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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.6 6点 ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー 2020/07/05 21:01
1946年イギリス。
本作はクリスティによる文学的なミステリの代表格のように言われておりますが、これが文学的であるのなら例えば『五匹の子豚』だって文学的な作品といえるように思います。
そもそも文学的とはどういう意味なのか?
書評ではよく使われる言葉ですし、私自身もよく使用します。が、冷静に考えると意味のよくわからない言葉であります。おそらく確固たる定義は存在しないでしょう。
自分にとって文学的というものを突き詰めると主に以下の二点でしょうか。
文章でしか表現できないことが書かれているもの。
文章の力で愉しませることができるもの。
いわゆる文学的なテーマを扱っている、人間をきちんと描いているだけでは充分ではないように思えます。
※あくまで持論です。
私の考えでは本作はミステリとして優れているわけではありませんし、それほど文学的でもありません。けれどもなかなか面白い作品です。人物描写を丁寧にすることにより、およそありそうもない事実に説得力をもたせ、事件を複雑化することにはある程度成功しています。
逆に見るとクリスティ再読さんの仰るミステリとしての脆弱さを人物描写で誤魔化しただけともいえるでしょう。
確かに軽快に転がされたというよりも、無理矢理引き摺られた感はあります。
これがそれほど特殊な作品なのかが疑問です。本質的にはいつものクリスティのような気がするのですが。
自分が本作を評価するのはドラマとしての面白さです。前半は少々かったるいと感じるところもありますが、後半は非常に面白い。
病気のおばあさん、被害者の息子の使い方、洋服屋で奮闘するエドワード、将来の使命を覚悟するポワロ、奇妙なダイイングメッセージなどなど好きなところがけっこうあります。
この作品でもっとも白けたのは拳銃発見の唐突さでしょうか。正直なところなんだそりゃと思いました。
格別高評価はしないけれど、面白く読んだ作品です。ミステリーとしては5点ですが、おまけして6点。

本作で私がもっとも印象に残っていたのは以下のセリフでした。このセリフに深い意味があると思いこんで、とても怖かったのです。
「あらたいへん――これが剪定鋏の困るところなのよ、あまりよく切れるものだから――いつもうっかり刈るつもりじゃないところまで刈ってしまう。後略」
想像させて怖がらせる、これぞ文学です(かな?)。

※昔から思っていたのですが、ホロー荘と聞くと自分はどうしてもそれほど高級ではないアパートで起きた殺人を連想してしまいます。どうして本作は邸とか屋敷とか館ではなく「荘」なのでしょうか。

No.5 8点 ナイルに死す- アガサ・クリスティー 2019/12/08 21:21
1937年英国。ミステリとしてもドラマとしても面白い作品です。
好き嫌いならば、バードさんと同じく有名作である『アクロイド』『そして誰も』『オリエント急行』よりも本作の方が好きです。
ただ、ミステリとしては名作とまでは思えません。インパクトや斬新さでは上記三作に劣ると思います。ドラマ部分との合わせ技で名作足り得る作品になったと考えております。
けっこう早いうちに全体の構図は見えてしまいましたが、それでも充分に楽しめました。本作はミステリをそれほど読み込んでいない人の方が真相に気付きやすいかもしれません。
ドラマとミステリのバランスがよいという御意見が散見されますが、同感です。序盤に大胆な省略がなされておりますが、バランスという意味でもミステリ的にも賢明な切り方だったと思われます。
登場人物がけっこう多くて煩雑になりそうですが、適当な匙加減で書き分けているのはさすがです。さらにそれぞれの人物にそれぞれの結末をきちんと用意してあるところなども目配り効いているなあと感心します。
なんというか、ラストの一文には薄ら寒さを感じます。意地が悪いなあと思うのは穿ちすぎ?

クリスティの(ミステリとしての)傑作ではありませんが、クリスティの代表作だと思います。代表作を選ぶには未読があまりにも多いのではありますが、現時点でのということでご容赦ください。
miniさんが以前にいくつかの御書評の中で名作と代表作をきちんと区別すべきだと提言されていらっしゃいました。代表作を『その作家の特徴をよく示す作品』だとする考え方には私も賛成です。『代表』という言葉をいかように定義するかによって答えが変わってくるとは思いますが、個人的には『傑作、名作(優秀な作品)』『代表作(その作家の特徴をよく表している作品)』『有名作(一般認知度が高い)』という分け方をしております。
ちなみに『好きな作品』が『名作』どころか、ちっとも優秀ではないことが私の場合は往々にしてあります。

