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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ]
半七捕物帳 巻の一
岡本綺堂 出版月: 2001年11月 平均: 8.50点 書評数: 2件

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光文社
2001年11月

No.2 8点 おっさん 2021/02/10 12:37
しばらくご無沙汰しているうちに、サイトが一新されていて、浦島太郎になった気分のおっさんですが――ともかく生存報告をば。

学生時代に買い揃えながら、通読していなかった『半七捕物帳』全六巻(旺文社文庫版 1977)を消化していこうということで、年末年始には、まず一巻目を読んでいました。
収録作は以下の通り。初出誌は、特記なきものは博文館の『文藝倶楽部』です。
                       
 ①お文の魂(1917-1)                 
 ②石燈籠(1917-2)
 ③勘平の死(1917-3)
 ④湯屋の二階(1917-4)
 ⑤お化け師匠(1917-5)
 ⑥半鐘の怪(原題「半鐘の音」1917-6)
 ⑦奥女中(1917-7)
 ⑧帯取りの池(原題「帯取の池」1918-1)
 ⑨春の雪解(1918-2)
 ⑩広重と河獺(「河獺」 『娯楽世界』1918-9 「広重の絵」 『婦女界』1920-1)
 ⑪朝顔屋敷(1918-3)
 ⑫猫騒動(原題「猫婆」1918-5)
 ⑬弁天娘(『講談倶楽部』1923-6)
 ⑭山祝いの夜(原題「山祝い」 『探偵雑誌』1918-3)

⑩は、別々に発表したふたつの掌編を、あとから作者が再構成したものになります。
ちなみに①~⑦までの、シリーズ最初の連載をまとめた単行本『半七捕物帳』(平和出版社)が刊行されたのは、1917(大正6)年。イギリスでコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』が出た年です。随筆「半七捕物帳の思ひ出」のなかで、原書でまとめ読みしたホームズ譚にインスパイアされたことを記している綺堂ですが、時代背景を過去に設定し江戸の面影を再現する手法は、作中年代を十年前に戻すことでノスタルジアを喚起した、『シャーロック・ホームズの帰還』(1905)の応用・発展だったのかもしれません。
百年の昔を舞台にして探偵小説を描くという試みでは、先輩格として、1911年からアンクル・アブナーものの短編を書き継いでいた、アメリカのM・D・ポーストの存在があります。しかし作品集 Uncle Abner ─Master of Mysteries─(邦訳題名『アンクル・アブナーの叡智』)が出版されるのは1918年のことですから、さすがに原語で英米の探偵小説が読めた綺堂とはいえ、その存在を知るまでにはいたらなかったでしょう。
余談ながら、江戸川乱歩(「二銭銅貨」で『新青年』にデビューを飾ったのは1923(大正12)年)には、「アメリカの半七捕物帳」としてアブナーものを紹介した文章があり、『続・幻影城』所収の「英米短篇小説吟味」で読むことができます。それを読むと乱歩は、時代小説として「半七」を愛しながらも、探偵小説的観点からは買っていなかったことが、よく分かりますw
まあ、ぶっちゃけ学生時代の筆者も似たようなものでしたww
都筑道夫は、半七を賞賛し「新しいものに向けられた綺堂のすぐれた鑑賞眼が、デテクティヴ・ストーリイのルールとテクニックを完全に読みとって、自分のものにしているのだ」(三一書房版〈久生十蘭全集〉第5巻『顎十郎捕物帳』解説)と述べていますが、ホームズの時代、作中の謎を、読者に示された手掛かりにもとづいて探偵役に解決させるといった、フェアプレイの原則は確立されていません。
なので、半七に関して「だから、捕物帳は出発点では、純粋に推理小説だった、といえるだろう」(同前)とするときの、「推理小説」という表現は、誤解を招きやすい。のちにゲーム的な本格ミステリとともに隆盛していく私立探偵小説、やがて勃興する、公立探偵小説ともいうべき警察小説を包含する、広い意味での、謎と解明の物語を「デテクティヴ・ストーリイ」と考えて、それらもろもろのモダンな芽を、すでに半七の連作は持っていた、と見るのが妥当なのではないか――と、これは今回の読書を通して強く感じたことでした。

あらためて筆者がいうまでもなく、犯罪の舞台となる、江戸末期という“異世界”は、いきいきと描かれています。明治生まれの綺堂のリサーチ能力と、材料を選択し再構築する作家としての力量。ストーリー運びの緩急とキャラクターのスケッチ(その世界に生きるキャラの精神・感性が現代人と違うことの明解さ)。そして――簡潔にして古びていない文章。
都筑道夫には批判的なことも書きましたが、前掲の解説にある「やはり、シアロック・ホームズ物語が、息が長いのと同じ理由で、『半七捕物帳』もすたらない、と見るべきだろう」という結論的部分には、うん、そうだよねえ、と同意します。「シアロック・ホームズ」を「フィリップ・マーロウ」や「メグレ警視」に置き換えても、可ですけどww

