home

ミステリの祭典

login
妖魔の哄笑

作家 甲賀三郎
出版日1995年04月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点 おっさん
(2012/06/02 19:24登録)
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第6巻です。表題長編のほか、短編一作を収録。

昭和六年から七年にかけて、『大阪時事新報』(デビュー前の江戸川乱歩=平井太郎が、いっとき勤務してましたね)に連載された『妖魔の哄笑』は、なんと、平成七年になって、春陽文庫の<探偵CLUB>の一冊として復刊されましたから、比較的、新しい世代のミステリ・ファンの目に触れる機会があったのではないでしょうか?
その当時、筆者の周囲では、意外に本作が好評だったのを覚えています。湊書房版の<全集>で読み、つまらなかった印象の強い筆者は、エーッという感じでしたがw

新潟行きの寝台急行が、軽井沢駅に停車する直前、そのトイレで、顔面を切り裂かれた男の死体が発見される。目撃されていた、怪しげな四本指の男が、富豪の実業家を殺して逃げ去ったのか?

という導入部のあと、事件に巻き込まれた石油会社の新人社員・土井を狂言回しに、軽井沢署の水松警部を探偵役にして、ストーリーは、東京、大阪と舞台を変えて目まぐるしく展開します。暗躍する謎の組織、出没するミステリアスな黒眼鏡の女――
波乱万丈で、退屈はしません。
しませんが・・・偶然を多用して、場当たり的に事件と謎をつるべ打ちする、甲賀長編の悪いところが、あからさまになってしまっています。
天然ボケのビッグ・マウス・獅子内俊次(『姿なき怪盗』『死頭蛾の恐怖』)のようなキャラが主役を張っていれば、そのあっぱれなMCぶりに、ご都合主義を突っ込みどころのネタにすることが出来るのですが(死体の身元に疑問があるなら、早く指紋くらい照合しろよ、とかねw)、マジメいっぽうで凡庸な、本作の土井、水松両名が相手では、そういう楽しみかたもできません。
めずらしく、江戸川乱歩ばりの猟奇犯罪(美女の解体)をあしらって、犯人像に凄みをもたせようとしていますが、それも、常識人の作者の人(にん)に合わず――ラストに明かされる、解体の必然性(?)も浮きまくって――無理したあげく亜流感をきわだたせる結果に終わっています。
サービス過剰の失敗作でしょう。

むしろ本書のオススメは――
妻殺しの嫌疑で逮捕・起訴された男が、証拠不充分で無罪判決を受け釈放されるが、やがて彼は意外な事実を知ることになる・・・
という、併録の短編「四次元の断面」(『新青年』昭和十一年四月号、掲載)ですね。
かなり大きな偶然が、事件の契機になっていても、ここではそれが、たくみに悲劇性に昇華されています。そして残る、シニカルな読後感。これは、甲賀の説く「ショート・ストーリイ」(探偵趣味を取入れた短い読物)の、見事な実践になっています。
あ、妙にSFっぽいタイトルですが、内容的には、物理も数学も無関係。これは、主人公の把握できない局面で、読者に明かされる残酷な真実、といった意味合いですかね? 相変わらず、タイトル・センスには疑問符の付く作者ですw

(付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。

1レコード表示中です 書評