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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2034件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1954 6点 鍵穴ラビリンス- 江坂遊 2024/01/26 20:18
(ネタバレなし)
 66編のショートショート(長くても新書判一段組で10ページくらい。短いものは一行)を、3つのパートに分けて収録した一冊。
 
 星新一リスペクトで、実際に同氏の薫陶を受けた作者が著した作品群であり、大づかみに言えば正に星フォロワー。
 したがって一本一本の印象なども語りにくい。

 しかも評者の場合半年以上かけて、医者の待合室で読んだり、パソコンが立ち上がるまでに一本消化したり、実に好き勝手にバラバラな読みかたをしたので、全体の印象もベスト編なども語りにくい。正直言うと、早めに読んだ最初の方の話のいくつかは目次でタイトルを見ても内容も思い出せないものもいくつかある。

 それでも読んでる間は総じて心地よかった感触はあるし、本が目につくところにある限りはなるべくポケットやカバンに入れて外に出たりしたのだから、それなりには楽しませてもらったということになるのだろう。

 なお作者が作家になるまでを回顧したあとがきもまたショートショート形式(第67本目の作品)になっており、そこで星新一と実際に出会ったときの思い出が語られている。
 作者は、創作の参考にしなさいと、星新一がかつて定期購読していた日本版ヒッチコック・マガジンを一そろい貰ったそうで、その逸話だけでうらやましい(自分も同誌のバックナンバーは全部持っているが、さすがにそれをプレゼントしてくれた人が大物過ぎる)。それだけ目をかけられていた、ということであろう。
 
 ところでこの本のジャンル投票を「本格/新本格」に設定して登録したのは、一体どこのどなた?(笑) 冗談にしてはあまり面白くない。

No.1953 7点 タリー家の呪い- ウイリアム・H・ハラハン 2024/01/24 06:46
(ネタバレなし)
 その年の2月のニューヨーク。古い洋館を改装したアパート「プラヴォート・ハウス」は老朽化のため、近日中に取り壊されることが決定。入居者の大半はすでに次の転居先を決め、みなが住み慣れたアパートや入居者仲間との別れを惜しんでいた。そんななか入居者の一人で、妻と離婚したハンサムな青年編集者ピーター(ピート)・リチャードソンは、異常な感覚に悩まされ始める。一方、まったく別の場で、訪米した英国の弁護士マシュー・ウィローは17世紀の人物ジョーゼフ・タリーの家系を、仔細に執拗に追跡し始めた……。

 1974年のアメリカ作品。
 作者ハラハンは、1980年前後にミステリファンだった世代人には、MWA最優秀長編賞を取ったスパイ小説『亡命詩人、雨に消ゆ』(77年)の方でちょっとは知られていたが、21世紀の現在ではまるっきり忘れられてしまった作家のようだ。本サイトにも評者が最初に登録するまで、作者名もその著作名も影も形もなかった。一応、日本では長編が4冊も翻訳されているのだが。
(と言いつつ、評者もその『亡命詩人』と今回の本作、その二冊しか読んでないが~汗~。)
 
 で、前述の通り純然たるエスピオナージだった『亡命詩人』と異なり、本作は完全な都会派モダンホラー。
 少ない邦訳数ながらジャンルが極端に異なる作家ということに興味が湧き、以前から本作も読んでみたいと思っていたが、今回ようやっと実現した。
(しかし主人公の名前がピート・リチャードソンって……『大空魔竜ガイキング』か?)
 
 物語の大筋は、二つの流れを交互に追う感じで展開。
 ひとつは「プラヴォート・ハウス」を舞台に、主人公の片方リチャードソンを軸とした群像劇だが、決して派手なショッカー系ではないものの、じわじわとゾクゾク感を高める語り口で話が進む。
 もうひとつはアメリカの各地を転々としながら17世紀から現代へと至る? タリー家の系図を追いかけていく弁護士ウィローの話だが、その目的は終盤まで未詳なまま展開。しかしこちらも語り口のうまさが効果を上げて、訳がわからないままにグイグイ読み手を惹きつける。
(こっちの展開はアンブラーの優秀作『シルマー家の遺産』などを思わせた。)
 
 それで中盤、前者の方でいきなりド級のショックが用意されるが、結局、これはまあ……(中略)。
 
 しかしそれでもページが残り少なくなるまで、いったいこの作品は何を語ろうとしてるのか? という興味で読者を強く引っ張り、最後の最後でインパクトのある事実を提示。さらにそこから……の辺りは、非常に面白い。
 技巧派のミステリ的な手法を良い感じでモダンホラーに導入し、成功を収めた秀作~優秀作だったといえる。
(ニーリィあたりがモダンホラーを書いたら、こーゆー感じになるかも?)
 つーわけで半日かけて一気読みで、なかなか満足度の高い一冊。

 ちなみに翻訳の吉野美耶子という人、訳文そのものは流麗で読みやすくって良かったが、訳者あとがきで、この時点でまだ未訳だった『亡命詩人』の内容を、本作『タリー家』と同様のオカルトものと紹介(……)。
 要は読みも中身の調査もしないでテキトーなこと書いたんだね。
 そういう意味では、かなりえー加減な仕事をしていて、翻訳そのものとは別のところで、プロの物書きの実務として画竜点睛を欠いた感じ。
 結局、翻訳書の数もそんなに多くないみたいだし(Amazon調べだが)、翻訳家として大成しなかったのもむべなるかな、であった。

No.1952 7点 闇の性- 笹沢左保 2024/01/19 18:34
(ネタバレなし)
 その年の初め。都内の一角では「貞操強盗」と呼ばれる、謎の押し込み連続レイプ魔が、一人暮らしの女性を標的に出没していた。一方、大手観光開発会社「東西総合開発」の企画開発部長で、現社長の甥でもある31歳の美男・花形秀一郎は、筋金入りのプレイボーイとして複数の女性をかわるがわる相手にし、性の悦楽を楽しんでいる。そんな花形の情人の一人で、製薬会社のOLである水谷佐和子との仲がこじれた。佐和子は花形に、妻の三津代と別れ、自分と一緒になるよう要求する。花形は、美人で貞淑で、まるで忠犬のように自分に無償で奉仕する三津代に愛を感じるどころか、むしろその理解を超えた滅私ぶりに、憎悪の念すら抱いていた。そんななか、佐和子が突然に姿を消した知らせが、花形のもとに届く。

