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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2199件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.259 6点 少女は夜を綴らない- 逸木裕 2018/01/09 11:21
 今回も前作に負けない力作だとは思う。サブキャラクター(悪役のオヤジや、特売マニアを自称する下級生の女子ほか)もよく描き込んでいる。
 とはいえ本作の場合、ミステリの妙味が青春小説としての側面にもうひとつ拮抗しえなかった印象が残る。いやミステリとしての工夫はしてあるんだけど、そのパーツの座りがいまひとつこなれてない感じというか。
 他の作者の他の作品だったら、ミステリとしては薄味でも良い小説、泣ける青春小説だったら高い評価をしたいものはいくらでもあるんだけどな。なんでなんだろ。

No.258 5点 鉄道探偵団 まぼろしの踊り子号- 倉阪鬼一郎 2018/01/09 11:15
 連作中編集。倉阪作品はそんなに読んでいないのだけど、新シリーズらしい。
 一部、ミステリとしては成立していないんじゃないの?(謎解きをかなり専門的な分野での知識に負うという意味で)といった感触の話などもあった。
 が、未知のジャンル(筆者にとって)で楽しそうにトリヴィアを興ずるキャラクターたちの語らいは悪くない。
 個人的には最後の一編が、ホワイダニットの謎としても市井の人間ドラマとしても印象に残る。

No.257 6点 人形は指をさす- ダニエル・コール 2018/01/09 11:08
 刊行前から海外35ヶ国での出版が決まったという鳴り物入りの作品だけあって、読んでいるうちは確かに面白かった。後半で物語の大きなポイントが明らかになる時点ではああ、×××にこういう立場を背負わせるのかというある種の昏い感慨も覚えた。

 とはいえ最後まで読むとAmazonでの某氏のレビュー通り、本作品の最大級に重要な謎といえる部分が放って置かれたまま終わり、その意味でう~ん、ではある。
 あと書きたいこともあるけれど、ネタバレになるので今回はストップ。

No.256 6点 虚ろなる十月の夜に- ロジャー・ゼラズニイ 2018/01/09 10:58
 クトゥール・ネタ+オールスターもののダーク(ただしまったく暗くない)ファンタジー。「名探偵」としてホームズも登場しているので、このサイトに感想を記しておく。
 クトゥールの邪神か旧支配者の復活の儀式があり、その前で有名キャラクター(切り裂きジャックやドラキュラ伯爵、ヴィクトール・フランケンシュタインほか、または、ああこれは虚実の有名なキャラクターが原典だなとすぐに思えるオリジナルキャラ)が二陣営に分かれて、その復活と阻止を巡って一定のルールの下に争う物語。
 壮絶に異常な出来事を、ジャックの愛犬(使い魔)であるスナッフの視点を通して淡々と書いていく(こんな特異なバトルが日常の人間界とどういう接点を持つのか、を含めて)ゼラズニイの筆致が実に快く、魔人たちの使い魔同士の交流劇も楽しめる。
 ゼラズニイ作品は何冊か読んでそれぞれそれなり以上に面白かったけど、体系的に読んでいるわけじゃないので、本書が作者の著作のなかでどの辺のポジションを占めるかはよく分からないんだけど。

No.255 5点 殺しのディナーにご招待- E・C・R・ロラック 2018/01/09 10:44
 承認欲求の高い、あるいは高そうな一流半~二流の物書き連中が、謎の何者かの意志のもとに招集される。作者がそんな一同のキャラクターを少しずつ書き分けていくのと並行して、その陰で殺人事件が起きる(起きていた)という導入部は良かった。
 しかし、その後のもたつきぶりはややげんなりで、せっかくの複数キャラによる多重解決の思索ももう少し整理して書けばいいのに、ああもったいない、という感じである。

 ロラックは、面白そう、期待できる、という感じで読み出し、部分的には良いところもありながら、全体としては今ひとつ。読んだ作品はそんなのばっかりである。

No.254 5点 紙片は告発する- D・M・ディヴァイン 2018/01/09 10:39
 多様な登場人物の描き分けが完了しないうちから、読者の目線を無視して作者が物語を進めていく印象で中盤までは読むのがかなりきつかった。
 やがて主人公(ヒロイン)格のメロドラマと地方政治の内紛あれこれに焦点が定まってからはそこそこ読めるようになってくる。
 解決は、う~ん、確かに伏線や手がかりは張ってあったけど、これで謎解きパズラ-として作者は面白いと思ってるの? という感じ。ミステリに最低限必要なトキメキが無い。
 ラストのストーリー上の決着は、まあ良かった。

