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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
亡者の金
J・S・フレッチャー 出版月: 2016年02月 平均: 6.33点 書評数: 3件

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論創社
2016年02月

No.3 5点 おっさん 2017/03/18 10:22
20世紀初頭、イギリス本国はもとより、アメリカで(時の大統領ウッドロウ・ウィルスンの絶賛がきっかけで)広範な読者を獲得し、我国でも、戦前に好評をもって迎えられた、スリラー作家の雄J・S・フレッチャー。

しかし、代表作と伝え聞く『ミドル・テンプルの殺人』と『チャリング・クロス事件』の翻訳を探し求めて読んだ、若き日の筆者は、その筋立てのあまりのご都合主義に憤慨し、こんな場当たり的な作家は、いっときのブームが去ってしまえば忘れられて当然、再評価の要なしと決め込んだものでしたが…… 。
まさか21世紀になって、フレッチャー作品が欧米で、ペイパーバックや電子書籍で復活を遂げようとは! ストーリーテラーの作品の、生命力を軽視していましたね。

そうした海の向こうでの動きを受ける形で、ほぼ半世紀ぶりに実現したフレッチャーの邦訳が、この『亡者の金』です。版元の、論創海外ミステリの編集者が、イギリスの Amazon のカスタマーレビューを目にして面白そうだと思ったのが、セレクトのきっかけという話を耳にしました。このへん、ネット時代ならでは、でしょう。
手にとり、虚心にページを繰ってみると――

うん、ともかく、読ませる。
お話は、主人公が、思慮に欠ける青年時代に巻き込まれた事件を回想する形で進行するのですが(語りくちは、さながらオトコ版M・R・ラインハート)、母親と二人暮らしの家に、謎めいた、もと船乗りが下宿することになる『宝島』ふうの導入部から、ストーリーの方向性を変える出来事が次々に発生し、「このあと、どうなる?」という興味でぐんぐん引っ張っていきます。そのテンポの速さは、同時代のF・W・クロフツとは好対照。
キャラクター造形の弱さ(主人公は最初から最後まで愚かなままで、成長しない)を補っているのが、豊かな背景描写で、イングランドとスコットランドの国境地方(ボーダーズ)、北海に面した辺境を舞台にした冒険行――当然、海もサスペンス・シーンに一役買います――には、エキゾチックな魅力が横溢しています。

けれど。
面白く読まされはしたものの、筆者の、長年のフレッチャー嫌いを撤回させるまでには、いたらなかった (^_^;)
「このあと、どうなる?」の絶妙さに対して、「何がおこったのか?」の裏打ちが、やはりフレッチャーは杜撰すぎるんだよなあ。
もとより、過去の読書体験から、この人の場合、殺人事件の謎解きなどは刺身(メインとなる陰謀)のツマのようなものだと承知してはいたのですが……それにしても、お話が動き出すきっかけとなった、謎めいた会合(主人公が、病床の下宿人から、自分の代わりに友人に会いに行って欲しいと頼まれ、深夜、遠方の廃墟に向かい――死体と遭遇する)が、あとから振り返ると、意味不明すぎる。

著作リストを見ると、『亡者の金』を刊行した年、フレッチャーはイギリス本国でこれだけのミステリ長編を本にしています。

The Borough Treasurer (1919)
Droonin' Watter 米題 Dead Men's Money (1919) 本書
The Middle Temple Murder (1919) 『ミドル・テンプルの殺人』
The Seven Days' Secret (1919)
The Talleyrand Maxim (1919)
The Valley of Headstrong Men (1919)

勝手な推測ですが、大半が連載小説だったのではないでしょうか。フレッチャーが、細かいところまで考えず、とにかく書き出して、あとはお話の勢いにまかせるタイプだったことは、『亡者の金』を読んでも、まず間違いないと思います。

その奔放な想像力が、ときとして、きちんと伏線を張るタイプの作家には出来ない、鮮烈な意外性を生み出すことは否定しません。
ヒッチコック映画を観ていたら、突然、監督がダリオ・アルジェント(『サスペリア2』『フェノミナ』)に変わったような衝撃を、筆者は本書の終盤で受けました。これは、ちょっと忘れられない。
好きか嫌いかといわれたら、やっぱり嫌いですけどねw