 元版のノン・ノベル版は、正確には1973年3月前後に刊行。

 また私事で恐縮ながら、実は自分が少年時代に一番最初にリアルタイムで購読したミステリマガジン(HMM)が、1973年1月号(通巻201号)だった。それから数年間は毎月25日の発売日が楽しみで、中味も毎号毎号、二読三読したものだったが、やはりある種の原体験として最初に出会ってから半年~1年目くらいの時期の号には独特の強い思い入れがある。
 こんなマクラをふったことからすぐに分かると思うが、本作『闇の性』は、当時の73年前半のHMMの国産新刊レビューで、あの瀬戸川猛資が書評・紹介(当時、毎号の月評コーナーを担当)。
 自分にとってその書評記事が、ミステリ作家・笹沢佐保を意識した、正にファースト・コンタクトとなった。
 
 同レビューは数年前に、同人書籍の書評集「二人がかりで死体をどうぞ」にまとめられたので、本サイトの参加者でも読んだ人もいるかとも思うが、とにかくここ(その瀬戸川レビュー)で、当時のひとりの少年ミステリファンは本書について「エロい作品である」「だがそれだけじゃない」「実は、笹沢佐保のかつての名作『六本木心中」に通じる、笹沢ロマン作品のひとつ」(それぞれ大意)と啓蒙されてしまったのである。

 でまあ実作『闇の性』の現物にはなかなか出会えないまま、ほかの笹沢作品はそれなりに読んできたので、当時、瀬戸川氏が言っていたことは、ああ、きっと間違いなく、その通りなんだろうな(笹沢の作風からして、そーゆーものもあるだろうし)、と思っていた。
 で、気が付いたらいつのまにか、半世紀が経過。なんかネットでも古書があまり出ず、出てもなぜか結構高いので(まさかオレと同じような妙な接点を感じてる世代人が多いのか? ←いねーよ)、なかなか読む機会がなかったが、こないだようやっと、文庫版の方をほかの文庫ミステリとのまとめ買いで入手。今年になってから家に届き、昨夜、読む。

 はたして笹沢エロ作品といってもまだ70年代の初頭だから可愛い方で、こんななら後年の『悪魔の部屋』そのほかの方がずっとスゴイ。瀬戸川先生、当時はこんなもので、濃厚な性描写とか騒いでられたんですね、と不遜にも思ったりする。

 ただしなんのかんの言っても、ミステリよりエロだろ、ロマンだろ、そんな作品だろ、と予断していたら、意外に(?)ミステリとしての大技を使ってあるのに軽く驚いた。
 あわてて「二人がかり~」の瀬戸川評を読み返してみると、うん、たしかにその主旨のことには触れてある。でもって瀬戸川氏、今でいう「無理筋」だと言いたかったみたいで、その意見には半ば賛同するものの、実は新本格系で一昨年にも、この大技トリックの系譜は登場しており、もしかしてこの作品、けっこうソノ手の先駆だったのか? とも評価を改めている。いやまあ、しっかり検証すれば、さらにまだ先鞭をつけた作品はきっとあるんだろうけど。
 どんでん返しとかサプライズとかあんまり書いちゃいけないけど、この半世紀、心のどこかに固まっていたものは、なんか(中略)。
 弱点としては、犯人はすぐわかること。まあ、これはね。 

 なんにしろ、長い歳月の果てに、読んで良かった一作ではあった。印象的なセリフも多い。キーパーソンの最後の叫び? うん、そりゃ心に残らない訳はない。

No.1951 6点 瀬越家殺人事件- 竹本健治 2024/01/18 21:35
(ネタバレなし)
「我」こと探偵・納谷治楼(なや・ぢろう)は、断崖を背にそびえ立つ富豪・瀬越萬堂(せごえ・まんどう)屋敷に招かれた。瀬越家には美しい三人の令嬢がいたが、その姉妹を誘拐するという不敵な謎の予告状があったのである。やがて屋敷の壁の中から、発見されたものとは……。

 新書判よりやや大きめの横綴じハードカバーで、全部で50ページちょっとという作品。
 単品の作品で広義の長編? といえるか……いや、やっぱ無理かな……だけど、もともと作者が「いろは四十八文字」で、それぞれ本文の最初の1文字目が始まる場面(叙述)のページを四十八枚並べて、一本の物語を構成。さらにそのページごとに自分でその場面のさし絵を描くという、趣味的な趣向の一冊にしている。
 要は当初から奇書狙い、変わった本を作るのが目的の作品。つまりは、いろはカルタの読み札と絵札のセットを48組並べて、一本の謎解きミステリを構成したと思えばよい。

 とはいえさすがに『旧・必殺仕置人』のサブタイトルみたいに「いろはにほへとちりぬるを……」の順番で最初の文字を並べる、そう言う縛りではお話は作れなかったようで、最終的に四十八字全部は使い切ってはいるようだが、その使用順は順不同である。
 いや、それでも作者は十分に苦労したと察するけれど。

 ミステリとしては他愛ない中身だけど(戦前の国産の某長編を思い出した)、まあそんな尺度でどうこういう内容じゃないよね。
 遊び心に微笑んで、6点。

No.1950 8点 Q- 呉勝浩 2024/01/18 06:19
(ネタバレなし)
 2019年半ばの千葉県富津市。「わたし」こと清掃会社「人見クリーン」のバイト作業員・町谷亜八(まちや あや)は、傷害事件を起こして現在は執行猶予中の身だった。そんなある日、亜八を「ハチ」と呼ぶ、同い年の義姉「ロク」から数年ぶりに連絡があった。それは二人の弟で、やはり血の繋がらない「キュウ」に関するものだった。

 書き下ろしで、本文660ページ以上の大冊。
 しかし強烈な物語の勢いに引き込まれ、二日で読了。

 物語は、一人称記述の亜八のパートと、それ以外の登場人物たちの三人称記述の別パートの組み合わせで進行。
 メインキャラクターは三人の姉弟で、さらに前半のうちからもう一人、4人目の主人公といえる登場人物が物語を牽引するようになる。
 話の要綱は、超人的なカリスマ性を持った美青年アイドルダンサーであるキュウ=「Q」によって人生を変えられていく者たちの群像劇(21世紀の芸能界の業界もの的な側面も多い)、そしてそんなストーリーの背後に潜むクライムノワール調のドラマだが、暴力人間としての半生を送りつつ、現在の平凡な生活にしがみつこうとするハチの葛藤も物語の太い軸となって、読み手を惹きつける。