No.253 6点 <サーカス・クイーン号>事件- クリフォード・ナイト 2018/01/09 10:33
 クリフォード・ナイトは初めてだけれど(稀覯本のアレも持ってはいるが読んでない~汗~)、結構、楽しめた。サーカスの動物による死亡が一種の事故か、それとも誰かの意思に起因する殺人か? という「ホームズのライヴァル」時代の某短編を想起させる謎もなかなか気を惹くし。
 大学教授なれども幼少からサーカスが大好きで、休暇を利用して芸人(ピエロ役)を演じる名探偵ロジャーズのキャラクターも良い。
 軽妙かつ飽きさせない職人芸の旧作パズラ-として好ましい出来でした。他の作品ももっと紹介してください。

No.252 6点 黒い睡蓮- ミシェル・ビュッシ 2018/01/09 10:24
 日本でも話題になった秀作『彼女のいない飛行機』のあとに紹介された作品(原書での刊行はこちらが先らしいが)だけに期待した
 結果は、まあおおむねソツなく全編面白く読めた(&ミステリとしてのポイントが明確だった)『彼女』に比べ、こちらは悪くないがもうちょっと・・・という感じ。

 とはいえ大きな仕掛けが早々に何となく見えてしまいながら、あるミスディレクションを用意してそんな読者の疑念を封じにかかる辺りは好感が持てる。それでもそのミスディレクションそのものの意味にも気づく人もいるかもしれないが。
 画家モネについてのトリヴィアの提供と、多数の登場人物を書き分けていく流麗な筆致という意味で、小説としては面白かった。

No.251 6点 誰が死んでも同じこと- 円居挽 2017/11/28 20:01
(ネタバレなし)
国内最高クラスの巨大コンツェルン・河帝(かみかど)商事。それは齢80歳を超える財界の怪物的存在・河帝銀蔵会長が創業して育て上げた一大帝国だった。その河帝一族の新世代の若者たちが、相次いで怪異な鎧武者と遭遇。次々と惨殺される連続殺人事件が発生した。よく口の回る警察庁の若きキャリア捜査官・十常寺迅は、河帝内の事情を知る有能で強気な美人秘書・灰原円(まどか)に強引に協力を要請。謎の鎧武者の怪人「バークブルーダー」を追うが。

 一本一本の事件ごとに謎解きミステリとしての趣向が設けられた全4話の連作短編が、最後にまとまりを見せて長編を構成するタイプのミステリ。山田風太郎の『明治断頭台』とか湊かなえの『贖罪』とかミスターX(ホック)の『狐火殺人事件』とかのパターンですな。謎解きの方向は一応はフーダニットが基本。ただし各話の登場人物が少ないので読者は毎回大方の犯人の予想がつく。作者はそれに応えてホワイダニットの方にむしろ重点を置いた作りを採っている・

 ラノベなみに読み易い文体でリーダビリティは格別。各話の真相のなかにはなかなかハッとさせられるものもあって、独自の創意をいくつか盛り込んだ腹応えはそれなりにある。たぶん作者が本書でやろうとしたことは、<21世紀の時代向けに翻案した『獄門島』『犬神家』的な横溝風・封建世界を主題にした血と絆のミステリ>だろうね。その意味でなかなか面白く読めました。

 主人公コンビは相応に存在感があるんだけど、この設定(特に円が河帝の社員であること)が枷になって、ふたり揃っての再登場は難しいだろうな。なんかうまい設定が見込めるならシリーズ化してほしいものですが。

No.250 5点 緑の窓口~樹木トラブル解決します~- 下村敦史 2017/11/26 10:06
(ネタバレなし)
「僕」こと24歳の天野優樹は、区役所の生活課に所属。生活保護関連の業務をしているが、ある日、公園の樹木相手に奇行を披露する同世代の愛らしい女性を見かけた。そんな折、天野は、イケメンでさばけた性格の岩浪先輩とともに、環境対策課に新設された「緑の窓口」への転属を命じられる。そこは市民が抱える植物全般とその周辺の問題を解決する部署だった。そしてその業務のなかで天野は、先の女性=樹木医の柊紅葉(ひいらぎくれは)と再会するが。

