堕ちる 狩久全集第四巻 |
---|
作家 | 狩久 |
---|---|
出版日 | 不明 |
平均点 | 5.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 5点 | おっさん | |
(2013/08/16 13:04登録) 本巻には、昭和三十三年の終わりから昭和三十七年にかけての、いわば狩久・第一期をしめくくる(のち『幻影城』でカムバックし、奇跡の第二期をスタートさせるまえの、最後の)短編小説群がまとめられています。ほかにエッセイ類として、あまとりあ社から出た『妖しい花粉』のあとがき、そしてオマケとして、晩年の作者と親交のあった立石敏雄氏インタビュー「稀代のスタイリスト・狩久」を収録。 順に小説をナンバリングすると―― 1.女の身体をさがせ 2.蜘蛛 3.女は金で飼え! 4.暗い寝台 5.鸚鵡は見ていた 6.堕ちる 7.暗い部屋の中で 8.たんぽぽ物語 9.天の鞭 10.過去からの手紙 11.石(昭和三十四年度版) 12.水着の幽霊 13.覗かれた犯罪 14.雪の夜の訪問者 15.女妖の館 16.ぬうど・ふぃるむ物語 17.流木の女 18.邪魔者は殺せ 19.すとりっぷ・すとおりい 20.別れるのはいや 21.堕ちた薔薇 アリバイ・トリックを据えた謎解きもの(6、12、17、21)を中核に、前巻同様、性愛要素を濃厚に盛り込んだ作品群が並びます。そして、論創社『狩久探偵小説選』で「瀬折研吉・風呂出亜久子の事件簿」に採られたユーモア仕立ての8をのぞくと、あとはこれまで再録されたことのない、珍しい短編ばかりです。 でも、そのぶん出来は落ちるのか? 答はイエスでもあり、ノーでもあります。 狩久のストーリーテリング、小説技術は、まったく衰えていません。いやそれどころか―― 前巻のレヴューで、筆者は表題作の「壁の中」を、「最終節のタネアカシが必ずしも明晰ではなく、そこで文章のリズムまで乱れているような気がして(・・・)」とクサしました。長めのワンセンテンスで一気呵成に真相を解き明かす趣向が、うまく決まっていないように思えたのです。 それが本巻の16になると、「壁の中」よりはるかに長いラスト・センテンスのなかで、説明を二転、三転させ読者を翻弄する、文章のアクロバットが鮮やかに決まっています。この「ぬうど・ふぃるむ物語」、つまるところ初期作以来の、狩久のおなじみのパターンのヴァリエーションでありながら、江戸川乱歩ふうの落としどころに持っていくことで、つくりもの感をプラスに変えています(狩久作品に窺える乱歩の影響については、増田敏彦氏の軽妙な「解説」でも指摘されています)。 ただ全体を通して見ると、技術の円熟を過信したか、いささか安易に自作の焼き直しに走って、新味が乏しく感じられるのも否めないところです。 ひさびさに古巣の『宝石』系列に発表した(しかし声がかかったのが、別冊「エロティック・ミステリー」号というのもw)、表題作6の作中トリックは、狩久ファンなら既視感ありまくりですが、それはまあいい。投身自殺をはかった主人公が、地上に“堕ちる”までのフラッシュバックという独特の構成、シニカルなラストに現出する異形の“風景”、そのイメージ喚起力――そうした部分に作者の資質が光っていますから。 ところが、これをまた、21でリメイクしてしまう。原型の「堕ちる」を際立たせていた、上述の長所をそっくり捨てたまま。解説では、「この二つは(・・・)読みくらべて狩久の小説作法を研究するには格好のサンプルだと思う(・・・)」と最大限に好意的に書かれていますが、筆者が担当編集者ならNGですね、これは。 過去、「落石」や「共犯者」といった代表作を印象づけていた、当事者の男女による閉ざされた「ハピイエンド」が、本巻では「バッドエンド」に移り変わっているのも、マンネリから脱却したというよりは、別なマンネリに落ち込んだ感が強い。 ただ繰り返しになりますが、作者の小説技術は相当に高い。なので、後味の悪いそうした路線のなかでも、15などは、語り(騙り)のテクニックに工夫を凝らした力作には仕上がっています(「女妖の館」という題名は意味不明ですが)。 さて。 そんなわけで、諸手をあげて推薦とはいかない、癖のある巻なわけですが・・・ 集中、筆者が一番気に入ったのは、5です。 死体なき殺人事件、その唯一の目撃者は鸚鵡だった――という風変わりなシチュエーションに、ひねりを利かせた秀作。 もし図書館等で本書を手にとる機会がありましたらw この作だけでも、試しにご一読ください。 |