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ミステリの祭典

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女の家

作家 日影丈吉
出版日1961年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2019/06/23 04:47登録)
 戦後の混乱がまだ収まりきらぬ銀座、その裏通りにまったく隔離されたような状態で佇む、置屋のような外観の折竹家。年明け半ばの一月十六日、その二階の奥の六畳間でこの家の女主人、折竹雪枝がガス中毒により死亡した。雪枝はひどい冷え性で、毎晩ストーブをつけたまま寝る習慣があった事から、当初は事故とも思われた。だが彼女は以前にも、何度かガス自殺を試みていた。
 雪枝は旧財閥にも絡む大会社の社長・保倉信三の二号で、彼女の息子幸嗣は妾の子ながら唯一の男子として認知され、いずれは父の後を継ぐものと期待されている。そして本家との釣り合いを取るため、階下には三人の女中が住込みで働いている。言ってみれば折竹家は幸嗣のために用意された「女の家」であった。ここに主人の信三と、家庭教師を務める祖生武志の二人の男が通って来るのだ。
 事件はいったん自殺として処理されかかるが、聞き込みの結果被害者が完全に寝込んだ深夜、配管工事のためガスがいったん止められていた事実が発覚する。しかも通知は徹底せず、その事を知っていた住人は僅かだった。
 一転して複雑な様相を呈しはじめる事件。果たして雪枝の死は事故か自殺か、それとも――?
 「応家の人々」のあとを受け1961年に、東都ミステリー叢書として発表された文学志向の第六長編。前作は戦時中の台湾というエキゾチックな設定でしたが、本作の「明治の面影を残す銀座」という空間も実は、大正十二年の関東大震災で地上から消え去り、とうに存在しません。どちらも現実から失われた郷愁の世界が舞台。ある種ノスタルジックな匂いの漂う場所を、日影丈吉は思う存分描きます。
 物語は起・承・転・結の四部構成。事件担当である小柴刑事の記述と最年長の女中・大沢乃婦の語りが交互に行われ、特に女学校出でもある乃婦の息の長い文体は読み応えがあります。なんとなく映画の長回しを思わせますね。
 正直ミステリとしてはさほど魅力的な構図でもなく、一読して印象的なキャラクターが登場する訳でもないんですが、じわっとした感じで後々まで響いてきます。日影の文学系長編は、登場人物の特定の行動が謎を形作るパターンが多い。再読再三読するうちに、人物描写によって枠組みが補強されていきます。乃婦を通じて時折語られる雪枝の言葉が、読み返す時閃光のように印象付けられる。彼女ら二人が連れ立って烏森のお稲荷さんを訪れるシーンは、本書の白眉でしょう。
 初読の際には「孤独の罠」が上かなとも思いましたが、実のところは分かりません。手元に置けば置くほど味の出るスルメ型の作品で、取り合えずの評価は7点。

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