「デイン家の呪い」だって、短編の合体みたいな側面はあるわけだから、そう「ブラッド・マネー」と違わないといえば違わない。どれも「ブラック・マスク」での連載が初出なのだが、「血の収穫」がクノップ社の目に留まり、ハードカバー長編として出たことで、「ハードボイルド」という文芸ジャンルが初めて公式に登場した、と言ってもいいように思うのだ。
つまり、読み捨ての雑誌連載ではなくて、批評の対象になる「作品」扱いされた最初が「血の収穫」ということである。実際「ブラック・マスク」掲載の短編は、1940年代にならないと短編集として出版されていないわけだし。その短編集の最初がどうやら本作を収録した "$106,000 Blood Money"(1943) ということのようである。
Tetchyさんの「荒くれどものジャムセッション」はなかなか言い得て妙。ガンガン人が死ぬ「血の収穫」の前夜祭みたいな作品であるけども、「血の収穫」の大特徴のオプの破滅衝動はない。その分を某登場人物が担ったのかな。騙し騙されクールにピンチを切り抜けるオプの活躍、という印象。
本書の約2/3 が「ブラッド・マネー」で、残りを6短編で分けあう構成。オプもスペイドも登場しないシリーズ外のものばかりで、セレベスのモロ族と白人との相克を描いた「毛深い男」と、帰郷したギャングとその妻の関係を描いた「ならず者の妻」がやや長めの作品。この2つ以外はスケッチみたいな習作だが、KKKを諷した「怪傑白頭巾」に妙な味があって面白い。「帰路」は本当にヘミングウェイ風。

No.1 7点 Tetchy
(2017/09/29 23:54登録)
ハメットの長編デビュー作は『血の収穫』であることは広く知られているが、訳者の小鷹信光氏の解説によれば、『血の収穫』の前の習作として本書に掲載された「ブラッド・マネー」が書かれたようだ。この題名、原題もそのままで直訳すれば「血まみれの金」となるが、『血の収穫』とも訳せる。内容は異なるが、題名の近似性からも理解できる。

さて町に全国から悪党どもが訪れ、何と150人による二つの銀行の同時襲撃が起こる。そこからは事件に関わった悪党たちが自分たちの分け前を得るために殺戮ショーを繰り広げるという実に派手で映像的な作品である。
なんとも荒廃した幕切れだ。これが正義の本当の姿なのだと無慈悲な筆でハメットは語った。真の初長編作は手習いとは思えないほど躍動感と抑揚に満ちたストーリー、そして登場人物たちが織り成す血まみれの祭りだった。

その他6編の短編が収められているがそれらを含めて一言でいえば「荒くれどものジャムセッション」。
そんなハメットの筆は淀みなく、ストーリー展開もスムーズでありながらもサプライズを仕込んでいるところにミステリの妙味がある。しかもそれは単なるミステリとしての仕掛けではなく、闇社会で生きる者たちが生き延びるために行ってきた権謀詐術がサプライズに繋がっているところに本格ミステリと一線を画したリアリティがある。生き延びるためには平気で嘘をつき、そしてまた自分を殺そうとする人たちを平然と殺す者たち。そんな生き馬の目を抜く輩たちの世界ではいかに一歩先んじて出し抜くかが彼らにとって死活問題になるわけだ。そんな世界をミステリに持ち込んだハメットの功績はかなり大きいと再認識した。
もう少し踏み込んで書くと、本格ミステリを読んだハメットは本当のワルはこんなまどろっこしい方法で人を殺害しない、ハジキ1つをぶっ放すだけ。そして相手を騙すことに頭を使うのだと思ったことだろう。そんなリアルをミステリとして描いたのだ。いやワルの生き様の中にミステリがあったことを教えてくれたのだ。

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