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[ 短編集(分類不能) ]
ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集
デ・ヒルシュ男爵もの、オリヴァー・ベインズ警部補もの ほか
ロバート・アーサー 出版月: 2023年07月 平均: 8.00点 書評数: 2件

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扶桑社
2023年07月

No.2 8点 人並由真 2023/08/30 05:08
(ネタバレなし)
 いまどき、こんな一冊が出るなんて! 扶桑社の発掘路線、ステキー! 小林さん、エライ!! というところで、各編の寸評。

①マニング氏の金の木
……良い意味で、フツーの「ヒッチコック劇場」の一編という感じ。

②極悪と老嬢
……これも「ヒッチコック劇場」っぽいが、こっちは「ちょっと変わった話だった、面白いけど」と視聴後に、視聴者から言われそうな内容。

③真夜中の訪問者
……実質、ショートショートというか……。オチに気を使い過ぎて、最後は、ああ、そう、という感慨を抱いて終わる。

④天からの一撃
……お子様向けの推理クイズだな。こんなのムリでしょ!? そう思って読むなら、それはそれで楽しいか。

⑤ガラスの橋
……久々に再読したが、やはり名作。犯行時のとんでもないビジュアルイメージが、(中略)ながら、どこか美しい。

⑥住所変更
……著名な、海外短編ミステリアンソロジーの、あの話を思い出した。これも「ヒッチコック劇場」系。

⑦消えた乗客
……主人公3人のキャラは良いが、不可能犯罪の短編ミステリとしては、いささかこなれの悪い出来。

⑧非情な男
……これも長めのショートショートというか、アメリカのミステリ落語かも。

⑨一つの足跡の冒険
……多重的かつ多様な仕掛けで、なかなか面白かった。真犯人の犯行時のイメージは、想像するとかなり凄まじいものがある。

⑩三匹の盲(めしい)ネズミの謎
……唯一のジュブナイル編だそうだが、サービス精神は最後まで旺盛で結構、楽しめる。レア切手マニアの富豪とのやりとりが楽しい。

 実質7点。ただし翻訳紹介企画の素晴らしさに感動して1点オマケ。次はC・B・ギルフォード辺りの短編集とか出ないかな。

No.1 8点 おっさん 2023/07/18 19:20
嬉しいな、アーサーの自選アンソロジー Mystery and More Mystery (1966) が、まるごと訳されるとは。ホント、長生きはするものだと、しみじみ思わされました。訳者(小林晋)と担当編集者(扶桑社ミステリー)には、ただただ感謝。
ちょっと前に、同じタッグによる、ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル作『禁じられた館』を絶賛しているので、おっさん偏向してね? と勘操る向きもあるかな。でも、素直な気持ちです。

あの都筑道夫に、自作「天狗起し」の創作裏話を綴った、「死体を無事に消すまで」という、無類に面白いエッセイ(晶文社の同題の評論集(1973)に収録)があり、そのなかで紹介されているのを読んでから、ずっと心に刻まれていたタイトルなのです。
都筑氏曰く――「(……)自作の楽屋ばなしを書きませんか、といわれたとき、私は Mystery and More Mystery を思いだした。この本の末尾には、集録した短編のいくつかを例に、作家は推理小説のトリックをどういうふうに思いつくか、具体的に書いたエッセイがのっている。それが私には、たいへんおもしろかった」。
ね、読みたくなるでしょ?

収録内容は以下の通り。

 著者序文
 ①マニング氏の金の木
 ②極悪と老嬢
 ③真夜中の訪問者
 ④天からの一撃
 ⑤ガラスの橋
 ⑥住所変更
 ⑦消えた乗客
 ⑧非情な男
 ⑨一つの足跡の冒険
 ⑩三匹の盲(めしい)ネズミの謎
 本書収録作品について

森英俊・編著『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』で、ロバート・アーサーは、50音順の作家配列のおかげで、いの一番に取り上げられています。
ただ、そこから、ショート・パズラーのエキスパート的作家、たとえばエドワード・D・ホックの先輩格のような存在をイメージしてしまうと、それはちょっと違うな、と。今回、本書を通読することで、認識を新たにしました。
2013年から14年にかけて、扶桑社ミステリーから、《予期せぬ結末》という、海外作家の個人短篇集のシリーズ(井上雅彦・編)が出ていました。
残念ながら、3冊(『予期せぬ結末1 ミッドナイト・ブルー』ジョン・コリア、『同2 トロイメライ』チャールズ・ボーモント、『同3 ハリウッドの恐怖 ロバート・ブロック』)で終了してしまいましたが、筆者はこれが大好きで、《異色作家短篇集》再び、という気分で愛読していました。
ロバート・アーサーも、基本、そっち側の作家だと思うのですよね。だから本書は、かりに『予期せぬ結末4 ガラスの橋』として出版されたとしても、まったく違和感のない内容になっています。
ただ、いわゆる“異色作家”たちが、謎解き型のミステリにほとんど関心を向けないか、手を染めても本来の実力を発揮できていないのに対し、アーサーは、その形式をよく理解し、加えて、狭義のミステリ・マニアを喜ばせるすべも体得している(非パズラーではありますが、ミステリ好きの老嬢が、ミステリの読書体験を武器に悪漢を出し抜く②「極悪と老嬢」などは、その典型)、それがこの人の最大の強みでしょう。
“雪の密室”からの女性消失を描いた、オールタイム・ベスト級の表題作⑤(本書未収録の「51番目の密室」と並ぶ、アーサーの代表作)を別格とすれば――
 ①マニング氏の金の木、⑥住所変更、⑧非情な男
と、これが“私のベスト3”かな。余計なコメントは不要。“異色作家”たるアーサーの実力、とくと御覧じろ。

そして――バラエティに富んだ本書の興味を、倍増してくれるのが、くだんの、作者自身の手になる「本書収録作品について」です。
原書の Mystery and More Mystery が児童書として出版された(!)事情を訝しんでいたのですが、創作を志す若い芽を伸ばそうというアーサーの意図が汲みとれるようで、この裏話エッセイはとてもイイ。
「ガラスの橋」のファンタスティックなトリックは、作者の少年時代の、ふたつの別々な体験が結びついたものなんですね。「でも」と、雪国育ちの筆者のなかの、リアリストが囁きます。「アレとソレは等価じゃないよね」。「ん、何が言いたい?」。「つまりさ――アレでこうはならんやろ」。「(一瞬の沈黙ののち)なっとるやろがい!」。そう、理性が何と囁こうが、作品のクライマックスで現出する、あの鮮烈なイメージは、筆者のなかで終生、消えることは無いのです。『本陣殺人事件』がそうであるように、『斜め屋敷の犯罪』がそうであるように……。

本書が呼び水になって、ロバート・アーサーのさらなる紹介が続くことを、願ってやみません。


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