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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ]
前夜の航跡
紫野貴李 出版月: 2010年11月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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新潮社
2010年11月

No.1 7点 小原庄助 2019/12/02 09:56
海軍軍縮条約で軍艦の保有量が制限されていた昭和初期を舞台に、仏師の笠置亮佑が彫った木像が海軍将兵の魂を救済していく連作集である。
幽霊を調査する海軍の特務機関に所属する芹川中尉と支倉大佐が、艦船衝突事故の責任を問われ自殺した艦長の霊を鎮める第一話「左手の霊示」は死者の無念を晴らす幽霊退治の物語。
これが凡庸な新人なら、事故で失った左手に亮佑の作った義手を付けたため、霊を交信できるようになった芹川を主人公に物語を進めるだろう。
ところが著者は、魅力的な芹川と支倉を第一話と最終話にしか使わない。猫の霊が宿る木像が活躍する、猫好き必読の「霊猫」、時代を超えた男の友情が感動的な「冬薔薇」、弁才天像をもらった男が、謎めいた贈り主の女を推理するミステリ色も濃い「海の女天」などバラエティー豊かな奇譚をつむいでいく。華々しい戦死でも、天災でもなく、出世競争や派閥抗争に明け暮れる上層部の人災で散った軍人の無念を、幻想小説の手法で浮かび上がらせているだけに、お役所を含む日本の組織に共通する無責任体質の問題点が、生々しく伝わってくる。
海軍の歴史に詳しい著者は、実際におきた事故をモデルにしながら、その中にフィクションを織り込んで見せる。虚実を操る手腕は熟練の域に達している。ファンタジーとしても歴史小説としても楽しめる。


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紫野貴李
2010年11月
前夜の航跡
平均:7.00 / 書評数:1