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ミステリの祭典

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マン島物語

作家 森雅裕
出版日1988年04月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2021/02/21 19:04登録)
 マン島TTレース――1907年5月、25人のライダーがグレートブリテンとアイルランドに挟まれたアイリッシュ海の独立国マン島に集まり、偉大なる草レースを始めた。以来一世紀近くオートバイ・ライダーの聖地であり続けたこの島で、男たちは新たな戦いのページを加え続ける。一周三十七・七三マイル=約六十キロの長大なマウンテン・コースに展開する苛酷な戦いの果て、F2ライダー三葉邦彦はイタリアの暴れ馬・L型二気筒ドゥカティを駆り、栄光のチェッカーフラッグを目指す――。
 第二作品集『ベートーヴェンな憂鬱症』に三ヵ月遅れて刊行された、著者の第七長編。海外雄飛の憧れを強く見せていた第四作『サーキット・メモリー』の発展形で、扱われる二輪レースは〈世界で最も危険な競技〉と言われるマン島 Tourist Trophy(ツーリスト・トロフィー)。イギリス王室属領が舞台となるだけあって、主役カップルのみならず登場する日本人組もそれなりの覚悟と決意を以って乗り込んできており、脇役ながら主人公の邦彦や元アイドル・比企真弓の棘だらけの物言いにも一歩も引かない。
 勿論旧友の忘れ形見で齢十歳の少女、ニコラ・ベルハートや、その母親で家主のセシリアを筆頭とするマン島住民のブリティッシュな発言も、負けず劣らず大概キツめ。意地と意地とがぶつかる遣り取りの中、初夏のアイリッシュ海でサイドカー・F1・F2三種目の危険極まりないグランプリが催される。
 マン島の面積は572km2で淡路島とほぼ同じ。ただし中央部には標高2,034mのスネッフェル山が聳えており、コースの高低差は約400m。200以上のカーブに彩られた見通しも定かならぬ一般道を最高速度300km/h以上、一周約20分弱で駆け抜けるのだ。それでも過度なアドレナリン分泌により、レース中は一切の恐怖を感じないが、完走後はへたり込んだり泣き出してしまう参加者も多いのだという。その辺の一寸先も見えない難コース描写は執拗。伝統あるこのレースでイタ車に乗った主人公が挑みかかるのが、日本の誇るHONDA勢なのがいかにもこの作者らしい。
 完全なレース物でコース外での熾烈な駆け引き以外のミステリ要素は薄いが、ストーリー運びやエンタテインメントとしての完成度は森作品中でも有数。良質な装丁の初刊本が高価かつ入手し辛いのが難だが、名実共に著者のオートバイ嗜好の頂点を成すものと言える。amazon だと私家版外では最難度クラスの『歩くと星がこわれる』より高いのね(2021/2/24日現在 ¥7,887)。結局図書館で借りたけど、読後には久しぶりに大藪春彦『汚れた英雄』が読みたくなって困った。採点はここまでトップの7.5点。

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