海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2034件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.14 6点 船から消えた男- F・W・クロフツ 2016/05/28 15:55
(ネタバレなし)
 時は1926年。北アイルランドの田舎で、ある青年科学者のコンビが、ガソリンの発火性を無くして安全化させ、同時にガソリンの容積そのものを搬送用に圧縮できる画期的な技術を見出した。科学者コンビは旧知の若いカップルに協力を求め、その女性の親類の金持ちに、研究を実用化させるための最終研究のパトロン役を願う。計画は順調に運び、一同はある会社にこの技術のパテントを売ろうとした。だが相手の会社の交渉役の青年が、帰途の洋上から姿を消す変事が発生。やがてこの事態は、殺人事件にまで発展し…。
 
 クロフツの1936年の作品。国産の昭和・社会派ミステリを読むような企業ものの流れで前半が進行し、事件が起きた途中から、相棒のカーター部長刑事を伴ったフレンチのアイルランドへの出張編になる。
 なおアイルランドの事件現場は、クロフツの先行作『マギル卿最後の旅』の舞台でもあり、同事件(1920年に起きた設定)の捜査官だったアルスター警察署のレイニイ署長、アダム・マクラング部長刑事も再登場し、顔なじみ同士のフレンチと協力する。これはシリーズをきちんと読んでいるクロフツファンには嬉しい趣向だろう(自分はクロフツ作品に関しては目についたものを手にするつまみ食い的な読者なので、その例には残念ながら該当しないが)。なお文中では、やはりクロフツファンにはおなじみのタナー警部も、名前のみながら登場する。

 内容はいつも通りのクロフツ作品で、地味ながら良い感じのテンポと、程よい起伏に富んだ展開が楽しめる一冊。登場人物の絶対数が多い分、相対的にフレンチの出番は少ないが、実質上の主人公といえる本作のヒロイン、パミラ・グレイとその恋人ジャック(ジョン・ウルフ)・ベンローズたちの巻き込まれ型サスペンスものの趣もあり、そんな彼らの力になろうとするフレンチの活躍は、いかにもおなじみの名探偵らしくて頼もしい。
 伏線や手掛かりが後出しぎみ、さらにそれが短編向きのギミックなのはナンだが、トリックは大小のものを巧妙に組み合わせており、手ごたえはまずまず。物語の後半、法廷ものの興味も楽しめ、なかなか満足度の高い一冊だった。

No.13 6点 アメリカン・ハードボイルド!- アンソロジー(国内編集者) 2016/05/26 17:55
(ネタバレなし)
 先ほど逝去された小鷹信光氏が35年前にセレクトした、アンソロジー。 
収録作は
『殺人処方箋』ブライス・ウォルトン
『大きすぎた獲物』サム・マーウィン
『堕ちる男』デイヴィット・グーディス
『水死人』ジョナサン・クレイグ
『晴れ姿』『ギャングの休日』ウィリアム・R.バーネット
『闇に追われる』ハーバート・カッスル
『失われたエピローグ』ヘンリイ・ケイン
『五十万ドルの女』ウィリアム・ヴァンス
『死を運ぶ風』ブルーノ・フィッシャー

 の10編で、どのような方向性で編纂したかの巻頭文、あとがきのようなものもなく、それぞれの中短編に数百字ずつの作家と作品についての決して長くない解説が付されているだけ。この仕様そのものにも小鷹流ハードボイルドの興趣を感じるのはうがちすぎだろうか。

