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[ 本格/新本格 ]
奇蹟の扉
大下宇陀児 出版月: 不明 平均: 6.00点 書評数: 1件

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ノーブランド品


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No.1 6点 おっさん 2024/03/12 18:40
芦辺拓が江戸川乱歩の中絶作を書き継ぎ、自作に再構築した『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』(2024)は、〝課題小説の回答〟の域を超えた、仕掛けと趣向に幻惑される、虚実皮膜の力作でしたが……
作品の出来に影響するような部分でないとはいえ、読んでいて、途中で「作者さあ、そういうとこだぞ」と思わされた箇所があります。
連載小説「悪霊」の執筆に行き詰った、作中の乱歩(!)が、過去に自身が名を連ねながら、代作『蠢く触手』でお茶を濁した、新潮社の〈新作探偵小説全集〉(昭和7年~8年)を想起するシーン。

「――甲賀三郎君はどこかの温泉場に立てこもって、題名が新聞見出しに流用されるまでになった評判作『姿なき怪盗』を書き上げるし、浜尾四郎君はヴァン・ダインに挑戦した『殺人鬼』をしのぐ傑作を書かねばと傍目にもわかるほど消耗したあげくに『鉄鎖殺人事件』という軽妙洒脱な快作をものにした。横溝正史君の『呪いの塔』も、編集者との兼業から作家一本の生活に乗り出そうとする門出にふさわしい力作であった」(引用終わり)

この部分を書くにあたって、作者が参照したのは、乱歩の『探偵小説四十年』の、昭和七年度の以下の記述でしょう。

「――甲賀三郎君は(略)一と月ほどどこかの温泉にとじこもって「姿なき怪盗」を書き上げたが、通俗的ながらもプロットがよく考えてあり、甲賀君の長編の代表作となったものである。又、この題名はなかなか魅力があったので、その後、新聞の犯罪記事の表題に、実に屡々「姿なき怪盗」という文字が使われた。(略)そのほか、浜尾四郎君の「鉄鎖殺人事件」がやはり力作で、「殺人鬼」とならび称せられる彼の代表作となったし、大下君の「奇跡の扉」横溝君の「呪いの塔」なども悪い出来ではなかった」(引用終わり)

大下宇陀児の名前と作品だけが、前掲の芦辺作品でハブられています。かりに作者が、個人的に『奇跡の扉』という作品をまったく評価していないのだとしても、あるいは、本格アンチの作家と見なして宇陀児のことを嫌っているのだとしても、乱歩視点で綴る文章に、作者自身の価値観を混入して余計なフィルターをかけてしまうのは、ヨクナイと思うのですよ。
ちなみに、不肖おっさんのフィルターをかけてよければ、乱歩にはこんなふうにコメントさせましょうか。

「――大下宇陀児君の『奇跡の扉』は、『蛭川博士』ほどトリッキーな要素は目立たないものの、英米型の理知探偵小説を踏まえながら、理と情の対立を描いた作で、どこかベントリーの『トレント最後の事件』などを思わせる力作だった」

で、そんな『奇跡の扉』(1932)はというと……

酒場で知り合った美貌のモデルに入れ込み、スピード結婚した画家は、一緒に暮らすうち彼女の言動に不審を抱き始め、邸を訪れた画家仲間を紹介された彼女が、初対面のはずの相手に接し激しく動揺するのを見て、不審は決定的なものになる。その夜、邸内に響きわたる銃声。寝室で死んでいる新妻のかたわらに落ちていた拳銃。その死は自殺か他殺か――

という感じの導入で、警察が介入する流れになりますが、捜査に納得のいかない事件関係者の一人が探偵役となり、紆余曲折ありながらも、仕組まれたトリックを見破り真相に迫っていきます。メロドラマ色が強いとはいえ、後年、ポスト黄金時代ふうの〝犯罪小説〟を先導した存在として評価される、大下宇陀児の作品のなかでは、きわめてまっとうな〝本格〟っぽいお話です。
ただ残念ながら、作中トリックの処理はイージーだし、アンフェアな記述もある。そのへんは弁護できません。
しかし、「英米型の理知探偵小説を踏まえ」ることで可能になる、〝本格〟批判の物語、一種のパロディとしては、現在読んでもなお新鮮です。
私情から、〝アマチュア探偵〟として真相究明に乗り出していていく青年は、周囲から疎まれたあげく、ついにクライマックスでかく評されるに到ります。

「私は新一君をよく知っている。そしていつも気の毒な人だと思っている、あの人は非常に頭がいい。そして、その、頭がいいという点で、一生涯他人から好まれないのだ。新一君のお父さんは、あの通りの良い人だ。その子供である新一君が、どうしてあんなに他人から白眼視されるのか、そのわけは、新一君の理智が、人柄をすっかり冷たくしてしまったからだ。(略)非常に強いような顔をしていても、世の中には、たいへん淋しい人がいる。新一君は、きっとその一人だろうと思う」(引用終わり)

そんな、シリアスすぎるお話は、最後に主要キャラクターが退場したあと、モブキャラ二人の、軽くて明るいやりとりで締めくくられ、読者も緊張感から解放されます。
エンターテイナーとしての宇陀児は、やはり非凡です。ときどきタイトルがピンボケなのは、ご愛嬌(〝奇跡の扉〟って、結局、何だったんだあwww)。


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