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ミステリの祭典

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大下宇陀児探偵小説選Ⅰ

作家 大下宇陀児
出版日2012年06月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 おっさん
(2012/10/15 15:15登録)
甲賀三郎をレヴューしている段階で、次は宇陀児に行こうかな、という思いがありました。“戦前派”のなかでは、この人も好きなんですよ。
アイデアに応じて、設定や語りくちを自在に変えていける抜群のエンターテイナーでありながら、妙にそれを恥じて、重苦しいクライム・ノヴェリストを目指してしまった、残念な人ではありますがw
今年、新装なった論創ミステリ叢書が、横井司氏の見事な編集と解題で、宇陀児の二冊組みの傑作選を出してくれたのは、筆者としては渡りに船でした。

本書の収録作は――

●創作篇
①蛭川博士(昭4、週刊朝日)
②風船殺人(昭10、キング)
③蛇寺殺人(昭12、講談倶楽部)
④昆虫男爵(昭13、キング)
●随筆篇
⑤「蛭川博士」について
⑥商売打明け話

①は、この年、作家専業となった宇陀児の出世作。
主人公は、不良グループのリーダー、混血児の桐山ジュアン。
海水浴場に出かけたグループの一人が、いちゃつくカップルを日傘のかげから覗こうとすると・・・あわただしく立ち去り海に消えた人影、あとに残されたのは女の刺殺体。奇しくも殺された女は、不良仲間の一人とつながりがあった・・・
警察の捜査線上に浮かんできたのは、業病を患う“蛭川博士”という怪しげな人物。しかし蛭川邸で、博士とおぼしき惨死体が発見され、事件は新たな局面へ・・・
自身も容疑者と目されながら、心惹かれた娘を助けるため、探偵に乗り出していくジュアン。暗躍する怪人。相次ぐ殺人。不気味な影を落とす蛭川博士は、果たして生きているのか?

ミステリとしての企みは、江戸川乱歩の××のヴァリエーション、忌憚なく言ってしまえば二番煎じで、その昔に読んだときは、それがマイナス要因に思えました。
再読してみると、真犯人の隠されたパーソナリティへの着眼(最初の殺人の動機に直結)、その人物が「世間体を糊塗」するため、表面上、○を必要としたというあたりに、フォロワーとしての宇陀児の工夫とその時代の“空気”が感じられて面白かったです。
トリック的な意味では、やはり海水浴場のソレが飛びぬけて印象深い。以前、釈然としなかった部分(そのときのテクストは、戦後まもなくの美和書房版)が、巻末の解題に再録された、初出時の挿絵を見るとスッキリ解消しました。
ただ、そのあとじょじょに“蛭川博士”が怪人の様相を呈していく展開には無理がありますね。
宇陀児の筆法が、基本的にリアリズムであることとの齟齬が生じています。作中人物の脳内で、どんどん疑惑と妄想が膨らむだけなら問題は無い(乱歩の××がそういう話ですね)のですが、本作では、平行して警察の捜査活動まで細かく描かれているわけで、そうなると“変身術”を使う怪人の存在なんか、通るはずがない。捜査会議で矛盾が指摘され、たちまち疑わしい人物が浮上してしかるべきですよ。
最初の事件に的をしぼって無駄な殺人をはぶき、中編サイズにまとめればいい材料を、なまじストーリーテリングがあるだけに、サービスたっぷり引っ張って、面白さと引き換えに完成度を損ねたというところでしょうか。

②③④は、いずれも犯人探しの懸賞小説として、雑誌に分載された中編。といっても、フェアプレイや論理的な謎解きに特化しているわけではないので、今日的な“本格”の基準からすれば、どれも失格でしょう。見るべきは、パズルを魅力的なものとしている、宇陀児のシチェーションづくりのうまさです。
とりわけユニークなのが、人間そっくりの胎生昆虫が存在する!? という④。くだんの妄想を主張し、精神療法を受けた男爵の回復具合をみるため、周囲の人間が、別荘に虫の鳴きまねが得意な女芸人を呼んでw 男爵をテストしようとしたところ、そんな彼女が殺されて・・・というお話。二重殺人の趣向も面白く、これは一読の価値ありです。

本書だけでは、まだ宇陀児の真価はわかりません。Ⅱと合わせて味読すべき一冊です。

(付記)作者なりに謎解きの「型」を意識した作品群であること、および第Ⅱ巻との対比を考え、基準を緩めて「本格」に登録しました(2012・11・13)。

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