 専門職の知識や素養がバラエティに富んだ市井の事件やトラブルを解決していく、いわゆる<ブラック・ジャックもの>の連作。新世代・社会派の作者がなんでまたいきなりこんなもん、という感じだが、ご当人や担当編集者的には作風の幅を広げようなどの考えがあるのだろう。
 マジメで愛らしく人間臭いがどっかズレてる紅葉のキャラはこの手の作品としてはスタンダードで、よくいえば安心して読める、悪く言えばあちこちによくある「日常の謎」+専門分野ものの連作のひとつ。
 全6本が収録され、途中から伏線を張られていた紅葉の葛藤にも最終話で決着がつくが、その着地点についておおむねの予想が早々とついてしまうのはなんとも。
 ただ第五話の<植物テーマの連作の一つにそのネタをかぶせるか>という作りなどは、いかにもこの作者らしい手応えだった。

 クラス会に行って帰る電車の中で読んだが、道中のお供にはちょうど良い一冊であった。

No.249 7点 消人屋敷の殺人- 深木章子 2017/11/25 11:34
(ネタバレなし)
 Q半島の軽磐(かるいわ)岬にある旧家の武家屋敷・日影荘。そこは江戸時代、邸内から空に飛び出す人間が目撃されたり、明治初期に十数人の人間が邸内から忽然と消えたりと複数の不思議な伝説を遺す邸宅だった。現在その屋敷は中小出版社・流星社の編集者兼経営参加者の平井の所有物になっている。かたや「わたし」こと女子大生の幸田真由里は、連絡のつかない兄・淳也が、その流星社が抱える大人気の新人合作作家「黒崎冬華」の片方ではないかと推察した。そんな真由里のもとに、その冬華の名で、日影荘にいるので来てほしいとの連絡が届く。真由里は、合作作家・黒崎冬華のもう一方の片割れと思われる文学青年・新城篤史の兄=フリーライターの誠とともに、日影荘に向かうが…。

 今まで読んできた深木作品以上のリーダビリティでスラスラ楽しめる。深夜の寝る前と、明け方の早朝の数時間で早々と読了。もちろんこちらもアレコレ思いを抱きながら読むが…。
 まあとにかく、人間消失の謎をふくめてあんまり語らない方がいいタイプの作品ね。ある程度の予想はつくものの真相の全貌は見破れず、最後まで楽しませていただきました。評点は、最後の一行が妙にエロいので、それも踏まえてこの点数(笑)。

No.248 5点 僕が殺された未来- 春畑行成 2017/11/25 11:07
(ネタバレなし)
「僕」こと21歳の大学生・高木は、同じ大学のミス・キャンパスである美少女・小田美沙希に片思いしていたが、ある日、その彼女が謎の失踪を遂げる。誘拐の可能性もふくめて事件性が高まるなか、高木の前に現れたのは60年後の未来から来たと称する15歳の愛らしい少女・大塚ハナだった。未来人の存在を疑う高木に対して、ハナは翌日の出来事を言い当てて自分の真性を証明。そんなハナは、現在の高木が小田美沙希の誘拐事件に巻き込まれて、彼女ともども近々に死ぬ運命にあると告げた。未来の史実でも殺人誘拐事件の犯人は迷宮入りであり、高木は自分と小田美沙希の命を守ろうと決意。真犯人と事件の真実を探って、ハナとともに奔走するが。

