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ミステリの祭典

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レクイエム

作家 ジェイムズ・エルロイ
出版日1985年09月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 8点 人並由真
(2020/09/28 23:08登録)
(ネタバレなし)
 1980年のロスアンジェルス。「私」こと33歳の私立探偵フリッツ・ブラウンは、ドイツ系のアメリカ人。さる事情から6年間奉職したLA市警を去り、今は腐れ縁の自動車ディーラーの大物、キャル・マイヤーズから依頼を受けて月賦の支払いが不順な車を回収し、主な収入源としている。そんなフリッツのもとに、ゴルフ場の人気キャディを自称する中年男「ファット・ドッグ・ベイカー」ことフレディ・ベイカーが来訪。彼は自分の28歳の音楽家の妹ジェーンを後援する、大物の毛皮商人ソル・カプファーマンの調査を依頼する。これに応じてカプファーマンの周辺を探り出すフリッツだが、その顔を見た際にある記憶が浮上。それは十数年前に起きた、6人もの犠牲者を出したナイトクラブ「クラブ・ユートピア」の放火事件、それに関わる思い出だった。

 1981年のアメリカ作品。
 かねてより作者エルロイの評判の高さは知っていながら、かなり昔にただ一冊『血まみれの月』を読んだきり。残りのホプキンズものも、LA4部作も手つかずという体たらくであった。
 それで先日、部屋の中から古書で買ったまま忘れていたコレが出てきたので、たしかこれ処女作だよな……、単発の私立探偵ものらしいから、気を使わずに読めるよな、とページをめくりだした。

 そんなわけでほとんどエルロイ、ビギナーみたいなものだから後年の諸作群との比較はできないんだけど、フツーに、いやそれ以上に面白い。
 フリッツ視点で掘り下げられていく事件の流れに不自然さはないし、途中で「おいおい、それって主人公の行動としてどーよ」と思うような叙述にも、読み手を適度に焦らしたタイミングを見計らうようにフォローが入ったり、イクスキューズがはかられたりする。
 人はバンバン死に、主人公フリッツもやむなくその手を汚すが、作中のリアルで実際に他人の命を奪ったら(なりゆきで仕方ないといいわけしても)どうしたってこれくらい、心にストレスがかかるよね、という描写が積み重ねられる。それもかなり長く、しつこく、粘っこく。

 いやそういう主人公にクヨクヨさせる筋立ては、クラムリーとかR・L・サイモンとか、それどころかR・B・パーカーですら初期作ならこだわった<いかにもネオ・ハードボイルドっぽい主役探偵に課せられる内省>というタスクでもあるんだけれど、本作の主人公フリッツの、荒んだ心を癒そうとするハメの外し方、乱れ方はどこか違う。クレイジーの域まではいかないが、ウソのない真剣さというか。この辺がエルロイだ、といわれれば、そういうことなのであろう。

 後半は熱に浮かされたように一気に読んだ。勢いのある物語だが、その割にミステリとして事件の構造に破綻が見られないのは立派。クライマックスまで(中略)というストーリーの組み上げ方も、ややクサイけれど、最終的にこのお話の設定のなかでこの主人公に何をさせたいのか、くっきりさせている。

 ラストのまとめかたには思うことは多いが、とにもかくにもご都合主義でなく、人生はこういうこともあるよな、と読み手の心のスキをついてきた感じ。ハッピーエンドとかバッドエンドとか、そういう物差しで語る終わり方ではない。

 文庫版の解説(訳者あとがき)にあるように、デビュー前にチャンドラーやロスマクを読みふけって小説修行したという作者による、偉大なる先人への錚々たる返歌。それはこれ一冊で必要十分だと思えるので、シリーズ化しなかったのは正解であろう。
(まあ、2020年代のいま、もし何十年ぶりかの続編を書いてくれたら、それはそれで嬉しがるだろうけどね。)

No.1 6点 tider-tiger
(2016/04/28 19:41登録)
探偵業の傍らに車の回収業も請け負っているフリッツの元に俺の妹の身辺を調査しろという依頼が舞い込む。依頼主の職業はキャディとのことさが、この男には常軌を逸したところがある。だが、金はたんまりと持っているようだった。調査をするうちに、フリッツはこの男が自身と過去にちょっとした接点があったことを知る。

エルロイのデビュー作です。
チャンドラーやロスマクを読んで小説の書き方を学んだというだけあって、私立探偵を主人公とした古典的ハードボイルドを踏襲した小説でした。普通に読めて普通に面白い。ただ、私はLA四部作を先に読んでしまったので、面白かったけど拍子抜けという奇妙な感想を持ちました。
それでもエルロイらしさの萌芽はありました。主人公に捜査を依頼するキャディがけっこう凄まじい。後の作品に登場するアクの強い連中に優るとも劣らない存在感があります。過去に縛られたやや分裂傾向のある主人公もエルロイらしい人物造型です。
誇張、極端から極端へ、二律背反、エルロイの特徴は既に現れています。
読みやすさという観点からエルロイの入門作を選ぶのなら、私は本作を薦めます。
ディープなエルロイらしさをいきなり味わいたい方はビッグノーウェアからどうぞ。
ビッグノーウェア→LAコンフィデンシャル→ホワイトジャズ この三作は順番通りに読むことを強く推奨します。ブラックダリアはどこで読んでもOKです。

エルロイのいいところ
妄執と情念→ブラックダリア
ヒリヒリするような緊張感、皮膚感覚→ビッグノーウェア
精緻なプロットと高い完成度→LAコンフィデンシャル
破滅への疾走とそれに伴う文体意識→ホワイトジャズ

その他のいいところ
会話がいい。リアリティがある。会話というのは本来は省略が多く他者には意味がわかりづらいことが多々あるが、省略どころか会話を膨らませて読者にいろいろと説明しようとする書き手が多過ぎる。説明が必要なのはわかるが、会話としてのリアリティを保つ工夫をして欲しい。
会話繋がりで、尋問シーンが読ませる。エルロイの尋問というと暴力で吐かせるイメージがあるが(確かに暴力や脅しも頻繁に用いられるが)、話術で吐かせるテクニックもなかなか。警察ものは尋問シーンが極めて重要だと思うが、それをうまく書ける作家はあまり多くない。
主人公や主要人物がやたらと人を殺す が、なんの罪もない人間が虫けらのように殺される場面は人があれだけ死ぬわりには非常に少ない。悪人たちが勝手に殺し合う。
悪人のことを描くが、悪人を賛美はしない。ヤクザや不良が格好良く綺麗に描かれている作品よりよほど健全だと思う。
感情移入しづらい人物を多く配置する。主人公でさえある種の卑劣さ、受け入れがたい欠点を持っている。なにがいいところなんだと言われそうだが、いいところだと私は思う。
高度な技術で綿密に計算されたプロットを組むも、暴走して制御不能になっている部分も散見される。そこが面白い。
悲しい終わりはあっても、不思議なことに読後感はそんなに悪くない。
エルロイは厳格な法治国家を理想としているように思えてならない。そして、彼は自分が無法な世界から逃れることはできないとも思っている。母を殺害された時点で、彼は地獄の住人となることを運命づけられた、そんな気がしてならない。

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