皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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群衆の人さん |
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平均点: 7.60点 | 書評数: 5件 |
No.5 | 10点 | シャーロック・ホームズの冒険- アーサー・コナン・ドイル | 2017/03/21 20:22 |
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※ややネタバレ
ALFAさんの素敵な感想に触発されてレビュー。グラナダ・テレビ版のホームズは本当に素晴らしかった。「赤毛連盟」のオープニングがあの人だったり(!)、「ギリシャ語通訳」がほとんど007映画だったり、世評ほど原作に忠実な映像化でもなかったと思うのだけれど、本質的な部分をつかんでいると言うか、愛読者のツボがわかっていると言うか、原作未読の人に「あのドラマ見るだけでOK!」と言ってしまうほどのホームズ・スピリットに溢れてた。もちろん、最大の立役者は故ジェレミー・ブレット。彼こそ史上最高のホームズ俳優です。 一応小説版『冒険』の話もしておくと(一応て)、「赤毛」と「まだらのひも」はやはりツートップ。後者は密室物としてよりもダイイングメッセージ物として現代作品を凌ぐ出来である。夜中あんなのに寝込みを襲われ、しかも毒で譫妄状態──そりゃイミフなメッセージも残しますわ。この説得力ある状況設定は見逃すべきでないと思う。タイトルのキレということでは「花婿の正体」も秀逸。一見奇妙な原題は「正体の事件」でなく「○○の一例」という意味なのだ。凄い…。ほか、どれもこれもさすがの名編で非の打ち所無し。ロジックっぽいことはツカミや小ネタにとどめ、大ネタは伏線美で支えている点にも注目。数学のように公理が定められない「小説」では、厳密な論証など不可能である。中途半端になること必定なロジック・ショーより、盲点を衝く意外な推理の面白さこそ謎解き小説の本領、と心得ていたドイルの慧眼にあらためて敬意を表したい。(さればこそ本シリーズの主人公は医師でもエリート役人でも数学者でもなく奇人の私立探偵なのだよ、ワトソン君) |
No.4 | 8点 | 見えない精霊- 林泰広 | 2017/03/20 00:00 |
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※かなりネタバレ
奇術的トリックを魔術的世界で華麗に実現したパズルミステリの傑作。数々の不可能現象がたった1つのアイテムで解決されてゆく合理的な解決編はちょっと比類がない(強いて言えばフィルポッツの『灰色の部屋』が近い線か)。おそらくほとんどの読者は途中で「その原理」に気付き、しかし、「その原理」だけで何もかも説明出来るとは思えず混乱することだろう。そして解決編で知るのだ、「その原理」だけで何もかも説明出来てしまうことを! 作者は奇術家でもあるという。なるほど、たった1つのタネが移動現象、交換現象、貫通現象等を次々に起こすコイン奇術やボール奇術の合理性ととてもよく似ている。大事なのはタネそのものでなくタネの巧妙な使い方であるという点も。違うのはこれが小説でしか表現出来ない現象であることだ。世界観、犯人像、検証方法──すべてがこの小説奇術を成立させるために設定されている。御都合主義と言うなかれ。これは挑戦状付きパズル小説である。挑戦状以前に提示される特殊設定はすべて手掛かりである。むしろそう捉えてこそ、ただの夢想的な設定が、創造主の確かな意思で構築された力強い架空世界に変貌するのだ。 |
No.3 | 6点 | 火蛾- 古泉迦十 | 2017/03/19 18:00 |
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※ややネタバレ
ノベルス版で読了。講談社ノベルスとは思えない美麗な装丁が、無装飾な舞台設定(とにかく何もない。家も物も人々の生活も…)を安っぽく見せないことに貢献している。作品と作者の希少価値を高めてもいる。本棚のどこに入れても異彩を放つ独特の一冊。内容的にも宗教・哲学の入門書を読むようで、あるいはヒルトンやブースビーの秘境物を読むようで、非常に引き込まれる。ミステリとしての展開も刺激に満ちており、世の密室ミステリをあざけるような箇所では期待がマックスに高まった。ただそのあとが普通と言うか想定の範囲内と言うか。登場人物が少ないので仕方がないのだが、主人公一人の気付きや告白に終わっている感じでどうにも物足りない。あと、ネタバレになるので詳しくは書けないのだけれど、あれだけ対話をくり返し、べらべらしゃべりまくり仄めかしまくって気付かせたのでは○○に反するのではないか。とはいえ特殊な雰囲気を貫いた筆力は買う。大好き、と言う人がいるのもわかる。ぜひ一読はしてほしい作品。kindle版あり。 |
No.2 | 10点 | 消失!- 中西智明 | 2017/03/18 18:17 |
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※ややネタバレ
ミッシング・リンクテーマの純本格ミステリ、というのは実はほとんど作例がない。大量殺人の合理的な説明など普通はあり得ないからだ。異常殺人者を推理で当てる「スリラー+本格物」のかたちになるのが通例である。だがこの作品は徹底して「本格物」。事件の異常さよりも展開の意外性よりも本格物として徹底することをテーマとし、それを達成している。京極、西澤、倉知等多くの作家がその後もミッシング・リンク本格に挑んだが過去作の凝ったバリエーションにしかならなかったことを思うと、この達成はまさに奇跡である。前半にちりばめられた遊びが余りにマニアックで一般読者には飛ばし読みされかねない点がやや気になるが、後半、無関連に見えていた多くの事実が結びつけられ真相へ至る鮮やかさはまさに本格ミステリの真髄。犯人から見れば特異な被害者、被害者側から見れば節操なき生き方の報い(あんな生活をしていればいつかヤバイ奴に出会うのは当り前である)、と偶然必然が重ね合わせなのも巧妙。特異な偶然がトリックを形成し、だがそれは推理可能な必然でもあったとわかるのだ。完全無欠な論証なんてあり得ない、と断言する探偵役の姿は、合理的かつ独創的なトリックにしか「真相」を決定する力はない、と結論した作者自身の姿に違いない。このプロットは奇想ではない。到達である。これ以上のミッシング・リンク本格はもう出ないだろう。 |
No.1 | 4点 | 螢- 麻耶雄嵩 | 2017/03/16 23:56 |
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※ネタバレ注意
作者の真面目さが伝わってくる文体で好感は持てた。ただ余り話が盛り上がらない。やんちゃなキャラでも一人いればと思うが、隠し事が多いので難しい所。 人称のトリックは主眼ではないだろう。似た作例は多いし、盗○シーンなど結城昌治の「視○」そのままだ。 やりたかったのは「○○手のみ騙されていない男○」のほうだと思うが、こちらもアイフェンドルフの『愉しき放浪児』(別題『のらくら者』)以来、いくつか作例がある。40代かつ京大ミステリ研出身の作者が知らないわけはないので、犯人限定の手掛かりに活用している点がアピールポイントなのかもしれない。ただそのぶん登場人物の行動が不自然・複雑になっているため(何とマジに男○しているのだ)、評価は微妙。 この作品で初めてこの手のネタを知った人の感動はわかるが、文学の冒険は今に始まったことではない。 (アイフェンドルフの長編はかつて何種類もの訳本があり、子供向け文学全集でも読めるくらいの人気作だった。平成になっていきなり消えたのはたぶん孤児・浮浪者ものだからだろう。不具者や癩病患者をネタにした作品が消えるのは仕方ないが、あれは残しておいてもよかったのではないか) |