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ミステリの祭典

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白魔

作家 大下宇陀児
出版日不明
平均点1.00点
書評数1人

No.1 1点 おっさん
(2015/03/17 15:53登録)
今回はネタバラシありです <(_ _)>

女優との結婚をまぢかに控え、それを妨害するかのような脅迫状に悩まされていた若い彫刻家が、ある晩、観劇に出かけた銀座の裏通りで、世にも奇妙な消失をとげる。これに、現場付近のビルで発見された、身元不明の男の死体がからみ、事件は紛糾していく。新たな失踪者。凶刃に倒れる捜査官。そんなカオスのなか、警察とは別に真相究明に動き出したのは、一寸法師の従僕をともなった、四本指の怪青年だった。果たして彼の目的は? そしてその正体は?

原稿枚数は二百枚ちょっとですから、いまの感覚だと中編なんですが、昭和七年に、新潮社の大衆雑誌『日の出』に連載されたあと、春陽堂の日本小説文庫から単体で刊行されています(奥付けの発行年月日は、昭和八年一月九日)。
まだ作者が、通俗長編で一世を風靡していた江戸川乱歩の引力圏を脱しきれていない時期の、『蛭川博士』(論創社『大下宇陀児探偵小説選Ⅰ』所収)系列の作品です。
はっきりいって、出来はいちじるしく悪い。人気作家が筆力にまかせて量産している時期には、やっちまった感のある作品も生まれがちなわけで、ファンなら目くじらをたてず、寛容の精神でスルーするのが吉というものですが・・・
わざわざ取りあげたのには、きわめて個人的な理由があります。ある発見を、記録しておきたかったからです。このサイトの投稿者の皆さんのなかにも、もしかしたら興味をもっていただけるかたが、一人か二人はいらっしゃるかも・・・と思いました。

若き日の筆者が多大の影響を受けたミステリ指南書に、都筑道夫氏の『黄色い部屋はいかに改装されたか?』があります。その「5 トリック無用は暴論か」のなかに、以下の記述があり、さて具体的に、誰の何の作品のことだろう? と、ずっと気になっていました。

(・・・)敗戦から間もなく、ハイティーンの私がカストリ出版社につとめて、最初に手がけた単行本が、某大家の長編でした。(・・・)戦前のものをもってきて、仙花紙本にしたわけです。/袋小路で殺人がおこなわれ、目撃者がいる。その目撃者のいうことには、犯人は自分に気づくと、ふわふわと宙に舞いあがって、片がわのビルの四階の窓に、逃げこんだ、というのです。いくらなんでも大家なんだから、なんとか理屈をつけるだろう、と思っていると、意外、それも悲しい意外で、証言はうそ、目撃者が犯人でした。うそでもいい。宙に舞いあがって、四階の窓に入らなければならない理由が、強力にあればまだ救われるけれど、それもないのです。/これは極端な例ですが、こういう作品が探偵小説として通用した時代に、逆もどりしていいはずはありません。(引用終わり)

ハイ、それがこの『白魔』だったのです。じつに、うん十年ごしの疑問が解消したわけで、それだけでまあ、読んだ価値はあったというもの。
もっとも、都筑氏は記憶違いをされており、袋小路で殺人はおこなわれていません。現場で昏倒しているのが見つかった、「目撃者」の証言を聞きましょう。

「僕は、今いった通り、青木君と一緒にルパン(カフェの名:引用者註)を出たまでは確かに覚えている。ところが、ルパンを出ると、その時実に途方もないことが起ったんだ。つまり、一緒にいた青木君が、風船みたいに、スーッと宙へ浮き上ってね、ルパンの向う側が、ほら、S三号館になってるだろう、あそこの四階の窓へ、消えるように入って行ってしまったんだよ。(・・・)それからあとを、僕はまるっきり覚えていないんだがねえ」(引用終わり)

くだんの「目撃者」は青木の彫刻の師匠で、彼の狙いは、青木が自分の妻と駆け落ちしたように見せかけることなのです。青木と妻をこっそり抹殺し、死体を処分し、青木の婚約者を我が物にするのが最終目的。なのになぜ、青木が空中浮遊? 自分が証言を疑われるだけでしょう(結末で捜査課長いわく「狂人の頭に湧いた考えは、ちょっと、常人には測り知られんものがあるよ」)。おまけに、なんとS三号館の四階には、たまたま男の死体が転がっていました。ふたつの事件が、まったくの偶然でクロスしてしまったのです。
ヒドいですねえw
瓢箪から駒のように飛び出した、このS三号館事件の関係者が、結果、探偵役となり、しかもそいつがアウトローで、というあたりに宇陀児らしいテイストはありますが、四本指という属性に意味はないし、従僕が一寸法師である必要性もありません。
最後まで読んでも、結局タイトルの意味が分からないことからも(しいて云えば――青木が最後に受けとった、裏にHの署名がある「白紙」の脅迫状、その送り主をさしているのかなあ)、きちんと構想をまとめず、とにかく書きはじめたことが想像されます。
まあ、宇陀児も疲れていたんだということでwww
トリック偏重を否定する文脈で、わざわざこれを持ち出す都筑氏も、都筑氏ですがね(ため息)。
今後、復刊される可能性はゼロに等しいでしょうから、あえて細部にまで立ち入りコメントしました。諒とされたし。

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