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麝香福郎さん
平均点: 6.78点 書評数: 68件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.6 7点 空飛ぶタイヤ- 池井戸潤 2021/11/25 20:23
大型トレーラーのタイヤが突如外れ、歩道を歩いていた子連れの主婦を直撃した。男の子は軽傷ですんだものの、主婦は死亡。大型トレーラーを所有していた運送会社に、業務上過失致死容疑の捜査が入る。トレーラーの製造元であるホープ自動車にはなんの過失もなかったのか。そのことを究明するために、運送会社社長の赤松は全国を走り回り、やがてホープ自動車の欠陥隠しを確信する。
なるほど、このようにして人はたやすく物事の本質を見誤るのか。ひとりの命より、社名や肩書や世間体が重要だと、このようにして思い込んでしまうわけか。「結局のところ人は皆、歯車である」というのは、赤松がつぶやく言葉である。企業や社会において歯車でしかない私たちが、どのように自分自身を獲得するか、その過程を書いている。実に牽引力のあるエンターテインメント小説であり、同時に人間性を疑うような事件の多い現在への痛烈な批判でもある。

No.5 6点 鉄の骨- 池井戸潤 2021/11/01 18:39
中堅ゼネコン一松組の若手社員・富松平太は、建設現場から"花の談合課"こと業務課に異動となった。慣れない仕事に戸惑う彼は、常務の命により、談合を仕切るフィクサーの三橋萬造の家に出入りするようになる。二千億円規模の地下鉄工事の受注を担う一松組だが、入札をめぐる各ゼネコンの談合の動きを見て、平太の心は激しく揺れる。また、私生活でも銀行員の恋人との間がぎくしゃくしてきた。公私ともに波乱に満ちた平太の人生はどこに向かうのだろう。
平太の見た談合の実態。それはゼネコンの生き残りと、深くかかわっていた。ならば談合は必要悪なのか。しかし一方で、フィクサー三橋に談合を否定させるなど、作者は談合を単純な善悪で割り切らない。だから平太の心の揺らぎが、そのまま読者の揺らぎとなり、談合について深く考えるようになるのだ。ここが本書の読みどころといえよう。
さらにラストに控えた、ミステリの仕掛けも見逃せない。談合と密接に関係したサプライズが、テーマをより際立たせるのだ。あくまでもエンターテインメントとして読者を楽しませながら、現代の問題に鋭く切り込んでいる。

No.4 7点 銀行狐- 池井戸潤 2021/04/06 20:15
銀行業務は高度化、洗練化されてきたが金の貸し借りを仲介する場という基本は変わらない。そこには欲望、誘惑や恨みといった人間の性が渦巻いている。
本書は内幕を暴露した実録物ではない。だが収められた五本の短編は読む者をカウンターの内側に迷い込んだ気分にさせるリアリティーを備えている。銀行での実務経験に裏打ちされた緻密な描写が強み。
破綻した銀行の支店金庫室で発見された死体の謎をめぐる「金庫室の死体」、顧客にサービスする粗品の中身を入れ替える現金詐欺トリックを描いた「現金その場限り」、狐を名乗る脅迫犯が銀行の危機管理の穴を突く表題作の「銀行狐」。どれも多彩な犯行手口と意外な展開が待っており、まずは良質のミステリといえる。

No.3 8点 銀翼のイカロス- 池井戸潤 2018/12/13 20:45
「倍返しだ!」の流行語を生んだテレビドラマ「半沢直樹」は、テレビ史に残る大ヒットとなった。この原作シリーズの第4弾が本書。大手都銀の行員・半沢直樹は今回、国家権力を相手にした闘いに臨む。
地位とメンツ、プライドを懸けた対決シーンの数々は厳しい言葉のやり取り。敗者は顔色を失い、唇を震わせ、涙する。勝者となるには知略と人脈が必要。そして油断した方が負ける。
テレビドラマで片岡愛之助が演じた金融庁の検査官・黒崎も登場。霞が関の住人として、絶妙な役回りを担う黒崎をはじめ、強烈なキャラクターの登場人物が物語に花を添える。ここ一番で発せられる、あの決め台詞は痛快そのもの。

No.2 8点 七つの会議- 池井戸潤 2018/09/26 20:11
組織で不祥事が起きたとき、正義を貫くことの困難をオムニバス調に描いている。
「東京建電」は古い体質の中堅電機メーカー。男社会で縦社会。女性社員が自由にものを言える雰囲気はない。冒頭の理論から言えば、職場環境は最悪だ。業績を追求するあまりに強度不足のネジが横行し、幹部たちは隠蔽に走る。
実際に日本の大企業でも同様の事件が後を絶たない。組織内で一人一人にプレッシャーがかかると、間違いは起こり得る。心の中では不正をただしたいと思う人も多いのだろうが、上司の圧力や自分の地位を守るため、見て見ぬふりをしてしまうのかもしれない。
物語では、一見ぐうたらと思われていた社員が不正を告発する。「虚飾の繁栄か、真実の清算か」。最終盤の一文がピリッと効いて印象的。もちろんその社員が選んだのは後者。私も白と思うことは白と言える自分でありたい。そう強く感じた。

No.1 8点 下町ロケット2 ガウディ計画- 池井戸潤 2018/07/06 15:04
ロケットエンジン研究者のキャリアを捨て、実家の町工場を継いだ佃航平が主人公。前作では巨大メーカーが手掛ける国産ロケット開発計画で重要な位置を占めるべく、丁々発止と渡り合う佃の奮闘ぶりが描かれた。
続編である本書では一転して医療機器の開発に挑む。佃は福井の私立医大と地場の繊維メーカーと提携し心臓の人工弁開発に乗り出すが、大手医療機器メーカーと有力医大が行く手を阻む。佃を追い詰めるのは大手企業だけではない。社内にも考えを異にする若手が現れて佃とぶつかる。ハラハラしっぱなしの、てんこ盛り展開。しばしば「勧善懲悪」と言われる著者の作風。中心企業が知恵を絞って汗をかき、大手企業相手に一歩も引かずに立ち回る本書にもそうした面はある。ただ主人公をこれでもかと攻める敵役の極端なほどの存在感もこの物語の妙味。
医大のボス、大手メーカーの発注担当、医療機器の審査担当。いずれも大なり小なり権力者。権力を得ると人は簡単にそれを乱用する。彼ら敵役の人物造形があまりにも憎たらしい。読んでいると思わず佃に一体化し、一緒に歯噛みし、心拍数も上がる。
ドラマでは前作が5話までの前編、本書は後編に当たる。一度でもドラマを見ると、本で活字を追っても俳優陣の顔が勝手に浮かんできてしまう。それほど濃い演技を脳内で再生しながら読むのもまた一興だ。

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麝香福郎さん
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