 基本的に収録作品はシリーズキャラクターに拠らない単発作品で、私立探偵ピート・チェンバースが看板キャラのヘンリイ・ケインなどもノンシリーズの作品が採られている(クレイグのみはレギュラーキャラの、警察署の面々のようだが、はっきりしない)。
 要するに本書には選定者の「ハードボイルド私立探偵ものではなく、もっと原初的なハードボイルド作品およびそのエッセンスそのものに触れてくれ」という主張が忍ぶようだ。
 それだけに収録作品の大半は事件の概要、登場人物の配置などの面で多彩感に富みながらも、いつのまにか社会の枠組みにはみ出してしまった人間の見苦しさ、悲しさ、そしてそれを追う側(探偵だったり、警官だったり、暗黒街の住人だったり)の緊張感などといった興味が通底しており、作品の幅の広さの一方、何とも言えないまとまりを見せている。
 日本語版「マンハント」などになじんだ世代人にはおなじみの作家もいれば、まったく未知の作者もいて、収録作の広がりぶりはその意味でも深い。
 個人的には、主人公とヒロインの哀しく屈折したラブストーリーでもある『五十万ドルの女』がベスト。ほかにも心に残る作品はいくつかある。

No.12 6点 日本核武装計画―大統領の黒いカバン - エドウィン・コーリィ 2016/05/26 16:32
(ネタバレなし)
 地球上にまだソ連が存在していた1970年代。任期7年目の合衆国大統領フォスターは、その年、同盟国である日本の国内に新型の核兵器<第三号セーフガードAMB>を配備。ユーラシア大陸に向けて軍備の睨みをきかした。この措置を北朝鮮は軍事的な挑発行為と捉え、全世界にはかつてのキューバ危機以来の核戦争の緊張が走る。青春時代に太平洋戦争に従軍し、日本への原爆投下作戦にも関わった「私」こと上院議員ヒュー・マクギャビンは、自分の過去への決着の念も込めて今回の核戦争の危機を回避しようと奮闘。彼は、フォスター大統領に与しない立場で世界各国の首脳陣に接触し、有事勃発を避けるための根回しを続ける。だがそんなマクギャビンと協力者たちの前に、アメリカ歴代政府が秘密裏に継続してきた謎の計画「ジーザス・ファクター」の実体が少しずつ浮かび上がってくる…。

 かの瀬戸川猛資が「夜明けの睡魔」の中で呆れつつ激賞した、伝説のカルト作品にして異色のポリティカルフィクション。本作は大昔に購入したまま家の中に眠っていたが、たまたま先日見つかったので、この機会に読んでみた。
 物語は、日本に新型核兵器が配備された現在と、従軍中のマクギャビンの青春時代(1940年代前半)を、バリンジャー風のカットバックで描写(厳密には、一部、ほかの時間軸での散発的な叙述も少し交じる)。そしてこの2つの物語の交錯を経て、現代史の裏面に潜む謎の「JF(ジーザス・ファクター)」計画の正体が明かされる。

 感想から言えば、大ネタは一読ポカーンとするようなあまりにも人を喰ったもので、確かにこれは瀬戸川氏の反応の通り、苦笑しつつも、こんな呆れた思い付きを形にした作者の着想と労力に、まずは感心するしかない。
 いや、この本が現在もし復刊されて多くの人に読まれたら、馬鹿にするな! と怒る読者も多数出るだろうな。Amazonで「バカミス」とレビューしていた人もいたが、正に言い得て妙な感じでもある(笑)。
 それでも小説の技巧そのものはなかなかうまく、各国でマクギャビンが遭遇する細かいエピソードを積み上げていく手際などは印象的(特にイスラエルでの美少女兵士バルバラや、日本の物理学者ナカムラ博士の挿話など)。総勢50人以上に及ぶ登場人物の描写も量感を高め、一冊のエンターテインメントとしての満腹感はそれなり以上に味わえる。最後の決着も余韻があって個人的には好みだ。
 機会があればまずは一読をお勧めする作品ではある。

No.11 7点 ペトロフ事件- 鮎川哲也 2016/05/25 20:34
(ネタバレなし)
 少し前の、今年のゴールデンウイーク中に読んだ作品のひとつ。大昔に購入してそのままにしておいた角川文庫版を手に取り、一念発起して読了。

