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ミステリの祭典

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メリー・ディア号の遭難

作家 ハモンド・イネス
出版日1972年04月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 8点 人並由真
(2020/04/22 02:14登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月16日。「私」ことサルベージ業の準備を進めるジョン・ヘンリー・サンズは、2人の仲間とともに、事業用に改造予定のヨット「海の魔女号」で太西洋上を航行していたが、不測の嵐に遭遇。さらに「メリー・ディア号」の船名を刻む老朽化した大型貨物船と衝突しそうになる。メリー・ディア号に何か不審なものを感じたサンズは同船の甲板に上がるが、そこにはほとんど人の気配はなく、ただ一人だけ姿を現したすさんだ風体の中年男がサンズを語気荒く追い返した。だがヨットに戻ったサンズは嵐の海に転落。そのまま仲間ともヨットともはぐれてしまい、なりゆきから先のメリー・ディア号の男に救われた。男は船長のパッチだと自己紹介するが、船から乗員たちが降りた仔細は語ろうとしない。だがなおも嵐は続き、当面を生き延びるためサンズとパッチは死力を尽くして協力し、ただ二人だけでメリー・ディア号の操舵と航行を図るが。

 1956年の英国作品。結論から言うと、これまで読んだイネス作品の中では個人的にベスト3クラスに面白い(あとの二作は『キャンベル渓谷』と『北海の星』あたり)。
 小説パートによっては会話もほぼ皆無で、延々と克明な自然描写が継続。早川NV文庫の総ページ数360ページはちょっとしたボリュームだが、嵐の中で半ば呉越同舟(のような状態)となりながら生き延びるために協力する主人公2人。そんな物語前半の海洋冒険ドラマの迫力は、正に巻を措く能わず。
 そして小説は中盤から大きく流れを転換。主人公サンズに同化した読者の視点から見ても、絶対の危機のなかで死線をともにし、背中を預けあったもうひとりの主人公パッチが絶対に悪人でないのは明白なのだが、それではなぜ彼は当夜の不可解な状況について消極的に口をつぐんでいるのか? 一体、この船にどんな秘密があるのか? その謎に迫りながら、本作の海洋冒険行は第二幕へと移行する。

 後半では悪人との追跡・逃走模様などで緊張を目いっぱい煽りながら、銃器や刃物などの無粋な凶器アイテムの類を最後まで登場させないイネス。海洋冒険ドラマの盛り上げは、あくまで自然と人間の相克を軸にするのだという主張がギンギンで、そのストイックさには感銘の域を通り越して唖然としてしまう。
主人公たちを(中略)にきた悪役の行動も、冷静に(?)見れば「んー?」という感じの部分もあるのだが、たぶん作中の当人にしてみれば真剣な行動。当該の悪役の印象的な挙動もまた、イネスの狙うポイントだったのだろうなあ、と思わせる。クライマックスのとあるビジュアルイメージは、長らく忘れられそうにない。
 メロドラマの演出もしっとりと味わい深く、骨太な海洋冒険ドラマと同時に、どこか大人のおとぎ話を読んだような独特な感覚も受ける。これはホメ言葉。
 やっぱりイネスすごい。

No.1 7点 mini
(2010/08/27 10:01登録)
ちょっと以前には冒険小説というとD・バグリイかJ・ヒギンズあたりから入る読者が多かった気がするが、確信は無いけどおそらくその前だったらA・マクリーンから入門するのが一般的だったのだろう
しかし戦後にマクリーンより前から活動していた冒険小説作家としてハモンド・イネスの名を落とすわけにはいかない
マクリーンの先駆みたいな作家だけど今読んでも楽しめるんだな
案外と冒険小説というのは時代を超えて古びないジャンルではある

「メリー・ディア号の遭難」は中期の作で、丁度マクリーンがデビューしたのと同時期の海洋冒険ものである
舞台となる海域は英仏海峡の仏沿岸の岩礁地帯だから、冒険小説の舞台にしては随分と地味な海域である
同様に船名を冠したマクリーンの「ユリシーズ号」と違い、メリー・ディア号という船は主人公が乗る船ではない
主人公の船は別の船であり、航海中にメリー・ディア号と遭遇するのが発端
メリー・ディア号という貨物船の座礁にまつわる謎の積荷に関する謎解き小説的な雰囲気が濃厚だ
中盤では保険会社も巻き込んだ海難審判のシーンが延々と続き、裁判小説的要素もある
冒険小説と銘打つだけでミステリーの範疇外のレッテルを貼るのは浅い判断であることはこの作品が証明している
H・イネスは冒険小説作家としては直球勝負な作風で、ユーモアもゆとりも感じられないが、それだけにマクリーンと比べると人気面で不利だったのは仕方ない
でも私はマクリーンよりイネスの方が好きで、イネスの味も素っ気も無い剛直な感じが好きなんである
翻訳者が日本における海難ミステリーの第一人者の高橋泰邦なのはピッタリで、船舶に関する専門知識の正確さは流石

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