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[ 警察小説 ]
ギデオン警視と部下たち
ギデオン警視シリーズ
J・J・マリック 出版月: 1961年01月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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No.1 8点 人並由真 2019/02/19 03:13
(ネタバレなし)
 大蔵省をバックとする内務省からの指示で、スコットランド・ヤードは予算と人員の見直しを大幅に強いられる事になった。しかし実際の刑事部の捜査現場はすでにカツカツの体制で、捜査部長ジョージ・ギデオン警視は、むしろ100人単位の捜査員の増員と数十パーセントの捜査費の増加を必要としていた。そんな中、警視庁がかねてよりマークしていた犯罪者「うすのろ」ミッキィのもとに向かったギデオン腹心の部下シド・テイラー刑事が、相手一味の罠に嵌って重傷を負った。限られた刑事部の人員で複数の犯罪を追う現状の中、本来は二人で向かうべき現場にやむなくテイラーが単身で赴かざるを得なかった結果だった。官僚として英国政府の顔色を窺う警視総監レジナルド・スコット=マールに対してギデオンはヤードの全捜査員を代表して不満を訴えるが、それは下手をすればギデオン当人の失職か左遷にも繋がりかねない際どい行為だった。そんなギデオンと部下・仲間たちの苦闘のなか、海岸の街では憎むべき幼女連続殺人事件が続発。さらにヤードの捜査陣が手薄だと認めた別のプロ犯罪者たちもわざと混乱を引き起こして警察を攪乱し、計画的な悪事を進めるが……。

 1959年のイギリス作品。モジュラー派警察小説の先駆として名高い、ギデオン警視シリーズの第五作。
 評者が本シリーズを読むのはまだ二冊目だが、今回は予期した以上に、本当に面白かった。
 その年の英国の財政上の方針からスコットランド・ヤードに過剰なプレッシャーがかかり、そのこともあって組織の内外にあれやこれやの軋轢が生じ合う中、並行する複数の事件に対峙するギデオンをはじめとするヤード(と所轄と地方警察の)捜査陣総勢の苦闘と団結が熱い筆致で描かれる。
 特に、重傷を負わされた部下テイラーがこのまま死ねば人員・予算増加の必要を次の会議で主張しやすくなるとギデオンの心に一瞬だけ悪魔の考えが芽生え、次の瞬間それは人間として恥ずかしい思いだと自己嫌悪に陥る彼の内面描写など、ため息の出るような感じで読まされる(ギデオンの思考は一見、あまりに非人道的だが、現在の彼とヤードはそこまで追い詰められている最大級の苦境なのだ! そのように思いを寄せるなら、ギリギリの所で自分の弱さを自ら恥じるギデオンのキャラクターが実に好ましい、涙ぐましい)。
 慣れない腹芸を試みながら警視総監と渡り合おうとするギデオンの苦闘そのものも緊張感に満ちているが、彼を内助の功で支える妻ケイト、総監と内務省に声をあげるギデオンの無謀ともいえる訴えを英雄視する子供たちや若手警官たち(ギデオン当人は自分をヒーロー扱いされることなど特に望んでもいないのだが)、さらにはテイラー刑事の敵討ち! とミッキィ逮捕のため危険な任務に志願する警官たち……それぞれの描写も味わい深い。ギデオンと反りの合わない中堅刑事のトマス・リデル主任警部の扱いにもニヤリとした。
 そんな起伏豊かな群像劇に加えて、ほぼ同時に並行して進行する三つ四つの事件の進展と決着も立体感のある筋運びを披露。特にそのなかのある事件と別の事件の関係性(ネタバレ回避のため詳述はしないが)がかなり巧妙に配列されている。うん、これはまぎれもない傑作。

 それでちょっとここで、評者の思い出話になるが、以前に作者マリックは1950~60年代に来日し、日本版EQMM(現在のミステリマガジン)の歓迎・座談会記事に出席したことがあった(もちろん評者はずっとのちに、古書店で購入したバックナンバーでこの記事を読んだのだが)。
 その座談会の場でマリックは同じ多作家のシムノンをライバル視したらしく、列席した都筑道夫を相手に「シムノンは私より著作の冊数は多いが、一冊一冊の紙幅は薄い」という主旨の諧謔を語った。この発言に対してムッとなったシムノンファンの都筑は、自分がまとめた座談会記事の地の文中で「しかしあなた(マリック)は一冊一冊をシムノンほど苦しんで書いてはいないだろうと、その場で言い返したかったが、とりあえずやめておいた」と憤慨の念を書いていた。評者自身も当時からメグレファンの末端にいたつもりだし、これは都筑の勝ち、とその記事を読んだ時は思い、同時に軽口めいた物言いをしたマリックにちょっとだけ悪印象を覚えたものだった。
(まあ、さすがに21世紀の今になっては、しばらく前にシリーズの最初の一冊『ギデオンの一日』を読んで普通に面白かったくらいに、その辺の反感の念はさすがに希薄化していたのだが。)
 ただ今回、本書を読んで、ここで初めて目からウロコが落ちたというか、やっぱりマリックはマリックでスゴイ作家だったのだ! と改めて実感した。結局、作家は作品でものを言い、読者はその実績や良し悪しをそれぞれの目で各自なりに受け止めるべきなのである。

 ギデオンシリーズは初期8冊までの翻訳があり、当然評者の場合はあと6冊の未読編があるワケだが、本書以上に面白い、読み応えのある作品がなくても仕方がない、渾身の一作がコレ(本作『~部下たち』)だったとしても無条件で納得する、とまで現状では思っているくらいである(もちろんその予断が裏切られるなら、ソレはソレで幸福なワケだが)。
 この作品はそれくらい良かった。9点でもいいかな。


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J・J・マリック
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