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ミステリの祭典

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ライク・ア・ローリングストーン

作家 栗本薫
出版日1983年05月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 おっさん
(2012/07/06 21:47登録)
読み残しの、栗本薫作品から。
昭和五十六年(1981)から翌年にかけて、『別冊文藝春秋』に発表された、三つの中編

①ライク・ア・ローリングストーン ②One Night ララバイに背を向けて ③ナイトアンドデイ

を収めています(単行本は昭和五十八年の刊)。
いずれも作者の好きなポピュラー・ミュージックのタイトルを題名にし、作者が青春を過ごした「70年代」への郷愁を詰め込んだ、風俗小説です。

筆者が学生時代、愛してやまなかった栗本薫の短編集に、やはり国内外のヒット曲をタイトルにからめた『天国への階段』(角川文庫)というのがありまして、地方在住の身には、そこで描かれるさまざまな“都会の青春”が、たまらなくまぶしく、いとしく、せつなかった。
“青春の終わり”を活写した本書の収録作――とりわけ、「ぼく」が自由奔放な生きかた(を象徴する女性キャラ)に憧れながら、ギリギリのところで“さいごのチャンス”を捨て、日常を選択してしまうエンディングの表題作①は、胸に迫る――を読んでいて、馬齢を重ねるうちに忘れていたあのころの記憶まで呼び戻され、不覚にもジンとしてしまいました。
とはいえ、もとよりミステリの作品集でないことは承知して読み始めたので、これを本サイトのレヴューに取り上げるつもりはありませんでした。

しかし②を読むにいたり・・・
これはねえ、ラスト2行でクライム・ストーリーになるんですよ。
凶行を暗示するフレーズの見事さ。あまりにも身勝手な思い込みで、殺意が確定してしまう怖さ。しかしディテールの積み重ねは、それを必然と思わせるのです。
“ストーカー殺人者の出来るまで”を描いて出色のこの作を、強引にミステリに引きつけて語りたい誘惑を抑えきれませんでした。
補助線として、パトリシア・ハイスミスやルース・レンデルを持ち出してもいいのでしょうが、他人とうまくつきあえず個人幻想の中に入り込んでいく、バンド青年(ロックとブルースのオタク)の造型から筆者が連想したのは、じつは江戸川乱歩の初期短編でした。「屋根裏の散歩者」だったり、「虫」だったり。
そしてそれらの短編に、乱歩の若き日の厭世感が投影されているように、「One Night ララバイに背を向けて」にも、まぎれもない作者自身のパーソナリティの反映があります。
作中キャラと違うのは、現実の栗本薫が、乱歩同様、“小説”で社会との接点を持ちえ救われたということでしょう。
これは、ことあるごとに先達・江戸川乱歩への愛着を表明してきた作者が、そのもっとも本質的な部分で乱歩の眷族であることを示している作かもしれません。

エロ劇画(死語?)に憑かれたマンガ家を描く③は、肩の力を抜いたような軽い仕上がりですが、シリアスな傑作ふたつのあとの締めとしては、これでいいのでしょう。
庶民(ぼく)のアーティストに対する夢(犯罪幻想)をもって終わるこの作で、われわれ読者もまた、ゆるやかに日常に帰還できます。

栗本薫の中短編集のなかでも、おそらく上位にランクされる本書ですが、採点は「ミステリの作品集でない」ことを考慮して、7点にとどめました。

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