 横溝(というか金田一もの)の『本陣』に相応するポジションの、鬼貫青年編。後続の代表作群とは微妙にキャラクターの違う若やいだ名探偵像がほほえましい。
 肝心のアリバイトリックは3人の容疑者の行動の軌跡、証言などのメモを取り、本文中の時刻表を睨みながら対応。とはいえ結局は最後には、ややこしくなってきた××××部分は、作者の叙述のままに読み進めてしまった(笑)。
 これはこれで当時としては考えられた鉄道トリックだったんだろうな…と思いながら終盤の展開に向かうと、あのどんでん返し! いや、作者が本当に初期の黎明期から、何をもってミステリのサプライズとするか、喜びとするか、それを十二分に心得ていたことがよくわかり、胸を打たれた。まさに栴檀は双葉より芳し、である。
 じっくりとロジックとトリック、伏線を組み上げながら、それだけで終わらせないミステリ作家としての心を持っていたことに重ねて感銘する。
 
 なお本作は、旅順や満州などの異国描写も短い紙幅のなかで詩情豊かに綴られ、その点も素晴らしい。一度読んだほかの鮎川作品もまた読んでみたくなった。

No.10 5点 夜行観覧車- 湊かなえ 2016/05/25 20:19
(ネタバレなし)
 少し前の、今年のゴールデンウイーク中に読んだ作品の一冊。

 ミステリというよりは、ミステリの要素と形態を導入したストレートノベルという感じの作品で、それはそれでいい。複数視点の話の進め方、錯綜的な人間関係の中から物語世界の実像が浮かび上がってくるあたりなど、十分に達者な作品だと思う。
 ただ最後まで読み進めて、ミステリとしてはもちろん、もう一歩、小説としてもはじけなかったのはちょっと残念。シムノンのノンシリーズものか、エリンの『断崖』みたいな手ごたえを残してくれるか、と期待した部分もちょっとだけあったんだけどね。
 終盤の描写の、ひとりの人間は悪人とも善人とも割り切れないよね、という作者の人間観(というか本書の中でのメッセージ)は悪くなかったけれど。

No.9 5点 マークスの山- 高村薫 2016/05/25 20:10
(ネタバレなし)
 少し前の、今年のゴールデンウイーク中に読んだ作品のひとつ。元版のハードカバー版は購入したまま、結局、新規改定された文庫版の方で読んだ。今回が初読であり、映画も観ていない。

 読む前の勝手な印象としては、強大な犯罪者VS個性豊かな刑事たち捜査チームの対決を主軸に描く警察小説かと思っていたが、これは微妙~相応に違った。小説の力点はもっと複数のポイントに分散し(警察内の組織論、過去の事件の真相と軌跡、事件関係者の複合的な相関など)、そのそれぞれが主張してくる。
 重厚感において読みごたえがあったのは間違いないが、終盤まで作者に振り回されて時間が経っていった、そんな感慨も生じる作品。

No.8 5点 みんなの怪盗ルパン- アンソロジー(国内編集者) 2016/05/25 17:43
(ネタバレなし)
 先の乱歩&少年探偵団シリーズへのトリビュート企画「みんなの少年探偵団」路線に続く、ポプラ社のジュブナイル企画もの。今回は、やはり世代人にはおなじみの南洋一郎版「怪盗ルパン」シリーズへの、オマージュアンソロジーである。

収録作品(すべて書下ろし)は以下の5編。
『最後の角逐』小林泰三
『青い猫目石』近藤史恵
『ありし日の少年ルパン』藤野恵美
『ルパンの正義』真山仁
『仏蘭西紳士』湊かなえ

個人的には巻頭の小林作品が、いきなりケレン味の効いた大技でニヤリとさせられた。だがAmazonでの某氏のレビューを読むとこれは(関連作品の)原典の設定にそぐわないものだそうで、それは残念。当時の欧州の<あの時>の暗黒街の状況に目を向けたアイデアは良かったと思うんだが。
あとの4本は近藤、藤野、真山がルブラン+南のルパンものの雰囲気を大事にした(と思える)作りでほっこり。湊作品はやや変化球だが、良い感じでトリビュートアンソロジーの幅を広げた感じで悪くはない。