 まさに「小説を読んだ」という満腹感でいっぱいの一冊で、さらにストーリーの流れを、2020年前後の初期コロナ災禍で騒乱する現実世界の局面ともシンクロさせてあるのもミソ。その設定というか、文芸的な意味は終盤にテーマのひとつとして言語化されている。

 作者のベストワンとは言わないが、『ライオン・ブルー』『爆弾』などといった優秀作~傑作と比べても遜色のない作品なのは確か。作中の秘められた真実が明かされていくなかで、最後まで読んで思う部分がまったくない訳ではないが、たぶんその辺は(以下略)。
 しっかり体力のあるときに、読んでください。

No.1949 5点 轟運探偵の超然たる事件簿 探偵全滅館殺人事件- 百壁ネロ 2024/01/16 15:22
(ネタバレなし)
 国内の名探偵たちを公式のギルド的な組織「真・新世界大探偵団」が統括する世界。「私」こと女子高校生・阿瀬野ちなみは、しばらく前まで、人一倍の努力で事件を解決する「努力探偵」として活動していたが、組織「大探偵団」が探偵免許発行の規約を厳しくしたためライセンスを失い、今は父の親友だった「轟運(すごい強運)探偵」こと七七七㐂七兎(なななき ななと)の助手を務めていた。そんななか、轟運探偵は大富豪の依頼で、ちなみを伴って、離れ小島に推参。そこでは「大探偵団」公認の探偵が多数集まっており、やがて殺人事件の幕が開く。

 奇面組や絶望先生みたいなネーミングはパターンだからまあいいが(もともとはたぶん、森田拳次あたりに行きつく?)、ギャグ探偵が集う名探偵ギルドという趣向は……案の定、ネットではあちこちでJDC、と言われてるようである(笑)。
(と言いつつ、評者はまだ清涼院作品、一冊も読んでないけどね・汗。清涼院先生ご本人とは縁あって十年以上前に一度お会いして、一緒に酒呑んで食事させて頂きましたが~たぶん向こうは120%こっちの事は忘れてる・汗。)

 というわけで本作の作者がどのくらい先行作を意識してるのか影響されてるかは、実は判然としませんが、お話としては、劇中でリアルに殺人も起きる、その程度にはシリアスなミステリ・コメディとして良くも悪くもフツーの出来。

 ギャグも笑える部分もないでもないけど全般的に薄味で、ミステリの大ネタはまたこれかい、という感じでした。
 まあなんかミステリにあんまり詳しくない人が、先行例がすでに片手の指ほどあるのも知らないで、そうか俺はこんなスゴイアイデアを思いついたのか! と一本書いちゃいそうなアレですが。

 事件は解決するものの、話の流れは次作に続く、的に終わるのでシリーズ化はしそうなんだけど、二作目はちょっと様子見(先にヒトの評判聞いたりして)しようかとも思います。
 キャラたちそのものは、キライではない。

No.1948 7点 帆船軍艦の殺人- 岡本好貴 2024/01/15 21:54
(ネタバレなし)
 18世紀の末。のちに第二次百年戦争と言われる英仏の戦いの終盤。英国のソールズベリー地方に住む24歳の靴職人ネビル・ボートは、労働力を必要とする大英帝国海軍の強引な権限のもと、大型帆船の戦艦ハルバード号の水夫として強制徴用された。出産間近の愛妻マリアを自宅に残し、生まれて初めていきなり水兵となったネビルは運命に絶望するが、そんな彼を支えたのはともに徴兵された12歳年上の仕事仲間ジョージ・ブラック、そしてハルバート号で戦友になった気の良い水兵仲間たちとの絆であった。だが、そんなハルバート号で、フランス軍人の呪いとされる怪死事件が発生。ネビルは否応なく、事件の渦中に巻き込まれていく。

 第33回鮎川賞受賞作。
 登場人物は全員が外国人(その大半がもちろん英国人)。
 ズバリ、あのフォレスターの「ホーンブロワー」サーガ、その時系列的に初期の頃の時代(18世紀末)の英国の、海戦の場が舞台である。
 要は海洋冒険小説の醍醐味と、謎解きフーダニットパズラーの興味をあわせもったハイブリッド作品だが、読む前の予想どおり、やはりというか前者の側面がまず面白い。
 いかにも「ものがたり」的な逆境に運命的に放り込まれた主人公ネビルの苦闘譚がドラマチックで、読ませる読ませる。まあガチな、この時代(歴史)設定の英国冒険小説なんかと比べると若干のやわい感じはしないでもないが、ページタナー的な意味での求心力は十分に合格だろう。海戦もこの時代の戦艦も大した知見はない評者だが、それでも平易に十分に楽しませてもらった。

 ミステリ的には結構、手数も多く、謎解きのための伏線もいくつも張ってあるんだけど、演出がいまいち煮え切れなかった感もあって、特にウリ(売り)のトリックは、選評の東川先生の言う通り、アッサリ見せすぎ。とはいえこの手のトリックを、鬼面人をおどかすようにドヤ顔で書いたら、2020年代の今じゃもう違う気もしないでもない。うーん、ちょっとバランスが難しい。

 とはいえトータルでは普通に十分に面白かった。一日で読めちゃったけど、それなりに満腹感もあるし。

 ちなみに作者は五回目の応募でついに今回、受賞だそうで、話を聞くだけでも並々ならぬ努力のほどが伺える。遅咲きの人ほど長持ちするというし、今後にまた期待。

No.1947 9点 ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪- 事典・ガイド 2024/01/15 14:03
(ネタバレなし)
 タイトル通り、戦後初期(一部戦前の時代まで言及)から20世紀終盤の時期まで、海外ミステリ専科、あるいは海外ミステリがメインの、各出版社の叢書(なんらかの統一性のある書籍の企画シリーズ)について語り尽くした本。

 旧クライムクラブや六興推理小説選書など、われわれ古参の海外ミステリファンにはマストなものから、Q-Tブックスやウィークエンド・ブックス、イフ(if)ノベルズそのほかのマイナーな叢書にも、基本的には叢書につき記事一項目ずつで言及・解説。主要作品も丁寧に紹介する。

