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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
狼殺し
ケネス・オーブリー
クレイグ・トーマス 出版月: 1979年07月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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パシフィカ
1979年07月

河出書房新社
1986年02月

No.1 7点 人並由真 2018/06/18 12:17
(ネタバレなし)
 1944年、ナチス制圧下のパリ。同地では連合国陣営の支援を受けた多数のレジスタンスが活動していたが、そのなかの一つに功績を重ねる共産主義者の集団「ロル部隊」があった。そんな彼らがいずれ戦後のフランスの行政内で邪魔になると考えた連合国側のタカ派「ウルフ・グループ」は、ロル部隊をわざとゲシュタポに逮捕させる。さらに嫌疑の信憑性を高めるため、英国人のレジスタンス集団「トロイ・グループ」からもロル部隊の協力者を逮捕させることになり、そのスケープゴートに選ばれたのは同グループのリーダー「アキレス」こと青年リチャード・ガードナーだった。強制収容所に移送される途中、決死の逃亡を成功させたガードナーは苦難の果てにパリに戻るが、そこで彼を待っていたのはさらなる仲間たちの裏切りであった。やがて終戦を経た1963年、かつての苦難の記憶を封じ込め、フランスの一角で事務弁護士として妻子とともに平穏な生活を営んでいたガードナーは、ある日、あることを契機に、心の奥に燻っていた怨念を一気に開放。かつて自分を窮地に陥れた黒幕を探す復讐行を突き進む。だがガードナーの戦いの裏には、何者かの何らかの思惑が蠢いていた。

 パシフィカでの元版の刊行当時、北上次郎が絶賛したことで有名な活劇スパイ小説。以前から読もう読もうと思っていた作品の一つだが、やっと読了。とりあえずの率直な感想は「ああ、こういう作品だったのね」である(笑)。
 まず思うのは、普通、こういう設定の作品なら、19年もの間、安穏な生活のなかで自分の秘めた憎悪の念をごまかしていたガードナーの内省をしっかり描き込み、その反動から中年(1963年時点で現在42歳)になって戦士として再び覚醒する彼の心の高揚をうたいあげれば良さそうなものだが、作者トーマスの筆致はその面では意外に淡泊。
 だから読者視線では「なんでこの主人公、以前の恨みを時間のなかに自然消滅させなかったんだろう……」とも思ってしまう。この辺はかなりきわどい。もうこの時点で本作を不自然だ、主人公の原動の説得力に欠けていてつまらないと思う人は、見限ってしまうだろう。
 またガードナーが今回の復讐のために立ちあがる契機も、たとえばこのタイミングで1944年当時に殺害された肉親や恋人の死の真実を知った~それで怒る、といったわかりやすいものでなく、あっさりといえばかなりあっさり。よく言えば抑制された筋運びだが、まあ、なんというか、意図的にわかりやすいドラマチックな活劇を避け、別のテンションで勝負しようとしている感がある。そう思って頭を切り替えると、本作の楽しみどころがなんとなくわかってくる。
 名前の出てくる登場人物もメモを取ると端役も含めて70~80人に及び、物語半ばからの視点を切り替えながら、ガードナーの背後にひそむ謀略が徐々に露わになる。その一方で表面のドラマとしてはガードナーの黒幕に迫っていく復讐行が流れるように進んでいく。この潤滑感はそれなりの快感である。
 実は謀略自体の実態は、驚愕ということもなく、ああ、そういうことなんでしょうね、という感じのものだが、確かに、ややこしくなった戦後の当時の国際政治の影を意識させ、その意味で感慨深い。
 終盤、SISの部長ケネス・オーブリー(この人はトーマスのレギュラーキャラクターらしい)とガードナーのやりとりとそれ以降の展開にはハッとなったが、結局ガードナーはあまりにも(中略)だったわけで、その辺のアイロニーこそこの作品の核だろう。
 優秀作、傑作と騒ぎ立てるまでのこともないが、スパイ小説のひとつの作法としてエスピオナージュファンなら一度は読んでおいた方がよい佳作~秀作。評点は0.2点くらいオマケしてこの点数。

■今回は1986年に刊行の河出文庫版で読んだが、訳者あとがきでちょっとネタバレをしている。その点、これから読む人は気をつけてください。


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クレイグ・トーマス
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