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[ クライム/倒叙 ]
贋作
トーマス・P・リプリー
パトリシア・ハイスミス 出版月: 1993年09月 平均: 7.50点 書評数: 2件

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河出書房新社
1993年09月

河出書房新社
2016年05月

No.2 8点 tider-tiger 2023/03/26 01:10
~「ダーワットの贋作を掴まされた。色気ちがい、じゃなかった、色違いじゃないか!」
天才画家ダーワットの個展開催に合わせるように蒐集家の一人が騒ぎはじめた。芸術家の作品は芸術家の人生とセットで愛される。天才画家ダーワットには贋作どころの騒ぎではない秘密があったので、関係者たちは戦々恐々である。この件に自身も一枚噛んでいたトム・リプリーは性懲りもなく……ろくでもないことを繰り返すのであった。

1970年アメリカ。「おまえはまたそんなことをやっているのか」と呆れつつも笑ってしまいます。『リプリー(太陽がいっぱい)』の続編で、エンタメとしては前作よりも面白くわかりやすい。前作を「どのように読めばよいのかよくわからない」と感じた方も、本作を読めばこのシリーズの楽しみ方がはっきりわかると思います。自分に合うかどうかも。リプリーシリーズの二作目以降はやや軽んじられているような気がするのですが、お楽しみはこれからです。

雑な部分が多々あるも、土壌豊かで深読み可能な作品です。
半年ほど前にジョン・D・マック『夜の終わり』を書評した際に「殺人に至るまでの描写が素晴らしい」としましたが、本作も同じく。
また、前作の被害者ディッキー・グリーンリーフが非常に効果的に使われております。
この人の作品はミステリ的にとても素晴らしいアイデアを披露しておきながら、それらを必ずしもミステリ的な方向に深めてはいかなかったりして肩透かしと感じる方もいらしゃいましょうが、アイデアの扱い方もまた独創的。とても『Talented』な作家だと思います。

前作では見たこともない模型や図面をさも見たことがあるかのように装って、さらには本当にそれら模型や図面を頭に思い描いてしまったトム・リプリー。今回もその才能を発揮したが故に窮地に陥ります。
場当たり的な行動でドツボに嵌るあたりはまるで成長しておりません。巧妙な犯罪、それを解き明かす手腕を楽しむ作品ではないのです。巧妙ではないからハラハラドキドキなわけなのです。善とか悪とは関係のない、人間的な愛嬌がトム・リプリーにはあります。
相手の言葉に心の中でいちいちツッコミを入れるリプリー(先日書評した『汽車を見送る男』の主人公ポピンガもそういう愛嬌がありました)。
「なんでおれがここまでやらなきゃいけないんだ」ぼやくリプリー。
独創的といおうか、特異なキャラクターではありますが、ある意味では普通の、あまりにも人間的な人間です。すなわち、どんな人でも善を為すこともあれば悪を為すこともあると。
普遍的でありながら独創的でもあるリプリーは文学史に残すべきキャラクターではないでしょうか。
ついでに、トム・リプリーの奥さんの造型もいい!

※パトリシア・ハイスミスはいちおうアメリカ人なので自分は初出アメリカとしておりますが、前作、本作ともに英国でも同時に出版されております。自分の認識に問題あるようでしたら御指摘いただけるとありがたいです。

No.1 7点 人並由真 2017/05/20 03:52
(ネタバレなし)
 6年前になりゆきから友人の御曹司ディッキー・グリーンリーフを殺害し、その財産を手中に納める完全犯罪を為した青年トム(トーマス)・P・リップリー(リプリー)。31歳になった彼は新妻エロイーズとともに、フランスの片田舎で有閑生活を営んでいた。トムの今の収入源の一つは、異才の画家フィリップ・ダーワットの絵画を売買し、また彼が監修役を務める美術機関「ダーワット画廊」によるものだが、実は数年前に当のダーワットは溺死しており、その事実を隠したトムと仲間たちは若手画家バーナード・タフツにその贋作を描かせては利益を上げていた。そんななか、ダーワットの現在の技法に違和感を覚えた素人美術愛好家のアメリカ人、トーマス・マーチソンが来仏。マーチソンに真実を見破られたトムは彼を殺害し、仲間たちを巻き込んで事態の収拾を図るが……。

 リプリー(角川文庫の訳書ではリップリー表記)を主役とするピカレスクサスペンス五部作の第二弾。今回は以前から購入してあった1973年刊行の角川文庫版で読了(現状のAmazonには登録がないが、この角川文庫が日本初訳の元版である)。
 アマチュア~セミプロの犯罪者、リップリーの独特の魅力<まちがいなく悪人・でも破滅しないでもらいたいと読み手に思わせるあの奇妙な感覚>は前作同様、今回も健在。
 文体は相応に粘着質で、最初の内こそ疾走感は希薄だが、読みなれてゆくとそのじわじわ来るサスペンス味が実にたまらなくなる。その辺はいかにもハイスミス作品。リップリーの周囲に集う面々の誰がどのように重心を変えて事件に関わってくるか、読み手の想像力を刺激するその感覚が絶妙で、後半3分の1になってついにリップリーをおびやかすキーパーソンとなる人物が定まってからは、正にイッキ読みの面白さだった。
(なお作中でははっきり語られていないが、その登場人物のさりげない独白は、過去の語られざる事件性の一端を暗示させている…んだろうね。)

 ただひとつ残念なのは、本書の最初の翻訳が出たのが73年だったんだから、できればこれはその数年内に読んでおきたかったとも思った(筆者の場合、現実的にはいろいろ無理だが)。それはラストの演出でわかる。当時、リアルタイムで読めた人が少し羨ましいですな。


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