いずれアンソロジーの2冊目、さらには先駆の「みんなの少年探偵団」に倣って、新世代の国内作家による書下ろしの長編なども出るかもしれない、と期待。成長したイジドールの話なんか読んでみたいわ。

No.7 6点 妄執の影- ウィリアム・アイリッシュ 2016/05/25 14:47
(ネタバレなし)
 ポケミス(世界探偵小説全集)から刊行された短編集で、翻訳は黒沼健。
 収録作品は表題作のほか「さらばニュー・ヨーク」「ガラスの目玉」「影絵」「義足をつけた犬」「爪」の6編。
 創元や晶文社などで読める作品も多く、すでにいくつかの作品は当然既読だったが、それらのものも歳月を経ての再読だったので、十分に楽しめた(初読だと思うのは標題作と「ガラスの~」「義足~」だと思うが、これらもすでに読んでいて忘れている可能性もある)。
 このところ不眠症ぎみだった(今はだいぶ改善)ので、こういう時にアイリッシュ(ウールリッチ)の短編集はとても良い。1~2本じっくり物語につき合わせてくれて、読了後の程よい充足感のなかで眠りにつくことができる。

 訳者の黒沼健は、言うまでもなく『幻の女』ポケミス元版の翻訳も担当(最初に邦訳された同作の「宝石」掲載版もこの人が担当)。さらには東宝怪獣映画『ラドン』『バラン』の原作(原案)の提供や秘境実話、怪異譚の著作でも有名な人物である。
 そんな所以ゆえからか、数年前に逝去した特撮研究家(香山滋の研究家でもある)の竹内博などは黒沼版『幻の女』を絶賛し、後続の新訳・稲葉明雄版『幻の女』をクソミソにけなしていた(記事の出典は特撮誌「宇宙船」の連載記事)。
 個人的には、名翻訳家だった稲葉明雄に対してよく言うわ、と苦笑するしかないが、まぁ今回、本書を読んでみて、黒沼健の翻訳に、時代を超えたある種の魅力があるのは、それはそれで改めてよく理解できた。当時としては翻訳文のなかで登場人物の口語などの演出も意識し、緩急の効いた和訳を心がけているのも感じられたし。

No.6 5点 飛ばなかった男- マーゴット・ベネット 2016/05/25 14:07
(ネタバレなし)
 英国からアイルランドに向けて離陸後、事故で消息を絶った小型飛行機には、4人の乗客が搭乗しているはずだった。だが離陸前の情報や証言を整理していくうちに、その4人の予定客=詩人のハリー、ブローカーのモーリス、心臓を患ったモルガン、映画館経営者のジョオのなかの「誰か」が飛行機に乗らなかったことが分かってくる。一体、その該当人物は誰か? そしてその者はなぜ姿を現さないのか? 別件の犯罪捜査のからみもあり、警察のルイス警部、ヤング部長刑事は、4人に関係があった宿泊施設「塔のある館」に事情調査に乗り込むが…。

 往年の名ミステリ叢書として知られる、旧クライム・クラブの姉妹編路線・現代推理小説全集の一冊。解説役だった植草甚一の高評もあって人気の高い絶版ミステリゆえ、満を持して読み始めた(本自体は大昔に入手していたのだが)。

