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ミステリの祭典

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「蒼い渦」を改稿改題

作家 水上勉
出版日1962年01月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点
(2021/09/29 22:37登録)
 国電秋葉原駅に近い神田岩本町。繊維業者の多いこの街の一角で婦人服問屋を営む〈ローヤル商会〉は不況の煽りを受け、四千着を越すストックを抱え込んでいた。
 そこに舞い込んだ絶好の商談。須山恭太郎と名乗る男が会計係の女の子を連れ、岡山の看護婦組合に供給する婦人服や服地の納品話を持ち込んできたのだ。組合手数料を三分ほど差し引くという抜け目のないやり方だが支払いは確実。気のりのしない慎重派の専務・宇佐美重吉を押さえつけ、らいらくな社長・桑山実治の即断で取引は成立する。
 だがその直後岡山に卸したはずのローヤル製品が、露天で投げ売りされていた事から詐欺と判明。九百万円の手形が紙切れと化した上製造卸同業会を除名され、新築四階建ての構えをもったローヤルは一気に事業整理に入った。
 詐欺・背任・横領を主管とする本庁捜査二課一係は追求を開始するが、被害者側の届出の遅れもあって捜査は難航。そんな折茨城県の牛久沼に至る茎崎川の川岸で、奇妙な死体が発見される。岸べりに竿をつきだし斜面に腰掛けた格好でじいっとうずくまっている被害者の顔は、岩石か何か重量のある凶器でめちゃくちゃにくだかれていた・・・
 絡み合う事件、混迷を深める謎に刑事たちは挑む。文豪の筆が冴える重厚なミステリー世界!
 昭和三十五(1955)年十月から昭和三十六(1956)年十二月にかけて、経済雑誌「評」に連載された約二百五十枚の原型作品「蒼い渦」を解体したうえに、あらたに三百八十枚の新稿を追加し長篇小説として完成させたもの。書き直し作業はほぼ大作『飢餓海峡』の連載と並行している。ここまでの換骨奪胎は水上としても初めてだったらしく、〈あとがき〉には新たな構想への意欲と、自分に鞭打って仕上げた時の喜びとが記されている。
 それもあってか著者のミステリには珍しく作為的な流れで貫かれており、事件の推移もおおむね犯人サイドの計画通り。殺害したあと釣り人に偽装しておいた詐欺行為の主犯=須山の身元割れの早さなどいくつかの誤算はあるが、少々バタつきはするもののグロテスクさを秘めた真犯人の振舞いは変わらず、これがそのまま本書の味になっている(冒頭部「来訪者」で意味ありげに描かれる〈歩道の男〉の存在が、投げっぱなしになったままなのは頂けないが)。
 神田の詐欺事件と牛久殺人とが交錯し、主人公となる警視庁の捜査二課員・遠山利助と茨城県警の大柄な若手刑事・車谷政市が、事件の解決を目指し鎬を削る展開。二課と一課、どちらが先に事件の真相に到達するのか競争意識を漲らせながら、時には情報を交換しつつ追跡は進む。
 タイトル通り登場人物や容疑者たちの〈眼〉に関する描写が所々で不気味な影を投げかけているが、結末もそれに呼応したもの。『霧と影』『巣の絵』にはやや劣るが、著者が力を入れて手直ししただけあり、単なる社会派に留まらぬ面白さを持つ作品と言えよう。

No.1 6点
(2016/06/14 22:46登録)
『耳』『爪』と並んで、身体の部分1文字のタイトルを付けた作品。水上勉には、警察と民間人とが協力して事件解決に当たる作品も多いのですが、この3作はいずれも警察の丹念な捜査を描いた、その意味では警察小説的な作品です。で、本作はその3作の中では、最もおもしろくできていると思いました。
光文社文庫版巻末の解題では、詐欺事件から殺人事件へと発展していく展開を、松本清張の『眼の壁』と比較していますが、水上勉は既にミステリ第1作の『霧と影』を、詐欺事件から始めています。本作は、最後まで詐欺が殺人と密接に結びついているところが、『眼の壁』や『霧と影』とは異なる点でしょう。それだけにシンプルではありますが、きっちりと構成された作品です。タイトルの眼に関する記述はところどころに出てきますが、ラストは最初の家宅捜査開始時に想像したとおりの眼の扱いでした。

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