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ミステリの祭典

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思考機械
ハヤカワ文庫版

作家 ジャック・フットレル
出版日1977年06月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 おっさん
(2012/09/01 21:58登録)
シャーロック・ホームズのアメリカ版ライヴァルたち筆頭、思考機械ことオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授の活躍は、我国では、ハヤカワ・ミステリ文庫と創元推理文庫の傑作選にまとめられています。
今回は、押川曠・編訳のハヤカワ版『思考機械』(1977)を読み返してみました。

収録作は――①序・思考機械登場 ②失くなったネックレース ③幽霊自動車 ④茶色の上着 ⑤完全アリバイ ⑥余分な指 ⑦盗まれたルーベンス ⑧秘密漏洩 ⑨燃える幽霊 ⑩紅い糸 ⑪13号独房の問題

⑨~⑪は、地方紙 Boston American に掲載されたのち、第1短編集 The Thinking Machine(1907) にまとめられたぶんからの選り抜きであり、①~⑥は、全国紙 Snuday Magazine に発表後、1908年に第2短編集 The Thinking Machine on the Case に収録されたなかから採られています。⑦と⑧は、やはり Sunday Magazine 初出でありながら、生前の作者の単行本には入らなかったものです。

創元版が、『思考機械の事件簿』そのⅠⅡⅢとして巻を重ね、読み継がれているのに対し、ハヤカワ版はこの1冊きりで、とうに絶版。
それでも、名探偵のニックネームの由来となった、チェスの試合のエピソード(①。創元版には未収録)や、代表作中の代表作⑪が収められている点(創元版は、同文庫『世界短編傑作集1』に「十三号独房の問題」として収録済みのため割愛)、コンパクトな入門書として意義がありますし、版画を使った畑農照雄のカバーと、巻頭に付された往時の挿絵の魅力もあって、個人的に、捨てがたい良さを感じる一冊です。

じつは中味のほうは――まあまあなんですがw
オルツィ男爵夫人の<隅の老人>シリーズが、クリスティー流フーダニットのプロトタイプだとすれば、こちらはもう、完全にカー式ハウダニットの源流。
テンポ良く進行する、密室仕立ての⑩や幽霊屋敷譚の⑨などをカーが支持していたのは、当然のようにわかります。
わかりますが・・・いまとなっては、トリック面で、種明かしされたときの脱力感――「幽霊の正体見たり枯尾花」感がハンパではありません。
ことあるごとに「論理」(ロジック)を口に出す、思考機械の推理法も、のちのアメリカン・パズラーにおける、クイーン流の達成を知ってしまうと、率直に云って凡庸。
たとえば、さきほども引き合いに出した⑩など、犯行手段の解明は単なる豆知識の披露ですし、容疑者を限定するのは、都合良く犯人が残してくれた痕跡(それが“紅い糸”)です。手掛りが残される必然性(犯人がミスせざるを得なかった状況設定)まで留意してこそ、本格。

ひさびさに再読して楽しかったのは、デンと不可能興味を打ちだした作より、“隠し場所”とそれを伝える暗号メッセージの組み合わせに機知が光る④とか、外科医のもとを訪れた美女が、指を一本、切断してほしいと願い出る抜群のイントロから、予断を許さない展開を見せる⑥(ちと説明不足ではありますが)あたりですね。
総じてフットレルは、ハウダニットのアイデア・メーカーとしてより、ホームズ譚の導入に使われた“依頼人の話”を、聞き書きではなく関係者視点のエピソードとして独立させたり、探偵役(頭脳労働)と助手(肉体労働)の役割分担を明確にしたりして、短編ミステリの効率化を可能にした、話芸の人として評価すべきではないか、といまの筆者は考えます。

とはいっても。
集中からひとつとなれば、思考機械が公式デビューを飾った⑪になるのは、動かないところ。
“名探偵”に、事件の解明役ではなく、まったく別な役割(友人の挑戦に応じて、知力を駆使し死刑囚用の独房から脱出する)を振り付け、途中経過を描きながらハウドゥイットの謎を維持する――この型破りのストーリーは、シリーズ全体のなかでも異色ですが、主人公のエキセントリックなキャラクターと“問題”のユニークネスのバランスが、見事にとれています。手口もまた、一読、忘れ難いはなれわざ。
思考力で脱出するって、そういう事なの? という思いは、初読時から変わらずありますけどねw

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