No.2 6点 人並由真 2016/07/02 08:38
(ネタバレなし)
 実力派の中年弁護士リンゼーの事務所で事務員として働く「僕」ことヒュー・マネーローズ青年は、幼馴染みのメイシーと2年前に婚約。いつか弁護士になる夢があった。そんななか、自宅を下宿にするヒューの母・マネーローズ夫人と契約した間借り人の老人ギルバースウェイトが、具合が悪いので知人と代りに会ってくれとヒューに頼んだ。大枚の礼金に心動かされて指示された場所に赴くヒューだが、そこには死体が転がり、その直後、ギルバースウェイトは病死する。だがヒューは殺人が起きた現場の周辺で、ある不審な人物を目撃していたのだった。

 1920年とほぼ一世紀前に上梓された、半ば巻き込まれ型のサスペンススリラー。作中で一番のサプライズは現在の読者ならまず事前に見当がつくだろうが、作者も当時からそれだけじゃ作品にならないと分かってたのか、大ネタは半ばでカードを表にひっくり返し、あとは小技のツイストの連続で攻めてくる。その辺はさすがにこの手のクラシックミステリの大御所という感じで、今の眼で読んでもなかなか楽しめる。
 
 まぁ一部、あとあとでそういう展開にするんなら、先にもうちょっと伏線を張っておいてよ、というところもないわけじゃないんだけど。
(あと物語のほぼ全編は、のちのちの時制からの回想形式で語られるのだが、事件時に<2年前に19歳で婚約した>と言っているヒュー~つまり当時21歳が<もう5年も弁護士事務所で経理を全部任されている~P96>というのはあまりにヘン。お前は昭和の中卒就職者の金のタマゴか!)

 それでも最後の最後まで広義のフーダニットの謎を持ち込み、読者の求心力を煽るあたりなるほど上手いねぇ、とは思う。その真相と決着の付け方も、あぁそう来るかとちょっと感心させられた。
 評点は7点にかなり近い6点ということで。フレッチャーはほかにも掴みの面白い作品とかあるなら、もっと紹介してもらいたい。
 あと巻末の横井氏の解説も今回はなかなか。小栗虫太郎のフレッチャー評なんかよく見つけてきたと思う(それとも割合知られているものなのだろうか)。フレッチャーの作風の現代視点での観測なんかも興味深い。

No.1 8点 mini 2016/02/08 09:58
今月初に論創社から、コール夫妻「ウィルソン警視の休日」とJ・S・フレッチャー「亡者の金」が刊行された
「ウィルソン警視の休日」は”クイーンの定員”にも選ばれた短編集で、私としては以前から刊行要望をずっと抱いていたもので、実現したのは喜ばしいかぎりである
今月の論創社から刊行された2冊は、私にとってはここ数か月の同社の刊行の中で最も待望だった月となった、バレンタインのチョコ並に格好のプレゼントである

エドガー・ウォーレスやフィリップス・オップンハイムと並んで1910~20年代にかけて活躍した3大古典スリラー作家の1人がJ・S・フレッチャーである
戦前に何作か翻訳されながらその後途絶え、なんと半世紀ぶりの新刊である
論創はよくぞこの作家を刊行してくれたって感じだ、こうなるとオップンハイムやそれとあとカロライン・ウェルズなども発掘を願いたい
論創社はこれまでにもサッパーやハーマン・ランドンやウォーレスなどこの手の分野に手を出してくれた貴重な出版社だ感謝

私は本格派に対してスリラー小説が劣った分野だとは解釈していない、スリラー小説にはスリラー小説としての面白さが有るのであって、こういう作家を読む場合は最初からスリラー小説であることを前提として読むことにしている
エドガー・ウォーレスもそういう読み方をすれば十分に面白いのだが、フレッチャーにはウォーレスを上回る圧倒的なリーダビリティが有る
二転三転する畳みかける展開、見事な風景描写、プロットで勝負するスリラー小説としての面白さってこれですよ、これ
この「亡者の金」も前半では真犯人の正体は読者にはバレバレだろうし、実際に中途で犯人は明らかになる
本格派しか読まない読者だとその時点でつまらないと予想するでしょ、でもそこからの後半もまた面白い、解明すべき謎もいくつも残っているし
要するに最初から犯人探しは重要なテーマじゃないんだよな、”犯人探し”という意味では犯人の行方の方がテーマの1つだし
題名の付け方もまた上手い、直訳すれば「死者の金」となるが、それでは味も素っ気もない、やはり「亡者の金」なんだよね
解説にもあるように”本格ものよりズウッと面白い”という文言通り、凡作の本格派なんか読むよりずっと充実した読書時間が過ごせること請け合いだ


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