 もともとは東京創元社の「ミステリーズ」に2011~17年にかけて連載されたのち、6年ほどの編集・補筆を経て2023年の暮れにようやく書籍化。
「ミステリーズ」を定期購読も古書でまじめに収集もしていなかった評者は、とても気になっていた連載だったが、ようやっと本になったので、新刊書店ですぐに購入し、それからずっと就寝前にちびちび読み進めた。

 一応はウン十年もの間、ミステリファンをしている評者だが、ここで初めて教えられた書誌的・あるいは作品や作家に関わる事実も山のようにあり(それらの記述の大半が、あくまで一般ミステリファン&古書コレクターに近い目線での探求なのが、また恐れ入る)、読了までに新情報(自分にとっての)を知って唖然呆然とした事例は両手の指じゃ足りない。
 叢書ごとに詳細なデータベースが付与され、さらに同じ作品がのちに別の版で出た場合の追跡までしてある、正に神か悪魔か、この本の著者か! という一冊。
 
 さすがに天文学的に膨大な書誌データの中で1000%誤記がないというわけにはいかなかったが(早川で最初に紹介されたジャック・ヒギンズの作品は『鷲は舞い降りた』ではなく『地獄島の要塞』である)、そんな指摘は巨象の進軍の前で蚤が踊るようなものだろう(汗)。
 
 とにかくすごい本。
 ちなみにさすがにポケミスや創元推理文庫などの膨大な叢書についてはまとまった項目立ての記事はない(もちろん本文の随所で話題になったり、触れられていたりする)のは、叢書内の主要作品にまで言及するという基本的な記事スタイルゆえ、難しかったようだ。
 それはまったくオッケーだが、できればあとひとつだけ、早川の世界ミステリ全集なども一項目で解説、言及してほしかった(当然、こちらも話題自体はあちこちで出て来る)。 
 価格はちょっと高いが、内容を考えればとんでもなく安い。
 オールタイムの海外ミステリファンで、興味あるジャンルの幅が広い人なら、絶対に買って手元に置いた方がいいよ。というか買いましょう(笑)。

No.1946 8点 死の配当- ブレット・ハリデイ 2024/01/14 15:41
(ネタバレなし)
 マイアミで少しは名の売れた、35歳の赤毛の私立探偵マイケル・シェーン。彼はある日、二十歳になったかどうかという美人の娘の訪問を受ける。彼女19歳のフィリス・ブライトンは、ニューヨークで未亡人の母が大富豪ルーファス・ブライトンと再婚したのを機に、フィリス自身もルーファスの養女になった。それで現在、義父の静養のためにこのマイアミに来ており、母は後からニューヨークからこちらに来る。だが実は、精神科医ほか周囲の者がフィリスの精神が不安定だと指摘し、彼女が母を殺傷してしまう危険を訴えていた。思いあぐねて地元の有名な探偵シェーンを訪ねたフィリスだが、シェーンは特異な話をひとまず受け入れ、ルーファスの逗留する別荘に向かうが。

 1939年のアメリカ作品。マイケル・シェーンシリーズの第一弾で、フィリスとの出会い編……って何を今さら(笑)。
 
 私的な話題で恐縮ながらつい最近まで仕事に追われ、いささかうっすらワーカホリック気味。ミステリを読む意欲も減退していたが、さすがにまったく補給せずに済ませることもできなくて、ウン十年ぶりに本作を再読する。
 少年時代にはポケミスで読んだが、今度はだいぶ前にブックオフの100円棚で見つけて購入しておいたHM文庫版で読了。

 さすがに導入部とエピローグはほぼしっかり覚えていたが、事件の全体像も犯人もまるっきり忘れていた(最後まで思い出さなかった)ので、けっこう新鮮な気分で読み進む。

 翻訳が、隠れた? 名訳者の丸本聡明(ほかはウェストレイクだのロス・トーマスだの)で、読みやすいことはこの上ない。もちろん原文自体がバランス良いんだろうけど、会話と地の文の比重の心地よさは最高であった。

 伏線やちょっと弱い気もするので読者視点からの謎解き作品としては若干甘いが、シェーンが関係した複数の事件や事態が錯綜し、最後に意外な真相にまとまる流れはさすがに面白い。シェーンシリーズらしい、ミステリ味は存分に味わえる。

 しかしデビュー編とはいえ、シェーンはこの一作の中だけでどれだけダメージ受けてるのか(何度も殴られたり、撃たれたり)。どう見ても、ハードボイルドのパロディもののギャグ描写だろ、こりゃ。
 
 でもって肝心のフィリスは記憶通りに可愛かったんだけれど、再読して気になったのは(中略)が(中略)した以降の描写。もっと普通に素直に悲しんで泣けばいいと思うのだが、この辺はまだハリディ、キャラ描写が甘い感じ。あとのシリーズだと、その辺は少しずつ、こなれてくると思うけど。

 あー、シリーズ二作目が読みたいな。もっとマジメに英語を勉強しておけば良かったぜい(涙)。
 評価は1点おまけ。ファンなので(笑)。 

No.1945 6点 未来が落とす影- ドロシー・ボワーズ 2024/01/05 13:34
(ネタバレなし)
 1937年の英国。偏屈な老嬢で慈善家のレア・バンティングが死亡した。状況から毒殺の疑いがあり、容疑はレアの姉キャサリンの夫で、レアとも同居していた大学教授のマシュー(マット)・ウィアーにかかる。審理の結果、法廷で無罪を勝ち取ったマシューだが、口さがない噂から職を追われ、別の地方に引っ越した。だがその二年後、またマシューの周辺で不審な怪死事件が。
 
 1939年の英国作品。
 翻訳は意外に読みやすいが、出て来る登場人物は名前がある者だけで総数60人以上。
 その頭数の多さにも意味があるので、一概に悪く言えないが、錯綜する物語はいささかややこしい。『アバドン』の全体のバランスの良さがウソみたい。

 終盤のトリックと意外な真相は素直に驚けばいいんだろうけど、前述の登場人物の多さに演出の効果が薄れ、正直あまり盛り上がらなかった。
 ちなみに巻末の解説で危ぶんでいる(こんなことありえないだろ)部分に関しては、もっとすごい英国作品なんかもあるし、それほど「これは無し」ではなかった。フィクション世界のリアリティの枠のなかで、まあギリギリ、ありだと思う。
 この大技自体はけっこうスキである。