 ほとんどラノベ風にさらりと読めるタイムトラベルSF風の青春ミステリ。正直、ミステリとしてはきわめて曲のない作りで、そっちの意味では思っていた以上に楽しみ所がない。(ちなみに169頁になってようやっと主人公のフルネームが明かされ、その叙述がその後に続く展開は何だかなあ、って感じ。いや最初から明かしていたら読者に気づかれるのはわかるけど、今回の場合、正にその程度のネタだよ。)
 21世紀の現在形青年の高木がごく自然に『101回目のプロポーズ』ネタを口にしたり(こういうのって「いつか再放送で観た」とか入れるべきだよな)、随所の時代感覚も若者向けの作品としてはどうも古い。高木を相手にする同じ対話者の呼び方が特に意味も無く「高木さん」「高木くん」と入り混じるとかのあたりも、作者本人なり編集者なりが最後まで推敲すべきだったんじゃないかと。
 ただまあ主人公の高木とハナ、それからヒロインのキャラクターはそれなりに好感が持てる。タイムパラドックスについてのロジックも特に新しいものはないけれど、丁寧に作中で言及され、その辺も悪くない。昭和の佳作の小品という印象の一冊。

No.247 7点 閉じられた棺- ソフィー・ハナ 2017/11/25 10:40
(ネタバレなし)
1929年10月。「私」ことスコットランドヤードの刑事エドワード・キャッチプールは、高名な児童向けミステリ作家レディ・アセリンダ・プレイフォードの屋敷に招かれる。そこには過日の「モノグラム殺人事件」でともに捜査にあたった名探偵ポアロも招待されていた。やがて未亡人のレディは家族と関係者の前で、自分の莫大な遺産の相続相手を子供たちではなく、秘書の青年ジョセフ・スコッチャーにすると表明した。だが当のスコッチャーは不治の腎臓病ゆえにレディの支援のもと末期治療を受けており、遺産を受け取っても使い道などない身の上だった。スコッチャー当人をふくめて一同がレディの思惑に困惑するなか、やがて邸内では予期せぬ殺人事件が……!

 前作『モノグラム殺人事件』に続く、ポアロの公式パスティーシュ長編第二弾。正直言って前作は作者(ソフィー・ハナ)の独自色が出過ぎた印象で(まあハナ自身の作品はいずれも未訳なので、当然筆者はまだ一冊も読んでないのだが)うーん、ミステリとしてはそこそこ楽しめるものの、クリスティーの作風とは文体も物語の流れもキャラクター描写もかなり違う、という感じだった。
 しかし今回は作者がパスティーシュのコツを覚えたのか、偽クリスティーとしてかなりサマになっている。登場人物たちの余裕のある書き方(自分なりの人生観を創作術に秘めるレディの思いや、警察の対面を考えてやたら現場を仕切りたがるコンリー警部とマジメなその部下オドワイヤー刑事との対比など)も窺えてなかなかいい。終盤の<名探偵、みなを集めてさてといい>パターンを、作者風にカリカチュアした物語の進め方もニヤリとさせられる。
 プロットの割に物語が長めといった弱点があり、文体もまだちょっと生煮え(というかクリスティーっぽい雰囲気と作者ハナ本人の折り合い?)の感が拭いきれたわけではないが、個人的には十分、新生ポアロとして及第点をあげられる出来だ。

 ちなみにミステリ的には、最後に明かされる<なぜ殺したか>の動機の真相が鮮烈。すでにwebやミステリファンサークル・SRの会の会誌(SRマンスリー)のレビューなどで話題になっており、筆者自身もその興味を踏まえて本書を手に取ったが、ああ…と思わされた。そのホワイダニットの解明と同時にタイトルの意味が明かされる趣向も悪くない。ラストのクロージングもちょっと天然な感じはあるが余韻があって良い。これは次作にも期待。

 あと版権的に遺族が承認しないのか、それとも作者ハナ自身の矜持か知らないが、クリスティーの原典からの登場人物がメインのポアロだけというのは寂しいので、できましたらほかのお馴染みキャラクターも登場させてくれませんか。ちょっとだけ名前がいきなり出てくるアンリ・バンコランやシッド・ハレー、明智小五郎や神津恭介みたいなパターンでもいいので。

