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ミステリの祭典

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過去ある女 プレイバック
シナリオ

作家 レイモンド・チャンドラー
出版日1986年06月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 tider-tiger
(2016/09/16 15:11登録)
アメリカからカナダに逃げ出して来て早々に変な男につきまとわれるベティ・メイフィールド。しかも、その男がホテルの自分の部屋で射殺された。ヤケッパチになりかけたベティだったが、彼女に同情的な警視や彼女を救おうとしてくれる紳士もいる。しかし、ついに彼女には逮捕状が出されてしまったのだった。
暗い過去を振り払おうとアメリカからカナダへやって来たベティ・メイフィールドだったが、ここでも過去起きたことが繰り返されるのであった。

小説ではなく映画のシナリオです。
諸事情あって映画化されず、お蔵入りになっていたチャンドラーのシナリオが発掘され、翻訳出版の運びになったようです。こんなものまで日本語で読めるなんて、日本人が英語が苦手なのはこういう恵まれた環境も理由の一つなんでしょうね。
まあそれはさておき、このシナリオ、けっこう面白いです。
シナリオですからチャンドラーの文章に浸るというわけにはいきませんし、人物造型も深みや説得力に欠ける部分あり、そうした物足りなさはありますが、チャンドラーにしてはプロットは上出来、会話の切れは相変わらず。映画で完成形を見たかった。
ただ、余計な修飾がない分、チャンドラーの文章力を別の角度から再確認できるというマニアックなお楽しみもあります。
基本的には簡潔明快な文章で綴られておりますが、なかには『水夫の踊りっぷりの優雅さは犀にひけをとらない』こんなサービスもありました。こんなん言われても役者はどんな演技をすればいいのか悩みますわ。

これ、実は副題のとおりチャンドラーの七作目の長編『プレイバック』の原型だそうです。ところが、小説版プレイバックにおいて、シナリオはその原型を留めていません。
チャンドラー大金貰ってシナリオ書く→自信作だったのに映画化されず→怒った(かどうかは不明)チャンドラー得意の自作再生利用癖を大いに発揮して小説化。と、このような流れだったそうです。でも、これ、かなり大きな問題があります。
その1 主人公は女性であり、マーロウは不在。
その2 どう考えても三人称多視点で小説化すべき作品。
これをチャンドラーは意地でもマーロウ視点の一人称小説に仕上げるべく努力しましたが、45回転のレコードを33回転で回すようなもんです。「プレイバックは奇妙な作品」というような評を目にしましたが、こうした歪みにもその原因がありそうです。
チャンドラーファンならこの強引な小説化の過程に想いを馳せるというマニアックな愉しみ方も可能でしょう。
それにしても、自信のあったプロットなわけです。なぜそれを活かすような書き方をしなかったのでしょうか。なぜ、そこまでマーロウに拘ったのでしょうか。頑固頑迷こうしたチャンドラーのメンタリティがそのままフィリップ・マーロウのメンタリティと直結しているように思えてなりません。
チャンドラーは一人称へらず口文体が得意でしたが、実は生み出すプロットは三人称多視点向きで、こういうところが超一流の文体……文体に一流も二流もないですね……超一流の文章と二流のプロットという落差に繋がったのではないかと、そんなことまで考えてしまいました。

察しの良い方はお気づきかもしれませんが、『プレイバック』の謎の一つとされていたタイトルの意味、本作を読めば疑問は氷解します。

私が持っているサンケイ文庫版にはロバート・B・パーカーの解説が収録されておりましたが、残念ながら数年前に出た小学館版には収録されていないようです。
入手借り受け可能ならサンケイ文庫版をお薦めします。

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