 これでこの作者の邦訳は、最初の『追伸』以外の3冊を読んだけど、個人的にはアバドン>本作>スケッチの順。

 残る最後の一冊は、当たりか外れか。

No.1944 6点 探偵くんと鋭い山田さん2 俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくる- 玩具堂 2024/01/02 13:31
(ネタバレなし)
 コミケの一日目に行く車中で読み始めて、年越しで読了。
 
 ネットゲーム仲間のなかに潜む匿名のキーパーソンを探す話
 新任女性教師が学生時代に盗まれた文芸活動の原稿、その行方を推理する話
 謎の自殺志願者? を捜す話
 ……と三本の事件を収録。

 作者自身はそれなりに練り込んだ内容に自負があるようで、実際に、意外な動機が浮かび上がる第2話など、なかなかよく出来てるとは思うが、一方で前巻の第2話のようなハッタリの効いた外連味編がないため、どうしても全体的に地味な印象である。

 かたや主人公トリオのラブコメ模様と青春ストーリーの方はさらにくっきりしていき、そっちの方では面白かった。

 2020年に同一シリーズの新刊が二冊出て、その後、音沙汰無し。
 さらに作者は、ちょっとだけ違う別名義「久青玩具堂」の方で昨年、違う路線の青春謎解きミステリを始めちゃったから、こっちの方はもう出ないんだろうな?
 主人公トリオの日常描写として、今回の最後にちょっとまとめっぽい雰囲気がないでもないので、ここで終わってもまあいいが、単純にもうちょっとこの三人に付き合いたかった(特に雪音と)。
 もしよかったら、いつかまたシリーズを再開してください。こういうものがこの巻数の時点でいったん休止すると、復活は難しいだろうとも思うけれど。

No.1943 7点 リュシエンヌに薔薇を- ローラン・トポール 2023/12/28 04:24
(ネタバレなし)
 1967年のフランス作品。
 鬼才ローラン・トポールが当時まで十年ほどにわたってあちこちに書いた、ショートショート~短めの短編の全43編を収めた原書を全訳したもの。
 
 ショートショートと言っても尋常な短さではなく、スゴイものは1~数センテンスのものもいくつかある。

 シニカルな星新一……とかいうよりは、長谷川先生の『いじわるばあさん』の各編でしばし感じるブラックユーモア味。残酷なんだけど、笑ってしまうあの感覚が基調で、個人的には海原の漂流者が主人公の『絵空事』がベスト。ほかにも忘れがたい味のがいくつかあるので、フェイバリット編は時間が経てば変わるかもしれない。

 一冊読んだ人と話をして、互いに3~5本ずつ好きな作品をあげ合えば、相手の顔、そして自分の本当の顔が見えてきそう。そんな気分になれる一冊であった。

No.1942 6点 魔術探偵・時崎狂三の事件簿- 橘公司 2023/12/27 19:33
(ネタバレなし)
 彩戸大学に通う女子大生・時崎狂三(ときさき くるみ)は、初対面のお嬢様風の美少女から声をかけられた。同じ大学の同学年(一年生)で栖空辺茉莉花(すからべ まりか)と名乗る彼女は大富豪の令嬢であり、狂三の知人でやはり学友の女子・鳶一折紙(とびいち おりがみ)の紹介を受けて、狂三にとある怪事件の解決を依頼する。これを機に狂三は、この世の条理を超えた「魔術工芸品(アーティファクト)」が絡む怪事件の数々に関わっていくことになるが。

 人気ラノベ作家・橘公司の看板作品『デート・ア・ライブ』の正編完結後の後日譚という設定で書かれるスピンオフの連作短編集。

 主人公は、本来はメインヒロインの一角ながら、いささかイカれた言動で少しほかのヒロインたちとは離れた位置にいた(しかし読者から圧倒的に一番の大人気を獲得した)「きょうぞうちゃん」こと時崎狂三。
 子猫をいじめるサバゲー屑野郎などは遠慮なくぶっ殺すが、子供や猫にはやさしい(そして主人公には時に敵対し、時に味方になる)、そんな女子である。

 ちなみに評者は『デアラ』は正編22巻のうち11~12巻まで読破。そのあとの巻も購入はしているが後半の展開はアニメで先に観ちゃった知っちゃった、すこしアレなファンである(アニメの方もまだ、正編の全部を映像化しているわけではないが)。

 今回の新作では、きょうぞうちゃんを含むメインヒロインたちの立ち位置も大きく変わっている(世界観はそのまま)が、そんなことも実作を読んで初めて知った(なんせ正編の後半を読んでないので・汗)。

 いずれにしろJDになった時崎狂三を主人公(探偵役)に据えて、超能力的な魔術が存在する『デアラ』世界のなかでの特殊設定ミステリ5編が語られるが、謎解き作品としてはまあボチボチ。

 特に第2話なんかは、新本格でこれで何度目だというネタ(評者も途中で気づいた)だが、作者の橘先生はその辺もなんとなく察しているようで、<作者としては意外な解決……のつもりですが、たぶん、これ、もう前例ありますよね……?>という感じの奥ゆかしい? 雰囲気がうかがえ、どうにも憎めない(笑)。
 第4話も、橘作品ファン、時崎狂三ファンの末席のつもりの自分からすると、ちょっと「あれ?」と言いたくなるようなところもあるが(詳しくは言えない)。最終編の第5話まで読んで、そこでいろいろと「見えて」くるところもある。
 
 一見の人(特に『デアラ』に縁がない一般ミステリファン)が読んでもそこそこ楽しめる? だろうが、まあどちらかというと『デアラ』ファン、時崎狂三ファンの向きの一冊かも。
 特に正編や日常編の短編集、さらには番外編まで全部読んじゃった筋金入りのファンなら、本作は十分に嬉しい贈り物だろう。

No.1941 6点 叫びの穴- アーサー・J・リース 2023/12/27 03:26
(ネタバレなし)
 世界大戦の暗雲が各地を覆う、1916年10月の英国。デユリントン地方のホテルで米英のハーフである青年探偵グラント・コルウィンは、神経科の名医として知られるヘンリー・ダーウッド卿とともに具合の悪そうなひとりの若者を介抱した。ホテルの客でジェームズ・ロナルドと名乗る若者は二人に感謝するものの、その後、宿からすぐに姿を消した。やがて近所で殺人事件が生じ、その容疑者がかのロナルド青年らしいという情報がコルウィンたちのもとに飛び込んでくる。

