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ミステリの祭典

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収容所から出された男

作家 ブライアン・フリーマントル
出版日1987年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2015/06/07 19:07登録)
本書が発表された1974年は冷戦状態にあった米ソ間がデタント、つまり緊張緩和の時代に入った頃だ。つまり国民が西側への接触を決して許さなかったソ連がその戒めを緩め、寧ろ世界へ国力を誇示する意向を示している。フリーマントルはその様子をロシア人がノーベル賞を受賞するシチュエーションでその国威宣伝に携わる男の苦悩と危うい立場を描いている。

ロシア人初のノーベル賞受賞者を出すという大役を任されるのが主人公のヨーゼフ・ブルトヴァ。かつて父の政敵だった現文化相ユーリ・デフゲニイによって父と共に失脚させられ、収容所生活を送っていたかつての対西側交渉のプロ。
ヨーゼフを収容所から出所させ、今回の任務を与えたのはかつての敵ユーリ・デフゲニイだが、彼はヨーゼフの交渉能力の高さを買って、ソ連初のノーベル文学賞作家を出させ、更にソ連の国力を西側の2大国アメリカとイギリスに知らしめるための宣伝旅行を伴わせる任務を与える。

ヨーゼフはニコライの凱旋旅行に同行するが、元々田舎の文学青年であったニコライは一躍世界中の注目の的となることで次第に精神を崩壊させていき、性倒錯と麻薬に溺れ、身持ちをどんどん崩して落ちぶれていく。彼がニコライの“恋人”ジミー・エンデルマンと行く先々で奇行と失態を繰り返し、どうにかそれをマスコミやソ連政府に知られまいと孤軍奮闘するヨーゼフの姿は哀れを誘う。かつてソ連にその人ありと云われた交渉のプロも形無しといった体で、その矜持を守るのに瀕死の状態である。さらに夫の長い不在で馴れないソ連の地で孤独に苛まれ、引き籠ってしまう妻のパメラとの生活も破局を迎え、ますます報われない。
そして皮肉屋フリーマントルはこの報われない主人公に対して決して甘いハッピーエンドを用意しない。2作目にしてこの痛烈さはいかがなものかと思わせられるほどだ。

しかしノーベル賞作家と共にイギリスとアメリカの要人と会見し、駐在大使や文化省次官、そしてヨーゼフがそれぞれの思惑を孕みつつ、作家を餌にして失地回復や新たな出世の階段に上ろうとする丁々発止のやり取りはあるものの、題材がいかにも地味であることは否めない。特に片田舎の在野の作家であったニコライ・バルシェフが突然得た名声の為に今までの質素な生活からは想像もできないセレブの世界に足を踏み入れ、自分を見失い、同性愛に目覚め、また麻薬に溺れるさまは典型的な成り上がり者の堕落物語である。この政治的駆引きの嫌らしさとニコライと同行するカメラマン、エンデルマンが次第に傲慢ぶりを発揮し、倒錯の世界にどんどんのめり込んでいっては我儘を云ってヨーゼフを蚊帳の外に追いやる苦々しさを2つの軸だけで400ページ強もの物語を牽引しているかとは決して云えず、同じ話を交互に繰り返しているだけにしか思えなかった。上に書いたようにノーベル賞作家とカメラマンの傲慢な振る舞いに振り回されるヨーゼフが対峙すべき政敵との駆け引きに隠されたバックストーリーによるどんでん返しが最後に炸裂するのはフリーマントルならではだが、いきなり2作目にして400ページ強のボリュームで語るには題材に派手さがなく、小説巧者の彼でも“2作目のジンクス”があったのだなぁと感じ入ってしまった。

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