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[ ハードボイルド ]
ハイスクールの殺人
高校教師ベン・ゴードン
イヴァン・T・ロス 出版月: 1962年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1962年01月

No.1 7点 人並由真 2020/06/15 04:56
(ネタバレなし)
 1950年代末~60年代初頭のニューヨーク。「ぼく」ことベンジャミン(ベン)・ゴードンは「マーク・ホプキンス・ハイスクール」の英語教師として、様々な人種と階層の生徒たちにアメリカ市民として有為な英語を教えていた。だがその年の10月、ゴードンの教え子でプエルト・リコ系の少年ルイス・サントスが、拳銃を持って近所の食料品店に押し入り、逮捕されたという知らせが入る。ジャーナリスト志望のルイスは友人は少ないが、教師や学友たちからは一目置かれる秀才で、校内新聞の編集長。大学進学のための奨学制度にも認可されていて、日頃の素行からもこんな軽はずみな行為をするとは思えなかった。ゴードンは背後の事情を探ろうとするが、当のルイスは何かを隠し、一方で利己主義の校長ハーバート・アプルビーや警察の捜査陣は、いくら秀才といっても所詮は移民系なので、と不信の目を向ける。それでも半ば強引に調査を継続するゴードンだが、やがて彼の周囲で思わぬ惨事が。

 1960年のアメリカ作品。
 高校教師にして作者のレギュラーアマチュア探偵であるベン・ゴードンは、かの藤原宰太郎の「世界の名探偵50人」の後半パートの一角で紹介され、それゆえ評者の同世代のミステリファンと話をすると、意外にその存在を知っている人も一時期はいた。もちろん実作を読んでいる人間はさらに少ないが、それでもたまにそういう人に出会うとなぜか嬉しくなるような、そんな感じの妙にひと好きのするキャラクターなのだった。
 評者は大昔に先にシリーズ第二作『女子高校生への鎮魂曲(レクイエム)』を先に読み、相応に良かった、ベン・ゴードン、噂どおり素敵なキャラだったという印象があるが、かたや、なんせウン十年も前のことなので、ストーリー的にはほとんどもう何も覚えていない。(いや、印象的なシーンを、ひとつふたつ記憶してはいるか。)

 今回はじめて読んだ本作はシリーズ第一弾で、読み手のこちらはとっくに主人公ベン・ゴードン(朝鮮戦争から復員して教職の課程を終えて教師生活6年目というから20代の末~30歳くらい?)の年齢を越してしまったが、なんとなく高校のクラス会で旧友に再会するような気分でページをめくった。

 それで、しっかり検証した訳ではないが、本作が刊行されてから60年、高校教師のアマチュア探偵なんて、シリーズキャラクターだけに絞っても東西のミステリ界にいくらでもいるだろう。
 その意味では2020年の今日日ことさら掘り起こして喜ぶ文芸設定の探偵キャラクターでもないのだが、50年代末~60年代初頭の時代の空気込みで向き合うと、この時代ではちょっと新鮮なタイプのアマチュア探偵だったという感覚が改めて追体験できて、やっぱり心地よい。
(まあ、評者がこの時代のアメリカ作品をスキという前提はもちろんあるのだが。)
 ゴードンのキャラクターは、事なかれ主義や放任主義の外圧をうける中、彼なりの葛藤を感じながら、それでも不遇な生徒やその家庭を見捨てず、さらには不正に憤りを覚える正に古いタイプの熱血青年。この辺はいかにも60年代に照れずに語ることのできた理想主義という感じがしないでもない。
 ただし安月給に不満をもらしながら、スポーツカー(白いポルシェ)を取り回し、レアなレコード収集とハイファイステレオには散財する独身貴族でもある。キャラクターの個性を見せる記号的な設定という感じもあるが、50~60年代ハードボイルドミステリの趣味人志向に通じる趣もあって、個人的には微笑ましくて好ましい。校内で職場恋愛している彼女の美人カウンセラー、ルーシー・フェリスが朝鮮戦争での戦争未亡人(夫とは結婚後すぐ死別)というのも、いかにもこの時代っぽい。
 
 ミステリとしては秀才のルイス少年による強盗? 行為のホワイダニットが当初の興味になるが、さすがにこれだけで長編作品にはならないので、この事件に連鎖して殺人事件がまもなく発生。それと同時に、やはりこの時代のアメリカらしいある社会的な案件が次第に浮上してくる。この辺も当時のアメリカの国内事情を覗かせて、独特な手応えがある。
 ちなみにジャンル分類がしにくいタイプの長編だが(フーダニットのパスラーでもあるし、社会派ものともいえるし、広義の青春ミステリ……といっていいいかな)、本サイトで最初に登録された方(現在はこちらのサイトに不参加)は「ハードボイルド」に分類。評者は読んでいて途中まではこのカテゴライズに違和感を覚えたが、最後まで読み終えると相応に得心がいく。
 うん、終盤のベン・ゴードンの、そして本作の某メインキャラクターが選択した決着の道筋は正に(以下略)。
「それでも結局はアメリカベル・エポックの理想主義」と揶揄もされそうだけれど、いや、こーゆのが完全に忘れられた世の中も寂しかろう、とも思う(まだギリギリそこまでいってないとは思うけれど)。
 その意味では、最後にちょっと骨っぽい? ものを見せてもらっていい気分の一冊だった。

 評者にとっては再読になるが、ほとんど忘れている第二作『女子高校生への~』をそのうち読むのが楽しみ。ベン・ゴードンシリーズの第三作「Old Students Never Die(1962)」と第四作「Teacher’s Blood(1964)」がとうとう翻訳されなかったのが惜しまれる。

 あと原題の話題が出たところでさらに余談だけど、本作の原題は「Murder out of School」でホントーは「高校校外の殺人」なんだろうね? まあ作品のジャンルイメージ(学園ドラマミステリ)として、ストレートにこの邦題でよかったとは思うけれど。


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イヴァン・T・ロス
1962年01月
女子高校生への鎮魂曲
ハイスクールの殺人
平均:7.00 / 書評数:1