 1919年の英国作品。
 戦前に井上良夫が本作を原書で読んで褒めたという「探偵小説のプロフィル」は数年前に既読なので、そんな作品が紹介されていた……かな、みたいな気分であった。ソコで蔵書の山の中から「~プロフィル」を引っ張り出して本作についての記述を再読したところ、あやうくネタバレされかけて、アワワ……となった。幸い、犯人については分からなかったが。

 nukkamさんも書いておられるが、全体的に小説としても謎解きミステリとしても練度の高い感じで、やや長め(本文360ページほど)ながら、スラスラ退屈しないで読めた。
 原書はもとは七回にわたって雑誌連載された作品だそうなので、良い意味で小規模な見せ場がいくつも設けられている。

 メインキャラクターの奇妙な行動の謎については、昔も近年もたまに見かける種類の真相だったが、いずれにしろそれがクライマックスの直前で明らかにされたのち、さらにまだまだ話が転がっていくあたりもなかなか快調な構成。一方で、作中人実の行動や思考に関しては、事実が明らかになるといささかひっかかりを覚えないでもないが(だって……)。

 パズラーとしてはちょっと大味なところと、丁寧に伏線や手掛かりが設けれた得点ポイントが共存。良い面とやや弱い面が相半ばするが、小説のうまさで全体的に印象は底上げされている。
 翻訳も全体的に平易で読みやすいが、一か所だけ「ガス灯の電球」というヘンなのが出てきて「?」となった。ガス灯の照明と言いたいんだよね? (さすがこの辺は論創らしい。)

 主人公探偵のコルウィンは、作者の著作のなかでわずか二冊にしか登場しないらしいけれど、いろいろ設定が盛られていて楽しい。マイペースで事件に食い下がる言動とあわせて、いいキャラクターだった。もう一本の主役編も紹介してほしい。 

No.1940 5点 唇からナイフ- ピーター・オドンネル 2023/12/21 18:03
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。英国政府は中東の小国で産油国「アラウラク救主国」と取引し、石油発掘権を獲得。だが救主国の支配者であるアブ・クーヒル救主の希望で、支払いは一千万ポンドの価値のダイヤ現物の譲渡で行なわれることとなった。しかしその情報を聞きつけた、国際的な裏世界の大物ガブリエルの一味が暗躍。本件の機密ミッションを推進する英国情報部の部員を前線で暗殺し、ダイヤの奪取をはかる。英国情報部の要人タラント卿は、弱冠26歳ながら何年も前から地中海周辺の暗黒街を束ねる「犯罪結社のプリンセス」と異名をとる美女モデスティ・ブレイズに接触。タラントはモデスティに、彼女の元相棒で今は南米の刑務所に収監中の男ウィリアム(ウィリー)・ガーヴィンの情報を与えて貸しを作り、その見返りにガブリエル一味からのダイヤの警護を依頼しようとするが。

 1965年の英国作品。
「淑女スパイ」モデスティ・ブレイズシリーズの第一弾。
 1960年代のイタリア映画界で国際派女優だったモニカ・ヴィッティ(ビッティ)の主演で映画化もされ(映画の邦題は小説と同じ)、日本語DVDも出ているが評者は未見。
 ただしなんかカッコイイタイトルは大昔から気になっており、さらに、実はこのシリーズの邦訳二冊目『クウェート大作戦』を先に入手していたので、どうせならこのシリーズ一作目から先に読もうと、何年か前から、手頃なお値段の古書を探していた(古書価の相場はけっこう高い作品である)。
 それで今年の秋になってようやくそこそこのお値段の古書をネットで買えたので、一読。
 まあ気になる作品は、なにはともあれ読んでみよう。

 内容に関しては大枠で言うなら、007ブーム時代の欧米ミステリ界に登場したスパイ版ハニー・ウェスト、程度の認識でまあいいのだが、実作を読んでみると、モデスティを本筋のミッションに引き込むための段取りとして、英国情報部がお膳立てしたガーヴィン救出作戦をちゃんと序盤の見せ場とするとか、けっこう丁寧にストーリーは綴られている。
 読み進むうちに過去の情報が徐々に浮かび上がってきて、モデスティやガーヴィンのキャラクターが見えて来る筆致も悪くはない。肝心の、なんでモデスティがそこまでスーパーレディなのかの説明も、ちゃんと必要十分に語られているし。
 あとホメるところして、銃器や刃物類の武器の考証がそれっぽく綴られ(武器マニアが仔細に検証した際に合格点をもらえるかは知らないが)、デティルにリアリティがあること。神は細部に宿るというなら、その辺でもそれなりに得点している作品ではある。

 問題なのは、中盤からのお話(全体のプロット)が一本調子で、ゴールラインに向かう直線的な流れをほぼ辿っていくだけという作劇なこと(……)。
 それとモデスティのいわゆる「007的スパイ道具」が活用されるのは、そういう趣旨の作品だからそれ自体はいいのだが、敵の手に落ちてもそのまま、密な身体検査も全部の衣服の強制的な着替えも強いられず、そのまま全身に隠してあった武器やアイテムを反撃の手段として使いまくるというのは、う~……となった。いくらほぼ60年前の旧作とはいえ、これはちょっと主人公側に甘すぎる。
(その辺のユルさもあって、後半~山場はうっすら眠くなった・汗。)

 いやまあ、モデスティ視点で相棒ガーヴィンとは別個に、彼氏格の青年画家ポール・ハガンがいて、なかなか微妙なキャラ関係になるあたり、さらにその関係の行く先は、なかなか(中略)でいいんだけどね。
(ちなみにその辺の三人の相関は三角関係的な生々しいものではなく、最後まで当事者たちはサバサバした間柄で通し、その辺もよい。)

 モデスティの気風の良さ、ヒロイン主人公としての男前ぶりはそこそこ。悪くはない。ガーヴィンもハガンもそれにタラント卿もバイプレーヤーとしてまあ合格。
 とにかくお話の曲のなさ、悪い意味での直球ぶりで、う~む……な作品である。
 最後までしつこく丁寧な小説の叙述は、けっこうイケるんだけれど。 
 
