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ミステリの祭典

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体温計殺人事件

作家 甲賀三郎
出版日1956年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 おっさん
(2012/07/15 11:05登録)
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第8巻です。

①体温計殺人事件(『新青年』昭和8年3月号) ②二川家殺人事件(原題「黄鳥の嘆き」『新青年』昭和10年8~9月号) ③霧夫人(『キング』昭和12年4月号) ④魔の池事件(『新青年』昭和2年1月号) ⑤誰が裁いたか(『ぷろふいる』昭和9年1~3月号) ⑥錬金術(『キング』昭和2年1月号) ⑦空家の怪(『新青年』大正14年11月号) ⑧奇声山(『新青年』昭和4年4月号)

代表作クラスの中編三つ(①②⑤)ほか五編の短編からなるセレクションですが、この<全集>らしく、配列にまったく意味が無い。
変則的ですが、短編グループ、中編グループにわけてコメントしていきます。

まず短編。
③は後期作です。高原のホテルの、一夜のセンチメンタリズムは魅力ですが、起訴された(無実の)殺人容疑者が証拠不充分で免訴になったから、真相を秘してもいいだろうという主人公の認識に問題があります。“彼”は対世間的には、ずっと灰色の存在ですよ (>_<)
④は、「琥珀のパイプ」の語り手が、かの怪青年(その正体は、帝都を騒がす怪盗・葛城春雄だった!)と再会を果たす・・・凡作。長編の一部を抜粋したようなエピソード(トリック的には、さながら『金田一少年の事件簿』)で、続編での決着を匂わせながら、それが執筆されることはありませんでした。
⑥⑦は、コンゲームあれやこれや。ともに軽い落とし噺ですが、前者の、人物設定(弁護士と理学士コンビ)と手口の対比には妙味があります。
巻末⑧の“奇声山”とは、主人公の会社に臨時採用された、ヘンテコな声の中年社員のニックネーム。社内男女の駆け落ちをめぐって意外性は用意されていても、伏線の照応は無いので、これをミステリというのは苦しい。でも、悲哀を感じさせるサラリーマン小説(そんなのも甲賀は書いてました)として、妙に心に残る小品です。

続いて中編。
『新青年』の百枚読切りの企画で発表された、これぞ正面押しの本格というタイトルの密室ものが、表題作①。犯人の計画に、関係者の複数の思惑が交錯し、そこにアクシデントまで発生して事件を紛糾させる――力作なわけですが、枝葉が出すぎて、引き延ばしが目立つわりに、肝心の解決は駆け足で説明不足。理化学トリック(でもこれって、ほとんどアンフェアな“未知の毒物”レヴェル)の解明も、メカニズムを地の文でダラダラ説明されて煩雑なだけです。

これが⑤になると、トリック自体は「体温計」と大差ないものの、それがクライマックスの構成要素に取りこまれ、緊迫した状況下で一気に種明かしされるので、単なる解説にとどまらず、劇的効果をあげています。この「誰が裁いたか」は、十年目ごとに繰り返される変事のうち、二番目のそれの解釈があまりに大味で、必ずしも成功作とは言えませんが、シンプルなストーリーでありながら深みを感じさせる(中編サイズをいかした)構成と話術に、作者の円熟のきざしを感じ取れます。

そして――
華族の友人が、突然、日本アルプスの雪渓を掘り返し始めたのは何故? というイントロも見事な②こそ、そんな甲賀の到達点とも言うべき傑作。
ハウダニットだけ抜き出せば凡庸な短編にしかならないネタを、背景に工夫を凝らし、鮮やかに膨らませて中編としました。犯罪の根っことなる謎の正体、その情報をじょじょに提示していく段取りのうまさ。ここにはもはや、「体温計」に見られたような、ストーリーの複雑化のためだけの、レッドヘリング群は存在しません。謎と解明のプロセスを、少数精鋭が支えてドラマが進行します。
結末が来たところで、スポットが意外な人物に照射される幕切れは、たとえば、後年の東野圭吾の『放課後』のように評価の是非が分かれるところかもしれませんが、心理的な布石は打たれており、筆者はそのスパッとした切れ味を買います。

収録作品の順番にきちんと配慮をはらい、巻頭にヴォリュームある「体温計」を置いたのなら、同等の分量のこの「二川家」をラストに持ってきて締める、べきでしたね。そうした編集であれば、玉石混交であっても、7点は付けたものを。残念。

(付記)表題中編を対象として、「本格」に登録しました(2012・11・13)。

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