 先にnukkamさんが書かれている通り「(犯人ではない)当該者を探せ」という大設定は、まんまマガーの諸作と同様ではある。それで本作の場合、まぁ創意といえば創意があってこの趣向自体は面白い。
 ただ中身の方は存外に地味というか退屈で、本文およそ250ページ(二段組)のうち、序盤を経たのちの5分の3ほどが、飛行機離陸前の時制の日常描写に費やされる。読むこちらとしては当然この描写のなかに、「誰がくだんの人物か」という伏線や手掛かりが忍ばされるんだろうな、と見当はつくものの、そういう前提ありきでこの部分を読み進めるのは、まず目的あっての作業の読書のようでどうにもかったるい。
 登場人物の立ち位置が明確でそれぞれのキャラクター付けがきちんとされており(「塔のある館」の主人チャールズや、その娘のヘスター&ブルーデンス姉妹なども含めて)、翻訳も旧刊にしてはとても読みやすかった、それらの点のは救いだったが。どうせなら、ルイス&ヤングコンビの方を、この中盤部分でももっと前面に出して、事件の謎にくいつく読者と同じ視点で物語を語っていけば、もうちょっとテンションもスピード感も高まったんじゃないかと思うんだけれど。

 それでも終盤の展開、事件の真相は、あぁこうきたか…という感じでちょっと感心。思いがけない方向からの意外性を見せつけるミステリ的な昂揚感は、それなりに味わえる。
 実際のところ、幻の名作とか、その刊行年の年間ベストとか、そういう激賞とは程遠い作品だとは思うけれど、万が一再刊されたら大きな期待をしなければ、現代の読者でもそれなりには楽しめるかもしれない。そういう一冊。
(そう言いながら、翌年にCWAゴールデンダガー賞を取ったという、この作者の未訳の作品が気になってきてもいる。論創あたりで出してくれないかな。)

No.5 5点 桜と富士と星の迷宮- 倉阪鬼一郎 2016/05/23 23:59
(ネタバレなし)作中での、相次ぐ不可思議な事象の謎…これらについては何となく大仕掛けが、かなり早めに読めました。(要は「×の××」みたいなものだわな。)

 ただし仕掛けの手数は多いので、それら全部を見破るのはほとんどの読者にも無理でしょう。
 肝心の大仕掛けについてはシンプルな言葉で言いきれちゃうとも思うので、ネタバレされちゃう前にさっさと読んだ方がいい一冊です。

 アイデアの盛り込みとそれらを効果的に見せる演出に傾注した作品で、紙幅的には一冊の半分が複数の謎の提示。残りの半分がそれらの謎の解明。このバランス感覚もぶっとんでいる。

 結論。こういうタイプのミステリがあってもいい(いや、ごくたまにあるのは好ましい)とは思うけど、一方で、出会うのがこういう内容ばっかでも困るなぁ、そんな作品でありました(笑)。

No.4 6点 カクテルパーティー- エリザベス・フェラーズ 2016/05/23 17:09
(ネタバレなし)ミス・マープル不在のセント・メアリー・ミードみたいな地方の村で、毒物による変死事件が発生。その現場にいた関係者、さらにはそれ以外の村の人々によって、事件の真実を巡る仮説が取り交わされるが…。

 登場人物を絞り込みながらもきっちりと明快に配置し、地味ながら緩やかに楽しめる英国ミステリ…と思いきや、終盤で物語が劇的にドライブ! 良い意味で予想を裏切られた。
 解説の横井司氏も書いている通り、××を随所に巧妙に組み込ませたプロットは良くできている。真相の大ネタは存外シンプルなものだがなかなか意表を突くものではあり、一読後、ある登場人物の行動についての叙述を改めて読み直すとニヤリ。
 ホームランではないけれど、ファンの記憶に残る絶妙な二塁打か三塁打という感じの一冊ですな。 

No.3 6点 二人のウィリング- ヘレン・マクロイ 2016/05/22 11:01
(ネタバレなし)ケレン味に富む導入部から始めていきなり毒殺事件が勃発。そのままニューヨーク市周辺の上流(一部中流?)家庭の面々の描き分けに進んでいく筆の流れは、実にうまい。リーダビリティは格別で、読書メモを取りながらも一晩で読み終えた。

