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ミステリの祭典

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落石 狩久全集第一巻

作家 狩久
出版日不明
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 おっさん
(2013/03/28 15:19登録)
東北の出版社・皆進社から限定300部で刊行された、全六巻におよぶ<狩久全集>。その造本、装丁の見事さ、そしてお値段w についてはアチコチで取りあげられていますから――ここでは中味に的を絞って、各巻ごとに見ていくことにします。

まずは第一巻。『別冊宝石』十四号(昭和二十六年十二月十日発行)に掲載された、コンクール応募作の二篇を皮切りに、小説とエッセイ類が編年体でまとめられています。
わかりやすく、小説とエッセイを分けてナンバーをふってみると、

前者は――1.氷山 2.落石 3.ひまつぶし 4.すとりっぷと・まい・しん 5.佐渡冗話 6.山女魚 7.毒杯 8.仮面 9.黒い花 10.擬態 11.恋囚 12.肖像画 13.幸運のハンカチーフ 14.亜矢子を救うために 15.訣別―第二のラヴ・レター― 16.見えない足跡 へんな夜 18.結婚の練習 19.共犯者

後者が――20.〔略歴〕 21.女神の下着 22.作者の言葉(「佐渡冗話」) 23.≪すとりっぷと・まい・しん≫について 24.執筆者の横顔(狩久氏) 25.羊盗人の話 26.≪訣別≫作者よりのお願い 27.対談「八号合評」 28.グループ便り 29.土曜会記 30.後記(「密室」第十号) 31.一〇号創作感 32.或るD・S論 料理の上手な妻 33.後記(「密室」第十一号)

となります。そして、オマケとして、市橋慧氏インタビュー「父・狩久を語る」が添えられています。

論創社の『狩久探偵小説選』に採られたものが多く(1~6、11、15、16、19、そして21、23、32の諸篇)、その意味ではこの巻は、やや新味に乏しい内容と言えるかもしれませんが、逆に言えば、狩久を語るうえで落とせない初期の代表作が詰まっているわけで、それを新発見の資料にもとづく解題(佐々木重喜)や、作家の本質に迫る好解説(垂野創一郎)をガイドにたどり直せる本書は、やはり基本のキです。

さて。
筆者にとって狩久と言えば、まず第一に、表題作の「落石」。国産ミステリ短編のオールタイム・ベストを選ぶとすれば、これを落とすことはありません。
スタイリスト狩久にしては、まだ書き方が生硬だし、プロットにも突っ込みどころはある。“本格”としての核は××××トリックなのですが、そもそも犯人に××××を用意する必然性が乏しいうえ、メリットとデメリットを考えたら、まったく釣り合わないトリックなのです。
しかし・・・荒唐無稽と一蹴できないものがここにはある。それは、論理を超えるキャラクターの熱い思い。血の絆の、有無を言わさぬ説得力。片腕を切断することで映画の主役を勝ち取った、鬼気迫る女優のエピソード、そのイマジネーションの鮮烈さが、単なる伏線の域を超え、読者の常識をねじふせるのです。
おそらく技術的な洗練では達成できない、作家が生涯にひとつ、書けるか書けないかという類いの傑作だと思います。

解題に引用された、狩久自身の文章によれば、「落石」の「ハピイエンド」は「母の希望によるもの」だったそうですが、しかしその、当事者の男女による閉ざされた「ハピイエンド」は、狩久を呪縛していくことになります。名探偵が推理を展開すれば、犯罪者が摘発され、闇は払われ、世界の秩序は回復する――という楽天主義を信じられなかったのは、探偵作家としての狩久にとって良かったのか悪かったのか? ふとそんなことを考えたりもします。

罪と罰の問題意識で「落石」の延長線にある作品としては、「落石」のような神がかった“感動”がないため、ラストの自己満足臭が強くなっているとはいえ――
仮説の構築と崩壊がクリスチアナ・ブランドを思わせる、手の込んだ密室ものの――「窓から入ってみました。冷たくなっていますよ」というセリフのリフレインが効果的な――「共犯者」がやはり秀作でしょう。いささか小説をアタマでこねくりまわしたがる癖のある狩久の、凝り性の面が、本格ものとしてプラスに働いています。

「落石」と、この「共犯者」、そして、床に臥している病人だからこそ可能な完全殺人を倒叙ふうに描く「すとりっぷと・まい・しん」――狩久の文章センスが光ります。ラスト1行は見事!――が、本書の筆者的ベスト3になります。何をいまさら、ですねw

珍しい作品――これまで単行本未収録だった、乱歩テイストの変身願望譚「黒い花」とか――をピックアップして、大いに版元の売上アップに協力してあげれば良かったのでしょうがw まあ今回は“定番”が強すぎたということで。
第二巻以降のレヴューでは、小味な良品を取りあげていければ、と思っています。


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