No.4 6点 ポケットにライ麦を- アガサ・クリスティー 2019/10/20 12:40
1953年イギリス作品。ミステリとしては標準を楽にクリアしていると思うのですが、どうにも物足りなさが付きまといます。大隊としていまいち統合されていなくて、個々の小隊が好き勝手に暴れて戦果を上げているような印象。面白さを盛り上げる演出がいまいちうまくいっていないような気がするのです。
例えば、見立て。使い方は面白いのになぜかインパクトに欠けます。なので、その見立てから取ったタイトルも響きはよいのに、いまいちずれているような気がしてしまいます。
逆に犯人の計画の中にそれはいくらなんでも危険だろうと感じるところ(おそらく空さんが指摘されているところだと思われます)がありますが、その温さを利用してのラストはとてもよかったと思います。
このラストのためにあえて温い計画にしたのか、温い計画をこのラストで誤魔化したのか、たぶん前者だと思いますが……。
採点はクリスティでなければ7点、クリスティだと彼女の標準、もしくはちょい上くらいかなということで6点としておきます。

本作にはミステリ要素ではなく、小説的な意味で作品の雰囲気を作り、作品テーマを匂わせるキャラが二名いたと感じています。一人は事件を俯瞰しつつ、諦観してしまっていたキャラ。ミステリにありがちなキャラではありますが、この人物の登場シーンは緊張感があり、物語に一本筋を通していたように思います。
そして、もう一人。こちらはミステリ的な意味では機能していたけれど、小説的にはいまいち使いきれていなかったような印象あります。もったいない。
このキャラをもっとうまく使えていれば、クリスティ再読さんが指摘された
>>「殺人における階級制度」をトリックにしていることである。
ことをもっと深く明確にできたのではないかと感じます。

マープルの怒りを惹起した点などからもマザーグースからタイトルを拾うならば以下の箇所から取って欲しかったところ。
The maid was in the garden,
Hanging out the clothes,
There came a little blackbird,
And snapped off her nose. 
(マザーグース、六ペンスの唄の一部をwikiより)
語呂はちょっと悪くなるけど『Blackbird snapped off her nose(黒ツグミがメイドの鼻をついばんだ)』みたいな感じになるのでしょうか。

No.3 8点 五匹の子豚- アガサ・クリスティー 2019/10/17 20:52
1942年イギリス。ミステリとしても小説技術的な意味でも非常に好印象。クリスティの職人的な凄さ満載の作品だと思います。
トリックらしきものはありませんが、誤誘導が極めて巧妙です。繊細な罠(翻訳がついていかれないほどに)があちこちに張りめぐらしてあって、それらにいちいち引っ掛かってしまった読者(自分含む)こそがもっとも幸福かもしれません。

本作は人物描写についても高評価が得られているようですが、もちろんこれは人物を軸にプロットを練った作品ではないでしょう。むしろ極めてゲーム性が高い。すなわち、プロットに合わせ、さらに奥行きを持たせることを計算しながらの人工的な人物描写、でありながら、性格、思考、行動などが直結しています。凄い技術だと思います。
証言者たちは十五年前の殺人事件の話をしろと迫られて、困惑したり、警戒したりしています。そこでポワロは相手によって出方を変えて話を引き出すのですが、相手の困惑や警戒が消失していく瞬間がしっかり書かれていて、そこがその人物の個性であり、それがプロットにも活かされていったりします。
ただ、桂文珍のエピソードはちょっと強引かなという気がしました。心理的な縛りを設けるのに必要なパーツですが、あの人物がカッとなったとはいえそんなことをするとは思えないんですよね。

ある一点だけですが、セイヤーズの『学寮祭の夜』に通ずるものを感じます。学寮祭の場合はそこがいまいち驚きに繋がっていないのですが(驚きを狙っていない)、こちらはその点で驚愕させられました。
クリスティが好きで、次にライバルと言われているセイヤーズを読んだらガッカリということがしばしばあるそうですが、クリスティとセイヤーズは読みどころがずいぶん違います。イチローにテニスをさせても彼の凄さはわかりません。

>>ポアロの絵の最終的な評言がクリスティらしいクールな恐怖感があって極めて印象的。評者だったらこのポアロの言でカーテン静かに閉まる、かな(クリスティ再読さん)。
まったく同感です。それから、真相と結末の二つの章に分けているところ、分ける必然性がないというか、むしろ不自然に感じます。これは章を五つで一つのかたまりにする構成に拘ったんでしょうね。こういうところも職人的な名作を感じさせます。
個人的にはクリスティのベスト5入り、客観的に見てもベスト10には入る作品ではないかと思います。

