皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
小原庄助さん |
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平均点: 6.64点 | 書評数: 267件 |
No.3 | 6点 | 楠の実が熟すまで- 諸田玲子 | 2020/02/20 11:08 |
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幕府隠密になることを命じられた女性を主人公にした時代ミステリ。禁裏の出費に疑問をもった幕府は、山根良旺に不正の証拠を見つけることを命じる。ところが頼りの密偵が刺客に殺され調査は中断。山村は腹心の中井清太夫の姪・利津を隠密として禁裏の経理を担当する高屋康昆の家へ送ることを決める。女隠密の活躍と聞くと、いかにもミステリ的な設定に思えるかもしれないが、山村が清太夫の姪を隠密に抜擢したのは史実のようである。
著者は実話に基づいたスリリングなスパイ小説に、楠の実が熟す半年の間に不正の証拠をつかまなければならないタイムリミット、限られた容疑者の中から刺客を探す「犯人当て」など独自の要素も加えているので最後まで先が読めない。 文武に優れた利津は、自分の使命に誇りを持っていたが、不正役人とは思えない康昆の誠実さに魅かれていく。任務と情の板挟みになった利津が苦悩する後半は恋愛小説としても秀逸なので、ハードな展開が苦手でも十分満足できるはずだ。 利津の任務は、現代でいえば会計検査院のようなもの。税金の無駄遣いに納税者の関心が高まっているだけに、利津が禁裏という絶対のタブーに切り込むところは、過去を舞台にしているとは思えない迫力があり、その活躍は痛快に思える。 |
No.2 | 5点 | 尼子姫十勇士- 諸田玲子 | 2019/07/19 11:13 |
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1566(永禄9)年、出雲の大半を支配していた尼子氏は、毛利に責められ壊滅した。それから2年。尼子勝久を頭領とした、尼子再興軍が挙兵する。陰の頭領は、勝久の母親のスセリ。山中鹿介を筆頭とする尼子十勇士など、集まった面々も頼もしい。神の化身である八咫烏を身に宿す、スセリのカリスマ性も抜群であった。だが最初の勢いが収まると、再興軍はしだいに追いつめられる。そしてスセリは、神々の軍勢を求め、黄泉の国へ向かおうとする。
尼子十勇士とは、尼子氏の再興のために立ち上がった10人の勇士のことだ。作者はその十勇士に加え、個性的な人々を創造し、彼らの戦いの軌跡を活写。ここが重厚な歴史小説として楽しめる。 さらに本書には、もうひとつの大きな読みどころがある。女性陣を中心にした神話的ファンタジーだ。なにしろ実際に黄泉の国まで行ってしまうのだからビックリ仰天。歴史小説とファンタジーという、二つのジャンルを同時に味わいながら、戦国の有情無情に心を揺さぶられる、ぜいたくな作品なのだ。 |
No.1 | 6点 | 森家の討ち入り- 諸田玲子 | 2018/04/19 09:00 |
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手あかの付いた題材である「忠臣蔵」に、こんな切り口があったのかと、まず覚えたのは、そのような驚きであった。
本書は全5話で構成されている。冒頭の「長直の饅頭」は、プロローグといっていい。元禄の世を震撼させた赤穂四十七士に、隣国の津山森家の旧臣が、3人も加わっていた。神崎与五郎、茅野和助、横川勘平である。相次ぐ不運があって改易となり、今は2万石になった森家の現当主の長直は、彼らが討ち入りに参加した理由が森家の家臣時代にあるのではないかという、かすかな疑問を抱くのだった。 以後、「与五郎の妻」「和助の恋」「里和と勘平」で彼らと深くかかわる女性たちのドラマが展開する。注目すべきは、1話ごとにストーリーの時間軸が、過去にさかのぼっていくことだろう。これにより忠臣蔵として始まった物語の焦点が、次第に津山森家のお家騒動へとスライドしていくのだ。しかもそれを通じて、3人が討ち入りに加わった心情が浮かび上がってくるのである。 さらに、エピローグとなる「お道の塩」も、余韻嫋々であった。新たなる忠臣蔵の誕生を喜びたい。 |