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ミステリの祭典

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地下道

作家 ハーバート・リーバーマン
出版日1974年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 9点 人並由真
(2020/05/22 16:42登録)
(ネタバレなし~途中からはややネタバレあり?)

 ある北の地方。森に囲まれた、古い館で慎ましやかな隠居生活を送る「私」ことアルバート・グレーブス(50代末)とその妻のアリス。子供もなく村の人々ともそれなりに温和な付き合いを維持する彼らは、ある日、給油に来た近所のガソリンスタンドのバイト青年リチャード・アトリーをなりゆきからお茶と食事に誘う。人好きのよいリチャードに好感を持ち、彼が関心を抱いた自分の稀覯本を貸与するアルバート。やがて日数が経ち、リチャードと顔を合わせる機会もないまま、二人はある夜、19世紀に建てられた自宅の広めの地下道に<何か>がいる気配を認めた。そこには捕食したらしい野生動物の食べかすが残り、そしてアルバートは地下道内に、少し前にあの若者に貸したままの自分の本があるのに気づく……。


 1971年のアメリカ作品。
 一言で言えば、スティーヴン・キングとハイスミスを融合させたような感覚で、非常に面白かった、そして素晴らしかった。

 ちなみに角川文庫のジャケットカバー折り返しのあらすじ内容を読むと、まるで地下道に『事件記者コルチャック』に登場する魔性のモンスターが出没しているように思えたが、実際にはそんなことはない。
 評者はこの記述のおかげで、何十年もそういう内容かと、半ばダマされて(?)いた。



【以下 もしかしたらネタバレかも~大筋の決着は書いてませんが】




 物語は割と早い段階から、村の流れ者だった孤独な青年リチャードを同居人に迎え、疑似家族的な生活を始める初老夫婦のドラマが開幕する。当初は結構うまく行くように思えた共同生活だが、なりゆきからの、そしてほぼいきなりの、少し前まではまったく見ず知らずの他人との同居ゆえ、少しずつその関係には綻びが生じていく。このあたりは作者の筆力を感じさせて、平明な叙述ながら実にうまい。
 やがて自分の行動原理と信念に準じてふるまい、村での問題児となっていくリチャード。だがグレーブス夫婦は若者の人間性に摩擦を感じながらも彼を半ば本物の息子のように庇い、ついにはそれまで仲のよかった村人たちからもたまに顔を出す親戚からも敬遠されていく。
 作中ではっきり語られるわけではないが、主人公夫婦の心の核になっていくのはかなり強靭なメシア・コンプレックスであり、実子もおらず人生でそれが得られないと思っていたのに急に降って湧いた、父性愛と母性愛の充足への欲求だ。
 さらに夫婦自身なんどもなんどもリチャードの半ば狂気といえる独特の<自分ルール>には手こずらされるが、それでも「ここで彼を追い出したら負け」なのである。こんな心情すべてが自分のことのように伝わってきて、評者的にはこれほど主人公たち(ある部分ではリチャードの思いまでふくめて)同一化できる作品はそうなかったかもしれない。実に心に響いてくる小説だ。いや、たしかにニューロティック・スリラーだし、サイコロジカル・ホラーではありますが。

 本が厚いので割と長めの物語かと思ったが、紙の斤量が高めだったようで、実際は約440ページと程よい長さ。これが最後の仕事になった翻訳家・大門一男の流麗な訳文(本書の巻末に、盟友ということで清水俊二が追悼文を寄せている)もあって、半日でいっきに読んでしまった。

 でもってラスト、こ、これは……! 正に『おそ松くん』「イヤミはひとり風の中」ではないか!?(あくまで原作版だよ! とりあえず『おそ松さん』版とOVA版は考えないで。)
 私の人生のなかで、一番痛いところを予想外に突かれた感じ。
(いや、裏読みすれば意地悪な読解も可能なんだけど、あえてそうしないでおく。)
 もうね、切なくってしみじみして、昨夜は眠りが浅かった。
 傑作です。

No.1 5点 こう
(2012/03/02 00:13登録)
 ガイド本の折原一の推薦を見て読んだ本です。
 老夫婦と彼らの家の地下室から連なる地下道に住み着いた青年のストーリーでした。へんてこなストーリーでよくこんな題材を思いつくなあという印象でした。登場人物3人もそれぞれ変で感情移入は難しいですし読み進めていくと最後は大体予想通りのエンディングになるのですが不思議な味わいのある作風でした。 

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