 最後に判明する事件の真相(犯人の正体とその動機)はバカミス…とまでは言わないにしても、大ファールすれすれという印象もある。が、例によってマクロイらしい丹念な、終盤での伏線の回収ぶりが全体の評価を上げている。厚みも手ごろで読みやすい一冊だが、人によっては怒るミステリファンもいるかもしれない。

 ちなみにDr.渕上の翻訳はとても流麗だが、ひとつ気になったのは主要キャラのひとり、ツィンマー医師に対して、その肉親グレタを妹と訳して(日本訳の作中でそう設定して)あること。141ページ目でグレタは50過ぎ、192ページ目でツィンマーは46歳と記述があるんだから、グレタはツィンマーの姉だよね? 訳者もちくまの編集さんも気がつかなかったのかな。

No.2 5点 ミステリ・ウィークエンド- パーシヴァル・ワイルド 2016/05/21 14:31
(ネタバレなし) 表題の長編は、舞台設定、事件の不可思議な推移、登場人物の巧妙な配置など、作者のミステリ分野への愛情は実感する。ただし犯人あての謎解きミステリとしては、伏線となる描写が丁寧(悪く言えばシンプル)な分、すぐ真相の見当がつく。あとタイトルになっている宿泊施設「サリー・イン」での趣向「ミステリ・ウィークエンド」が具体的にどんなイベントなのか未詳なのはどうかなぁ。そこらへんも含めて、いかにも習作という印象も強い。

 併録の短編&ショートショート3本はいかにもおまけという感じだが『自由へ至る道』の、どことなくデイモン・ラニアンを思わせる内容は悪くなかった。

No.1 6点 奥の手の殺人- E・S・ガードナー 2016/05/20 17:30
(ネタバレなし)ガードナーが1937年に書いた長編で、全2冊のみに登場する冒険家青年テリイ・クレインのデビュー作です。
 最近ペリイ・メイスンの旧作TVシリーズがDVDボックス化される動きがあり、これに触発されて、久々にガードナーを読んでみようかなと思い、蔵書の中から手に取った一冊でした(素直にメイスンものに手を出さないのはナンですが~笑~)。

 7年ぶりに中国での冒険行から帰国したクレインが、古巣のサンフランシスコで殺人事件に遭遇。知己の人々や馴染みの中国人社会と関わりながら、殺人容疑をかけられたガールフレンドの窮地を救う、というのが大筋。
 殺人の特色は、中国人が用いる特殊な武器「竹鉄砲」(腕に装着する竹筒の中から、強力なバネ仕掛けで矢を撃ち出す)が凶器に使われたこと。ポケミスの裏表紙でもこの点を特に強調しており、凶器の謎そのものがポイントの作品かという印象もありますが、実際にはそれほど重きが置かれません(重要な小道具にはなりますが)。
 むしろ、クレインのガールフレンドである女流画家のレントン姉妹が描いた肖像画にからむアリバイの見せ方や、段々と判明してくる被害者周辺の悪人像などの方がミステリとして面白い。クレインとライバル的な関係になるベテラン刑事・マロイ警部の粘り強さも物語のテンションを随所で高め、全体のストーリーをテンポよく語っていくあたりはさすがガードナー、職人作家という感じです。
 犯人当ての謎解きミステリとしてはそれなり以上の面白さですが、本書の狙いはガードナー自身が序文で書いているとおり、中国人とその文化の深遠さと好ましさを語ることにもあり、その点は確かに印象的です(クレインのもうひとりのガールフレレンドである中国人娘スー・ハーの終盤の行動など)。
 D・B・ヒューズのガードナー伝を改めて読めば、当時のガードナーの中国への思いの丈なども理解が進むかもしれません。

キーワードから探す
人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2034件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(27)
カーター・ブラウン(20)
フレドリック・ブラウン(17)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
アガサ・クリスティー(15)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
F・W・クロフツ(11)
アンドリュウ・ガーヴ(11)