 シリーズ二冊目は良い意味で期待値を下げて、手にとってみたいと思います。

No.1939 5点 幸せの国殺人事件- 矢樹純 2023/12/19 16:09
(ネタバレなし)
「僕」こと中学一年生の水泳部員・薗村海斗(そのむら かいと)は、級友の男子の桶屋太市(おけや たいち)、女子の烏丸未夢(からすま みむ)とともに、自由度の高いオンラインゲームを楽しむ。三人の目的はヴァーチャルな異世界のなかに、かつて5年前まで現実の地元で営業していた遊園地「ハッピーランド」を再現することだ。だが最近、太市の様子がおかしい。そして海斗と未夢は、現実のハッピーランドの一角で行なわれたらしい? 殺人事件? の記録動画? を目にする。

 これまで読んだ作者の著作のなかでは、いちばんフツーのミステリという印象。
 大雑把に言えば、よくもわるくも21世紀に書かれた、仁木悦子の子供主人公もの(でもジュブナイルじゃなく、一般~大人向け作品)みたいな感触。

 二転三転する展開はまあ良いのだが、小中規模のサプライズが串団子風に順々に転がされてくる作劇に曲がないため、緊張が弛緩。演出の下手さでいささか眠くなった。
 それなりの力作なのは認めるが、もっと構成にメリハリを利かせるべきだったと強く感じる。

 あと小説技法として、主人公の海斗がいきなり初めて出会った重要人物「あんどうあつこ」の名前を耳で聞き、すぐ一人称視点の地の文で「安堂篤子」という(正しい漢字表記らしい)漢字の名前を記述してしまうのもどーなの? と気になった。リアルタイムでの海斗の認識では<安藤敦子>かも<安堂温子>かもしれないのだから、しばらくアンドウアツコ表記で地の文の記述を進めて、正確な漢字表記が劇中で判明した時点で切り替えればいいよね。やり方はいくつかあると思う。

 怪死事件の真相は、ちょっとこの作者らしいかな、と思った。
 評点は、まさに「まぁ楽しめた」なので、この点数で。

No.1938 7点 涜神館殺人事件- 手代木正太郎 2023/12/17 12:33
(ネタバレなし)
 19世紀末か20世紀初頭の英国などを思わせる、心霊術関連の文化が浸透したもう一つの世界のある国。「あたし」こと20代の女性エイミー・グリフィスは少女時代に妖精にあった自覚を持つが、その後、世間からその事実を疑われ、そして現在までふたたび妖精に出会うことはなかった。長年にわたって不審の目を向けられて性分をこじらせたエイミーは居直り、今はイカサマの霊媒師「妖精の女王」と称し、自分の霊能力を信じる者たちの関心を生活の糧としていたが、そんなエイミーの前に、国家公認の心霊鑑定士である美青年ダレン・ダングラスが登場。やがてふたりは「幽霊おじさん(ゴースト・マン)」の異名をとる探偵小説作家レナード・ソーンダイクに招かれて、彼の所有するいわくつきの旧館「涜神館」で開催される、複数の新霊術師による交霊会に参加することになる。だがそこで二人が出くわしたのは、世にも凄惨な殺人劇と常軌を超えた事態だった。

 作者に関しては、4年前の「検屍人ロザリア・バーネット」シリーズの続編を待っていたが、そっちは保留のまま、別の特殊設定の新本格パズラーの新刊が今年書かれた。
 館の広めの敷地の中央にある、四方を壁で密閉された庭園の中での密室殺人事件? そのほかの怪異や怪事件が、館周辺のふんだんな図版入りで語られ、半ばイカれた登場人物たちの言動ともあいまって、ホラー風味のパズラーとしての外連味は申し分ない。

 解決を(中略)に拠った真相の一部はある意味、(中略)ではあるが、この世界観や文芸設定ならまあオッケーではあろう。
 真犯人も評者などは隙を突かれた思いで、かなり意外ではあった(察しのいい人は気づく……かな)。
 ラノベ枠内ではあるがオカルトホラー奇譚としての迫力もなかなかで、特に終盤の(中略)が(中略)してゆく図はなかなかのナイトメア感。

 凄惨で血生臭い話だが、ヤングアダルト向けのラノベレーベルみたいな叢書で刊行された作品なので、読者への配慮として最後の後味はよい。
 続編はあってもいいと思うけれど、個人的にはロザリア・バーネットの次作の方を優先してほしい。

 大技が気に入ったので、8点に近いこの点数ということで。

No.1937 7点 メグレとマジェスティック・ホテルの地階- ジョルジュ・シムノン 2023/12/15 14:58
(ネタバレなし)
 シャンゼリゼ通りにある超高級ホテル「マジェスティック・ホテル」の地階。そこに設置されたロッカー内から、絞殺された女性の死体が見つかる。予審判事ボノーの調査でとある人物に殺人の嫌疑がかかって逮捕されるが、メグレはその決着に違和感を抱き、独自の捜査を続ける。

 1942年のフランス作品。
「EQ」掲載時には不遜にも読まなかったので、今回が初読となる。
 まとまりの良い作品だとは思うが、その一方でtider-tigerさんのおっしゃる微妙な違和感もなんとなくわかるような気もする。
 ただし自分はまだまだいまもって、メグレについては修行中なので、こういうのもシリーズのなかでアリなのかな? という思いも抱いてしまった。

 物語の序盤でちょっとメタ的な小説技法が使われ、あとでそれがちゃんと意味を持って来るが、シムノンがこういう手法を使うのか!? と軽く驚かされた。いや、こちらの素養不足ゆえの感慨かもしれないが。
 
 中盤の177Pで出て来る「一年前にブローニュの森でロシア人が射殺された」メグレの事件簿って、ちゃんと作品になってるのだろうか? 少し気になった。

 実業家クラークとメグレのやりとりはなるほど本作の小説としての味だが、個人的に気に入ったのはドンジュを案じて拘置所の周辺で待つシャルロットとジジのゲストヒロインコンビの図と、259ページの左から数行分の某ヒロインの叙述との対比。こーゆーのこそがシムノンだよねえ~。

 なお巻末のハヤカワ編集部の、今後もシムノンを、メグレをプッシュします宣言はとても結構だが、「メグレシリーズは、ほぼすべてがメグレの一人称で書かれ」てって……。
 メグレの「一人称」作品って『回想録』くらいしか知らないぞ。
 今のハヤカワが基本的にいろいろとダメなのは百も二百も承知だが、「一人称」と「一視点」を取り違えている小中学生以下の国語力の(中略)編集者を使っているのか?