No.246 6点 白霧学舎 探偵小説倶楽部- 岡田秀文 2017/11/21 10:37
(ネタバレなし)
 国民の多くが米軍の来襲による本土決戦を覚悟する昭和20年の夏。「ぼく」こと、旧制中学四年生の美作宗八郎は東京から疎開して、某県の寄宿舎学校・白霧学舎に転入した。宗八郎は寄宿舎に着くや否や、一つ学齢が上の先輩・滝幸治、同学年の斎藤順平、そして学齢は一つ上だが実年齢はずっと上の奇矯な天才「教授」こと梁川光之助が編成する「探偵倶楽部」に迎えられる。倶楽部の目的は田舎にあるわずかな数の探偵小説の精読と、この地方で実際に数年前から起きている謎の連続殺人事件の解明だった。近所にある一条女学院の気が強い美少女・早坂薫も仲間に加えた一同は、真犯人の正体と事件の真相を探り始めるが、それと前後して彼らの周囲で新たな怪死事件が…。

 作者の今年の新作ミステリ長編二本目。人気の名探偵月輪シリーズは今年は出ないみたいで、その代りに本作と別の時代ものの『帝都大捜査網』を出した。ちなみに筆者は後者はまだ未読。

<太平洋戦争時の一地方を舞台にした青春ミステリ>を謳う通りの内容で、多くのミステリファンは梶龍雄の諸作あたりを思い浮かべるんだろうけど、もしかするとアニメ映画『この世界の片隅に』のヒットにあやかったものかなとも考えた。
 それはともかく溌剌としたキャラクターと時代色、それに現在また新たに生じる殺人事件の謎といった要素の掛け合わせがとてもバランス良く語られる。大技を使った『黒龍荘』の時は見えにくいが、本作や『海妖丸事件』を読むとこの人は基本的にクリスティー的な作風だよね、と思う。ミステリとしてのカードの切り方がよく似ている印象だ。
 そんな事件の真相は、良くも悪くも昭和の国産・佳作~秀作ミステリにありそうな感じで、意外なような、普通に無難な線を狙ったような。ただし大事な手掛かりの大きな一つが真相解明まで伏せられているのはちょっと…という気もしたが、まあ多分それを先に伏線として見せると大方の読者は前もって事件の構造に気が付いてしまうかもしれない。
 口上の通りの<太平洋戦争中の一地方が舞台の青春ミステリ>として佳作~秀作。ヒロインの薫も可愛く、若いうちに読めるなら読んでおいた方がいいかも。

■P177の滝くんの説明のあたりは誤記か誤植だよね。滝が語って、同じ当人がそれを聞いて驚いているので。再版の際か文庫化のときに直しておいてください。

No.245 7点 政治的に正しい警察小説- 葉真中顕 2017/11/20 13:32
(ネタバレなし)
 葉真中作品を一冊単位で読むのは初めてだが、先日楽しんだアンソロジー『ベスト本格ミステリ2017』でのこの作者の短編『交換日記』が秀逸だったので、ほかの作品はどんなかなと思い、まず今年の新刊(文庫オリジナル)を手に取ってみる。内容は全6本のノンシリーズものの短編集で、それぞれがおおむね50~60ページくらい。
 
 以下、簡単に各編の寸評。
「秘密の海」……ミステリ的にはちょっと強引な作り? という気もするが、狙い所はよくわかる。主人公やヒロインの切ない人生も心に沁み込んでくる佳作。
「神を殺した男」……個人的には本書内のベストかな。××の初期短編(特に「××シリーズ」)を想起させる内容と着想で、とても良かった。ただし人によっては、その先行作の影がちらつくのを煩わしく思うかもしれん。
「推定無罪」……短編の紙幅のなかで、読者の興味をあちこちに引っ張りまわすよく出来た話。これ以上は言わない。
「リビングウィル」……ベスト2位はこれかな。読者によって受け取り方が変わりそうで、そこがミソであろう。
「カレーの女神様」……あえてノーコメント。本書の中では相対的に下位に来てしまうかも。
「政治的に正しい警察小説」……小林信彦、中山七里、筒井康隆あたりの<ふざけた毒>をメインに突っ走った一本。形質としては作者自身の自虐ネタにしたところがウマイよね(笑)。

 以上6本どれも楽しく、ノンシリーズ編の短編集のバラエティ感をじっくりと満喫した。ただし文庫の表紙裏の宣伝文句「ブラック・ユーモアミステリ集」というのは、その修辞に該当しない作品もあるのであまりよろしくない。
 あと表紙の頭の悪いカバービジュアルはなんかスキじゃ。このおかげで表題作は、あまりに過激すぎて国会で審議にかけられる警察小説の話かと思った。これも狙ってやっているのか。

