怪奇文学大山脈Ⅰ 荒俣宏編 |
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作家 | アンソロジー(国内編集者) |
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出版日 | 2014年06月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | おっさん | |
(2014/10/23 09:19登録) 荒俣宏氏は、いまや日本を代表する知の巨人の一人ですが、筆者の世代にとっては、まず『帝都物語』の人であり、加えて、ミステリと隣接する“怪奇と幻想”分野の先達であるわけで、その氏が、ひさかたぶりに“怪奇”に戻ってきて、全3巻の巨大アンソロジーを編んだとなれば――怪奇文学、といった大げさな表題は個人的には苦手なのですが――これを無視するわけにはいきません。 「西洋近代名作選【19世紀再興篇】」と銘打たれた本書の内容は、以下の通り。 ・第一巻まえがき 西洋怪奇文学はいかにして日本に届いたか ・第一部 ドイツロマン派の大いなる影響:亡霊の騎士と妖怪の花嫁 ビュルガー「レノーレ」、ゲーテ「新メルジーネ」、ティーク「青い彼方への旅」、作者不詳「フランケンシュタインの古城」、クロウ「イタリア人の話」、ハウスマン「人狼」 ・第二部 この世の向こうを覗く:心霊界と地球の辺境 ブルワー=リットン「モノスとダイモノス」、レ・ファニュ「悪魔のディッコン」、オブライエン「鐘突きジューバル」、マーシュ「仮面」 ・第三部 欧州からの新たなる霊感と幻想科学小説 クラム「王太子通り二五二番地」、チェンバース「使者」、エルクマン=シャトリアン「ふくろうの耳」、ツィオルコフスキイ「重力が嫌いな人(ちょっとした冗談)――『地球と宇宙の夢想』より」 ・第一巻作品解説 本邦初訳作品を中心に、「過去二〇〇年のうちに起きた怪奇文学発展の歴史というべき大山脈が一望できるような文芸地図を描きあげる」壮大な試みのスタートです。 ソフトカバーながら、美しい装丁と豊富な図版が醸し出す“豪華本”感が半端でなく、二段組み四百五十ページに及ぶ本書の、合わせてじつに百ページ近くを占める、「まえがき」と「解説」の情報量には圧倒されます。 個人的に、目から鱗が落ちた文章を「まえがき」から引くと―― 「さらにアメリカでは、ハードボイルド小説の雄ダシール・ハメットが『夜に這う』(一九四四)と題したアンソロジーを編纂しており、同じパルプ・マガジン仲間だったH・P・ラヴクラフトを取り上げた」 ハメットとラヴクラフトが“パルプ・マガジン仲間”というワードで結びつくオドロキ。いや~、ミステリばかり読んでいても、なかなかそういう事には気がつきません。 肝心の作品より、そうした荒俣氏の文章のほうが面白い――のが難でしょうかw 読者は、怪奇小説黎明期の、どちらかというと資料的価値のまさった作品群を、編者のパースペクティブを通して“読解”していくことになります。 たとえば、変幻自在のサイコ殺人鬼を描いた、リチャード・マーシュの「仮面」は、ミステリとしてはB級、C級もいいところなのですが、怪奇小説のアンソロジーに組み込まれることで、「個性(パーソナリティ)という確固たる現象に揺らぎを持ちこんだ怖さ」がクローズ・アップされることになります(余談ながら、作者のマーシュは、創元推理文庫に長編の代表作『黄金虫』が収録されているのですが(現在は絶版)、解説では、戦前訳の『甲蟲の怪』のことにしか触れられていません。本書の版元の、東京創元社の編集部には、自社本くらい、きちんとチェックして欲しかった)。 集中、掛け値なしに“名作”といえるのは、雪深いスカンジナビア山中を舞台に、二人の兄弟が美しくも妖しい女に翻弄される、クレメンス・ハウスマンの中編「人狼」(「白マントの女」として、工作舎のアンソロジー『狼女物語』に既訳あり)。緊迫した追跡劇の果てに、兄が目にしたものは・・・。これは、仮にあの『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)に入れたとしても、上位を争う出来だと思います。 好みで次点をあげるなら、洞窟遺跡を舞台に、ユニークな“地底幻想”が想像力を掻き立てる、エルクマン=シャトリアンの「ふくろうの耳」(「梟の耳」として、ROM叢書『エルクマン‐シャトリアン怪奇幻想短編集』に既訳あり)でしょうか。作中、怪異を理解するキーとなる(はずの)手紙の断片のなかに「(・・・)灼熱の溶岩が煮え立ちはじけ飛ぶさまは恐ろしくも神々しいものです。これに比べられるものといえば、果てしのない宇宙の深みを覗き込む天文学者の抱く思いだけでしょう」という一節があります。 それを受けるような形で、収録作品の掉尾を飾るのが、宇宙旅行に想いを馳せたロシアの科学ファンタジー。この配列にはシビれました。まさにアンソロジー読書の醍醐味。ツィオルコフスキイのお話が、面白いか面白くないかは、まあ些細な問題ですwww 怪奇小説ファンは、当然押さえておくべき本ですが(垂野創一郎、南條竹則、夏来健次といった定評ある怪奇者の、訳文の競演はゴージャスです)、狭義のミステリ・ファンも、基礎教養のため一読して損はありません。というか、是非手にとって、アンソロジストの情熱を感じとってみてください。いろいろ刺激されるものがあるはずです。 |