断っておきますが、本書の場合、決して収録作が傑作揃いというわけではありません。
「広重と河獺」の広重パートの、旗本屋敷の屋根の上に少女の死体が出現する、といった島田荘司ばりの魅力的な謎の、解決の脱力さ加減はやっぱりヒドイと思うwww
それでも、そうした凡作は混じっていても、連作の強みである、作品の積み重ねの面白さ、対応の妙が味わえますから、これはやはり、何か代表作をひとつ、アンソロジーで読む、という読みかたよりは、全部読んだほうがいい。
それでももし、ひとつだけアンソロジーに採るとしたら、二話めの「石燈籠」かな。プロローグ的役割を果たす「お文の魂」のあと、ここでシリーズのフォーマットが確立し、“捕物帳”の定義や半七のプライベート・ヒストリーも語られますし、謎解き興味と人情噺のバランスもいい。
集中のベストは、おそらく、綺堂の怪奇趣味が幕切れでもっとも効果的に発揮される、ホワットダニットの「春の雪解」――都筑道夫もイチオシの作――でしょうが、ただ、これだけ読んでもなあ、というところはある。
個人的なお気に入りということなら、綺堂がドイルだけでなく、きちんと“エドガー・アラン・ポーを読んだ男”であることが分かる「半鐘の怪」ですね。焼き直しにとどまらない工夫の部分に、モダーン・ディテクティヴ・ストーリイの萌芽がありますし、何より結びが絶妙で、笑いがこぼれます。いいなあ、こういうの。

すみません、ひさしぶりの投稿で夢中になって、ついつい長くなってしまいました。でも……
最後にひとつだけ。
じつは本書(厳密には、この①~⑭まで収録の旺文社文庫版をベースに再刊された、光文社文庫時代小説文庫版の第一巻)は2007年にハワイ大学出版会から英訳が出ています。タイトルはThe Curious Casebook of Inspector Hanshichi: Detective Stories of Old Edo。じつに喜ばしいことですが、しかし、奉行所が公認しているとはいえ、あくまで民間の探偵である“岡っ引”の訳語は、Inspectorでいいのかしらん。

No.1 9点 クリスティ再読 2020/09/01 23:30
「半七捕物帳」のタイトルで登録はすでにありますが、評者本当に大好きなシリーズで、現行本の光文社文庫版全6巻の各巻についても、ぜひぜひ書きたいと思うようになりました。反則かもしれませんが、1巻全14編について独立項目として取り上げさせてもらいます。弁解するとすでに書評済みの「半七捕物帳」は講談社大衆文学館の...ということにでもさせてください。
各巻は番外編の中編「白蝶怪」を除いて執筆順で収録されているようなので、「巻の一」は半七初登場から初期の大正6~7年発表の初期作品になる。もちろん江戸川乱歩だってデビュー前だ。
最初の「お文の魂」は導入みたいなもので、「わたし」が直接半七老人と知り合う前に半七の活躍を「わたし」の叔父から聞かせてもらった話だ。最初から怪談の合理的解決になっているのが、怪談仕立ての多い半七らしいといえば、らしい。
「石灯籠」からは半七老人から直接「わたし」が思い出話を聞きだす体裁。半七捕物帳の大部分は半七の手柄話だが、中には半七が聞いた話をそのまま語るものもあって、事件の背景も文化文政から慶応年間まで、土地柄も江戸だけではなくて、奥州の城下町の話もあれば、下総の田舎、あるいは「山祝いの夜」のように半七が小田原に出張して出くわした事件もある。岡っ引きだから町人の事件が本職だけども、半七はその腕を見込まれて、内密に武家や寺社の事件を調べることもあり...と、バラエティが実に豊かで、しかもそれぞれのリアリティが半端なくリアルな「江戸」を体験できるのが信じられないほどである。
まあ、どの話も落ち着いた雰囲気で、デテールの描写に「江戸時代ってこんな生活だったんだ」と驚かせるような時代風俗の面白さがあり、しかもそれがミステリの軸になっていることも多い。しかもそれが考証知識、というようなものではなくて、生活実感として追体験しているようにすら感じさるわけで「江戸に浸る」のと同時に「江戸の謎」を半七の眼に導かれて解き明かす、ミステリの面白さもたしかに実感できる。
そういう意味で評者お気に入り、というと1巻だと「朝顔屋敷」かなあ。大身旗本の子息が御茶ノ水の聖堂で毎年行われる「素読吟味」を受けにいく途中で失踪した事件を、半七が特に同心に頼まれて解決した話だ。武士の子供がその勉強ぶりを公的に試験される、というのが何より面白いことであるし、子供たちながらに御家人の子供の「烏賊組」と大身旗本の子供の「章魚組」が対立する、なんて世知辛い事情が背景にあって...と、考証知識だけでは思いつくわけがないような、江戸の生活の肌触りに基づいた「謎」なのだ。
あるいは「春の雪解」。按摩がお得意先ながら「ぞっとする」、入谷田圃の廓の寮。歌舞伎の河内山にある直侍と三千歳の逢引の話を下敷きに、隠された陰惨な殺人を半七が嗅ぎつける。按摩と蕎麦を食べるのが歌舞伎の通り。怪異はあるが、ミステリの邪魔にならずに、非合理と隣り合わせに生活する江戸人のリアルを強く印象付けることになる。
「湯屋の二階」となると、武士でもとんだ腰抜け侍で、おどろおどろしいのも単に馬鹿馬鹿しい思い違いだったりする...変なユーモアがあるのだが、こんなダメな侍もいるもんだ、というのが面白いところ。
と、いわゆる「捕物帳」が実際にはコスプレで、「侍ならステロタイプな侍」だし「町人なら町人のステロタイプ」で、それから外れたら「らしくなくなる」のに対して、綺堂のリアリティは「ステロタイプから外れても、そんな奴もいそうだ...」と思わせる説得力があるわけである。そこにユーモア感が出るのだから、「江戸のリアル」のレベルが違う、としか言いようがない。
どれもこれも、読めば読むほどに「江戸のリアル」に没入し、「江戸ならではの謎」を「江戸の論理」で解明するのが楽しくなる。真の「スルメ本」の部類である。


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