No.244 6点 賛美せよ、と成功は言った- 石持浅海 2017/11/18 21:38
(ネタバレなし)
 総ページ数は、新書(二段組み)で約190ページと薄め。
物語の流れも事件の概要もシンプルな造りだが、山場の反転はそれなりに決まっている(最後の真相に至る伏線も張ってあるが、うまいこと読者の目をそらしてある。まあ途中で気が付く人は気が付くかもしれない)。
 このまとまりの良さを「このネタでよく長編に仕立てた」と感心するか、あるいは「しょせんは短編ネタじゃないの?」と見るかで評価は分かれそう。個人的にはなかなか面白く読めた。
 いわゆる「××××」テーマのミステリだが、そっちばかりに気を取られているとスキを突かれる感じで、そういう作風はキライじゃない。佳作~秀作。

No.243 7点 義経号、北溟を疾る- 辻真先 2017/11/16 02:02
(ネタバレなし)
時は明治14年。明治天皇の北海道への来道が迫るなか、現地の北海道では、大開拓使・黒田清隆への遺恨に端を発するお召列車の運行妨害計画が取りざたされる。明治政府の三代目大警視(初代・警視総監)樺山資紀は藤田五郎(旧名・斎藤一)と、元・清水次郎長一家の法印大五郎を探索のため北海道に派遣した。だがそこで二人が認めたのは、先に起きた謎の密室ともいえる状況のなかでの怪死だった。

 文庫オリジナルで刊行された辻真先、今年の新刊。長年付き合った主要なシリーズキャラクターに決着をつけた昨年の長編『残照』が最後の著作になるんじゃないかなと何となく思っていたら、本年もまたこんな力作を書下ろしで出した。
 
 内容は、山田風太郎が70年代に執筆した秀作『地の果ての獄』を思わせる、北海道を舞台にした明治もの。しかも記憶するかぎり、たぶんそっち(『地の果ての獄』)よりも実在人物を取りそろえたオールスターもの的な外連味は豊かな上、お得意の鉄道ネタを主軸にした陰謀活劇、さらにちょっとややこしい(でもないか?)の状況で発生した不可能犯罪の謎解きと、とにかく読者を楽しませんとするサービス精神にあふれて全500ページ強。
 歴史時代小説・活劇謀略もの・謎解きミステリの興味が実にうまく融合して、とても面白かった。
 辻作品は二十~三十冊くらいしか読んでないけれど、これは自分が出会った作品の中でも上位に来る完成度じゃないかと。
 辻センセは、当年お年85歳。なんかこうなるとまだまだ行けそうで、改めて大したヒトである。

No.242 6点 R.E.D. 警察庁特殊防犯対策官室- 古野まほろ 2017/11/11 18:12
(ネタバレなし)
 2020年の東京オリンピックを経て、治安悪化の一途を辿る近未来の首都圏。史上初の女性総理・上原英子は、政敵である副総理で国土交通大臣の鶴井轟太を牽制しながら次期総選挙への布石を打つ。そんな中、鶴井派である警視総監・神保勝久を狙う奇怪な襲撃事件が発生。上原総理の直轄である特殊防犯対策部隊「防二」こと「サッチョウ・ローズ」の女性たちは、伝説的な謎のサイバーテロリスト「ワスレナグサ」の正体を探りながら、規格外れの疑獄事件の中に踏み込んでいく。

『身元不明』の主人公・箱崎ひかりが再登場。今回のひかりは女ワイルド(『ワイルド7』)かナイトセイバーズ(『バブルガム・クライシス』)みたいな個々に特化した能力を持つ女子部隊を率いて活躍するが、本作での実質的な主役はチームの前線リーダー格である「戦争屋」こと時絵主任警部が担当。カバージャケットに描かれているのも時絵の方である(これは公式サイトの告知からわかる)。当初は、えー、これがひかり? かと思ったが新ヒロインでした。うん、納得。
(ちなみに本作は<図書館>の設定で別作品『ヒクイドリ』ともリンクしてるんだろうが、そっちはまだ読んでないので知らない。)