No.2 5点 象は忘れない- アガサ・クリスティー 2018/10/11 01:31
~1972年イギリス
いつだったか『象は忘れない』というタイトルに魅かれて購入したものです。当時はまったく聞いたことなく、クリスティ最晩年の作品ということも知りませんでした。そんな状態で読んでの感想は「真相が陳腐だし強引だしでミステリとしては凡作だけど、リーダビリティはそこそこ高く、読み心地はよい。読んでよかった」でした。採点はこの感想に基づいたものとします。
クリスティが八十代になって書いた作品だと知って、驚いたのと同時に納得できました。ある程度の知識を入れた状態で再読すると、オリヴァが象たちを訪ねる旅は、そのままクリスティ自身が古くからの友人たちを訪ねて最後の挨拶をしているような気がしてしまいます。どうしてもクリスティとオリヴァが被ります。
ドロシー・セイヤーズはラス前の作品『学寮祭の夜』で筆を折ることをほのめかしていました。クリスティにはそういう気配は感じられませんね。年を取ってミステリを生み出す力は衰えたかもしれませんが、筆力そのものはそれほど衰えていないように思えます。強引で御都合主義に過ぎるところがたくさん目に付く作品です。それがどうでもよく思えてしまう不思議な魅力と感動があります。
高得点はつけませんが、好きな作品です。

象の中に一人キーパーソンがいて、その象がすべてを知っていたという点がどうにも不細工に見えてしまいます。『象は忘れない』ではなく、『象は知っていた』になってしまっているようで違和感ありました。
作中で少しネタバレされている『五匹の子豚』は誰かが嘘を吐く、もしくは事実を隠さなければ成立しない話でしたが、本作は全員が事実(だと信じていること)だけを話し、その断片を組み合わせることによって真相が明らかになるという結構にもできたように思えます。

以下ネタバレ



夫は妻を大切にはしていたが、本当に愛していたのは実は精神障害を患っていた姉の方だったという結末を予想しておりました。読後感は悪くなりますが、こちらの方が整合性は取れるのではないかと感じたのです。妻だけを愛していたとすると、どうしても夫の最後の一連の行動に無理がでてきます。
クリスティは両方を愛していたとしました。正直なところ、なんじゃそりゃと思う気持ちもいくばくかありました。これはバランス感覚なのか、最初からこういうオチにするつもりだったのか、あるいは私がひねくれているのか。

No.1 8点 春にして君を離れ- アガサ・クリスティー 2017/01/05 13:12
バクダッドにいる娘夫婦の元を訪ねた帰りに天候不順のため砂漠の真ん中で足止めを食ったジョーン。自分は幸福な家庭を築き上げたと信じている裕福な女性がなにもない砂漠に取り残され、やることがないので自分を見つめ直してみたところ……これだけの話です。それが読ませる。さすがとしか言いようがありません。
いつだったか、ミステリしか読まない友人が「俺はあんまり好きじゃないけど、おまえは好きそう」と言って貸してくれたのですが、読み終わった後、自分で購入しちゃいました。
一般的なクリスティのイメージからは遠く遠く離れた作品です。そもそもこれはミステリではないでしょう(ゆえに採点は減点あり)。書評されている方が何人かいらっしゃるので便乗しますが、どなたも登録されていなければ書評しなかったであろう……名作です。
クリスティの初書評作品がこれというのはどうなんだろうとは思いましたが。 

読み始めて早々に作者の狙いが見えました。テーマを前面に押し出した作品です。ただ、序盤は哀しいとか怖いというよりも笑いが先に立ってしまいがちでした。登場人物の造型が誇張され過ぎに思えて(夫の物分かりの良さと妻の洞察力の無さ)、いくらなんでもそんなバカなという気がしたのです。テーマをくっきりと映すためだろうとは思いましたが、うーんやり過ぎかなという感じ。
前半は「地味な話ながらもなかなか面白い」という感想。

そして、長女の不倫騒動。震えがくるほど素晴らしい場面だと思いました。
ジョーンの夫ロドニーが長女を説得します。言葉の内容もいいのですが、ここに至るまでにクリスティの入念な下準備があり、とにかく計算が行き届いているのです。伏線、人物造型、小説内での人物配置、テーマ、これらが混然一体となっています。
尋問とか説得のシーンは作者の頭の出来が如実に出ます。クリスティはろくでもないお涙頂戴で泣き落すようなことはしません。説得する側、される側の人物像を考慮しながらの大論陣。さらに、ジョーンに落とされる爆弾。クリスティの頭の良さをまざまざと感じました。
この場面で本作の評価は「なかなか読ませるなあ」から「名作だな」に変わりました。

ジョーンは悪人ではありません。頭が悪いわけでもありません。社会にはなに一つ迷惑をかけず、むしろ有益な人でしょう。
主観(自分)による自分と客観(他人)による自分があまりにも異なっていること、そのことにふと気付いて立ち止まること、怖ろしい。
そして、ロドニー。嫌な人だとはまったく思いませんでしたが、見方によっては無能な人間です。
結末が如実にそのことを示しているように感じました。

そんなわけで名義違い二連発で書評初めをば。今年のテーマは「変身」とでもしておきますか。
本年もよろしくお願いいたします。

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