 評点は0.5点くらいオマケ。

No.1936 8点 ペイパーバックの本棚から- 評論・エッセイ 2023/12/14 10:21
(ネタバレなし)
 全部で50章ほどのアメリカ(一部イギリスほか)のペイパーバック作家、またペイパーバック関連の事項について語った研究エッセイ集。

 蔵書の山の中から見つかったので、ひと月ほどかけて就寝前に少しずつ読んでいたが、非常に楽しかった。
 とはいえ以前に一回読んだはずだと記憶があるが、本の中には特に初出連載などの記載はない。

 それでネットを探すと詳しい方のブログで、
「『ミステリマガジン』の1983年1月号から1986年12月号まで連載されたエッセイ「ペイパーバックの旅」を加筆の上、まとめた本」
 だと教えていただく(ありがとうございました。)。
 そりゃ絶対にそっちで、一度は読んでいる。

 それで本書の刊行はもう30年以上前なので、当時未訳だ、未紹介だと著者がぼやいていた作品や作家もその後、少しずつながらも発掘・翻訳が進んだりしているので、2020年代のいま、その観点から見ると興味深い。
 もちろん本書で紹介、語られたペイパーバックのハードボイルドミステリについて、面白そうな、あるいは興味を惹かれる未訳の作品はまだまだ山ほどあるが。
 
 主題は、ペイパーバックという出版文化(そのなかでも主に私立探偵小説やノワール・クライムものなどのミステリジャンル)についての著者の造詣の深さと思い入れを語ることだが、受け手のこちらにはいろいろと懐かしめの記憶を甦らせてもらったり、あるいは、へえ、近年発掘翻訳されたあの旧作は、30年以上前に小鷹氏はこう見ていたのか、という興味で楽しめる。
 そういえば本書のなかで一章使って最後の著作が語られている作家ホレス・マッコイも、近々ようやく3冊目の長編の発掘新訳が出るそうで(嬉)。

 ほかの小鷹氏の著作の大系で見ていけばまた別の見方、受け止め方もできそうな本だが、単品の一冊でいま読んで感想はそんなところで。 

No.1935 8点 鈍い球音- 天藤真 2023/12/13 21:31
(ネタバレなし)
 その年の10月24日、木曜日の夜。関東の球団「東京ヒーローズ」の監督・桂周平が、東京タワーの展望台から忽然と姿を消した。東京ヒーローズはもうじき開幕する今期の日本シリーズで、関西の強豪チーム「大阪ダイヤ」と雌雄を決する予定であり、桂監督の失踪? は日本中が注目する大勝負の行方に関わる一大事だった。桂監督の消失の場に成り行きから立ち合っていた東京ヒーローズの若手ピッチングコーチ・立花は、監督の消えた現場で、とある<奇妙な遺留品>を発見。苦境の立花は世間には桂の失踪事実を伏せたまま、監督を探す協力を、高校時代からの親友で今は「東日新聞」のスポーツ記者である矢田貝今日太郎に頼むが。
 
 半世紀前、ミステリマガジンの新刊評で、いかにも良作のように紹介されていた本作の元版(1971年の青樹社版。現状でAmazonに書誌データなし)。
 その書評を読んで(バックナンバーで入手した号だったはず?)、なんか面白そうだ、と現物を買ったものの、いきなり会話の一人称で「俺」と言いまくるメインヒロインの比奈子に「なんじゃこりゃ」と怖気を覚えて引いてしまい、そのまま冒頭数ページで放り投げた。
 以上、少年時代の忘れじの思い出(笑)。

 ところが時は流れて、90年代~21世紀の現在。世の中には深夜アニメだのラノベだのギャルゲーだのの場で「僕っ娘」「俺っ娘」が当たり前に無数に群雄割拠する時代になっていた……。いやー、アイマス149の結城晴、可愛いねー(大笑)。

 つーわけで数年前からイマサラながらに読みたくなって家の中を探していたが、例によって蔵書が見つからない(泣笑)。
 つーことでネットで手頃な価格と状態のを探していたが、ようやくコンディションのいい古書(創元文庫の2022年の再版)を200円で購入。取り寄せてすぐ読み始めた。

 でまあ、こういう設定・文芸の作品だから当然、そうなるだろうとは思っていたが、人間消失など謎解きの興味を必要十分以上に組み込ませた事件ものミステリとしての醍醐味と、日本シリーズの東西チームの連戦の行方のスリリングさ、その相乗具合が予想以上に面白い!
 
 これまで読んだなかでの国産野球ミステリの、マイ・最高作は佐野洋の『完全試合』だと思っていたが、たぶんこちらはもうちょっと打球の飛距離がある。
 随所にツイストを設けた手数の多さ、登場人物の大半の存在感、そして終盤の……(中略)と、これまで読んだ天藤の長編作品のなかでは間違いなくベストだろう。
(あまり大きな声では言えないが、この時期にこの手の大技を使っていたのにも良い意味でボーゼンとした。)
 動機に関しても、個人的にはかなり気に入っている。ある意味で、すごい21世紀的だと思うわ。
 
 創元文庫の解説で倉知先生もちょっと似たようなことを書いてるけど、時代を超えた普遍性と、ホメ言葉としての昭和ティストが混ぜこぜになった優秀作。
 何はともあれ、遅ればせながら半世紀以上経って読んでよかったぜい。

【2023年12月15日追記】
 国産野球ミステリのマイお気に入りといえば、東野の『魔球』や河合莞爾の『豪球復活』あたりも、佐野の『完全試合』に負けず劣らずスキだった。まだ見落としがあるかもしれない。訂正・補遺しておきます(汗)。

【2023年12月18日追記】
 大事なことを書き忘れていた。つーわけで、21世紀に「俺っ娘(オレっ子)」を語るなら、本作は原典? 原点!? としてマストである。
 特にミステリファンで「俺っ娘」についてモノを言いながら『鈍い球音』を読んでないヒトがいたら、生暖かい目で見てあげましょう。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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