 今回のまほろ作品はゆるやかな勧善懲悪捜査もの&SF味でちょっと味付けしたアクション路線で、お話はほぼ少年マンガ寄りの青年コミックっぽい。悪党はわかりやすく悪党だし、政界の黒い大物連中もいかにもそれらしい妖怪キャラである。
 ついでに言うと主人公チームが秘める文芸設定は、読んでいて気が付かない人はいないだろうが、まああえてこういう大道芸的なネタを今さらやっちゃう辺りがとても良い。大好きです、まほろ先生。
 ほどよいサプライズとしてのミステリ興味もそれなりに盛り込まれ、なかなか楽しめる一冊ではあった。
 まあ「マンガみたいだ」と怒る人がいてもいいけどね(笑)。

No.241 6点 探偵が早すぎる - 井上真偽 2017/11/09 18:47
(ネタバレなし)
 女子高校生・十川一華は、日本有数の超富豪の庶子だった父の急死により、いまは重篤の状態のくだんの祖父から、その祖父の死後、総額五兆円の遺産をいずれ受け取る権利を得る。だがその巨額の財産を狙い、一族の魑魅魍魎のごとき面々がそれぞれに考案した暗殺計画を競うように、一華を事故に見せかけて殺そうとする。一華が唯一信頼を寄せるのは、不愛想ながら有能で、ひそかな人間味を秘めている家政婦・橋田だった。そんな橋田は一華の身を守るため、一人の人物を呼び寄せた。かくして殺人事件の発生以前に犯人のトリックを暴き、さらには時に同じ手段で主犯や実行犯に処罰を与える「トリック返し」の名探偵の活躍が始まる。

 作者らしい、キャラクターの立った外連味ゆたかなミステリ。
 上下二分冊の長編は、連作短編集的な構造にもなっている。
 富豪一族の面々が順々に暗殺計画を思いつき、実行犯に選ばれた庶民や関係者が殺人計画の実働に臨むが、探偵がそれを事前に見破るというのがパターン。
 つまり倒叙ミステリ連作の変奏的な作品で、しかも連作といっても共通してるのが探偵ばかりでなく、被害者(予定の人物)まで一貫してるというのがケッサクである。
 この大枠のなかで読者は毎回、全体図の見えない各エピソードを探りながら「そもそもどのような殺人手段なのか」さらに「どのようにして探偵はその暗殺計画を見破ったのか」などの謎解きと向かいあうことになる。
 相当数の殺人計画およびその暴露に至るネタを揃える必要があるため、中には薄口なものや悪い意味でマンガチックなもののもあるが、ハイテンポな展開の中で十数もの殺人プランが次々と進行し、その大半がヒロインの視野の外で見破られていくというダイナミズムはたしかに面白い。富豪一族のなかで最強のラスボスになるのはこの人物か? それとも? と途中の経過を楽しむ少年漫画的なオモシロさもある。
 かたやラストのどんでん返しは想定内だが、作者はそこにある種の観念を盛り込もうとしている感じで、そういう姿勢はキライではない。全体の軽さも良い方向に作用した印象がある。あんまり年齢層の高い読者向けではないという感じもするが(まあ実際、タイガ文庫はラノベレーベルの一派だろうし)、今年のそれなりの秀作としてミステリファンから支持されてほしい作品。

No.240 7点 上海殺人人形 - 獅子宮敏彦 2017/11/09 10:55
(ネタバレなし)
 複数の小粒だが妙に印象的な謎解き(E・D・ホックの諸作短編パズラーみたいな)を、普通の名探偵とワトスン役の掛け合い(およびフツーのラブコメ)にしないで、緩急のある連作に仕上げた手際はなかなか面白いと思った。
 ヒロインの妖恋華(ヨウレンカ)は大半の女性読者が眉をひそめそうな、エッチで男性読者に都合の良い女の子だけど、本全体のミステリとしての仕掛けがその魅力を底上げしていることもあって、かなりスキになってしまった。

 しかし虫暮部さんのレビューの「紙芝居には紙芝居の良さがあるんだ、みたいな」という一言は実に見事に、妙にクセになる本作の駄菓子的な魅力を言い表してらっしゃるのではないかと。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.34点   採点数: 2199件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(31)
カーター・ブラウン(23)
フレドリック・ブラウン(18)
アガサ・クリスティー(17)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
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