home

ミステリの祭典

login
冒険小説論
北上次郎

作家 評論・エッセイ
出版日1993年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2015/03/05 22:51登録)
第47回日本推理作家協会賞の評論その他の部門賞を受賞した北上次郎氏渾身の評論集。内容は大きく分けて海外編と国内編に分かれている。

この海外編は実に素晴らしい。19世紀の小説から幕を開けるが、その流れは欧米の経済発展、特に産業革命後の新しい世界の幕明けと冒険活劇小説が連動して発展していく様子を実作を並べて述べており、小説が時代を映す鏡であり、またその時代に生きた人々の勢いや息吹さえも感じさせることを教えてくれる。
例えば大航海時代を経たヨーロッパの国でハガードのような秘境冒険小説が発展したこと、アメリカでは西部小説が発展し、フロンティア精神が冒険小説を発展させていったこと、産業革命が人々に科学への関心を向けさせ、ヴェルヌの小説がそれまで未開の領域だった海底や大空を当時の最新科学の知識で行けることを知らしめ、新たな世界への進出を夢見させたことなど、冒険小説が時代時代の分岐点を契機に発展し、また変化していたことを詳らかに述べる。
特に作者は“70年代の壁”をどう乗り切ったかについてそれぞれの作家の実作を以て繰り返し語る。米ソの対立が緩和されたこの時代の大転換である者は自然の厳しさに敵を見出し、ある者は時代を遡り、明確な敵のいる第二次大戦に題材を掘り起こす。またある者は“現代の秘境”を題材に作風を敢えて変えないことで乗り越えた者もいれば、己の恐怖心こそ最大の敵と見出し、長きスランプを脱した作家もいる。この辺りの流れは毎日読んでいて非常に楽しかった。それを裏打ちする北上氏の膨大な読書量にも驚かされた。

この海外編を読んで意気昂揚して臨んだ国内編の落差には正直非常に失望した。
なんと全30章で構成される同編の内、27編が時代小説、時代伝奇小説の掘り下げに終始するのだ。私が非常に愉しみしていた70年代から始まる日本の冒険小説の流れは最後のたった3章で駆け足程度でしか語られない。これはあまりにひどすぎる。非常にバランスの欠いた内容となってしまっているのだ。これは欧米に比べ、たかだか数年でしかない日本の冒険小説の歴史の浅さゆえにまだ発展途上で未成熟の分野だということを北上氏は語っているのだろうか?
いやあとがきを読むにそれは予想以上に時代伝奇小説に氏が没頭してしまったことによるところが大きい。3章の内、大きく語られるのは大藪晴彦氏と夢枕獏氏のみ。かつて一世を風靡した志水辰夫氏や船戸与一氏、北方謙三氏などは末節で語られるのみである。

舌鋒鋭い感想になってしまったが、大変惜しい評論集である。稀代の読書家であり書評家である北上氏の仕事としては竜頭蛇尾の如き作品になってしまった。ただ氏はその後も『極私的ミステリー年代記』などの大著もあるので、そちらを期待したいと思う。
本書は論者が趣味に走ったがために傑作になり損ねた評論集である。実に勿体ない。

1レコード表示中です 書評